悪役貴族に転生した俺、主人公のチート魔法を持ってました〜鬱展開をぶっ壊して、目指せ最高のハッピーエンド!〜
いちまる
悪役貴族のニューゲーム!
最悪な転生
目が覚めた。
ひどく古風な匂いが鼻をついて、俺を無理矢理眠りから覚まさせた。
どうしたものかって二、三度まばたきをしてみると、最初に飛び込んできたのは、俺の部屋の天井じゃない。
家賃5万円とは思えない、豪華なホテルの一室のような天井だ。
何が起きているのかさっぱりわからないまま、ひとまず俺はベッドから出た。
家具屋で買えば数十万円はかかりそうなベッドの外をぺたぺたと歩いて、すぐ近くに置いてある姿見ほどある大きな鏡に目をやった。
「……え?」
そこにいるのは、俺じゃなかった。
15、6歳くらいの少年。
うざったいほど長く伸びた白い髪と少し
「こいつ、なんで、俺がどうして?」
顔をペタペタ、手足をバタバタと振ると、体が俺の思考に追随する。
「俺……この子だ。こいつに、なってるんだ?」
鏡に映っているこの少年は、俺の目を借りている?
いいや、違う、この子が俺だ。
そしてもっとやばいのは、この少年を俺が知っているということだ。
「どうして俺が――“ネイト”になってるんだ!?」
この少年、もとい俺の名前は、ネイト・ヴィクター・ゴールディング。
つい昨日まで俺がプレイしていたロールプレイング・ゲ―ム『フュージョンライズ・サーガ』に出てくる、どうしようもないクズの悪党だ。
剣と魔法の世界を舞台にした、学園での青春異能バトルを売りにしたゲーム。
主人公と5人のヒロインが織りなす物語に出てくるこの俺、ネイトは序盤から中盤まで出ずっぱりなくせに、とんでもなくプレイヤーから嫌われるキャラだ。
なんせこいつは貴族の生まれで、主人公に大恥をかかされた仕返しにずっと、ずーっと、陰湿な嫌がらせだとか暴力だとかって敵対行為を続けるんだよ。
しかも主人公の選択肢によっては、ヒロインに乱暴してから殺すんだぜ。
挙句の果てに性格は、根暗で陰気で乱暴で強欲で短気で自分に都合のいいように物事を曲解して女を性欲のはけ口にしか見てなくて――要するに最低最悪のカス野郎だ。
で、そんなクズのネイトがどうなるかって?
物語の中盤で、謎の黒幕に魔力を吸われて苦しみ抜いたあげく――死ぬ。
「おいおいおいおい、ふざけんなよ!? 俺は昨日まで普通に生きてたんだぞ、よりによってゲームのキャラクター、しかもネイトに生まれ変わっ……」
部屋の真ん中でじたばたしながらそこまで言って、やっと俺は思い出した。
「いや……死んでたわ」
俺はもう、
早くゲームがやりたいからって、いつも使ってる駅の階段を焦った調子で駆け下りて行ったら、ついうっかり足を滑らせて頭を打ち付けたんだ。
それが、俺の中に残ってる最後の記憶。
要するに、頭を打って俺は死んで、目が覚めたら
「悪役の、しかもクリアしてないゲームの中盤の雑魚に転生させるって、どういうわけだ!?」
ネット小説で飽きるほど見た展開だから状況が呑み込めただけで、今の俺は半ばパニック同然だぞ。
部屋の真ん中をぐるぐると回りながら、俺は必死に状況を打開する策を模索する。
「神様、俺がなにしたってんだよ!? どうせならせめて、クリアしたゲームの世界の、そもそも主人公に転生させてくれよ!」
読んできたネット小説の展開を思い出して、どうすればいいのかを必死に考えるけど、まさか俺が転生するなんて思ってなかったから、何もあてにならない。
焦りだけが頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
そうして10周はした時、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
「あ、はい」
しまった。ついうっかり、返事をしてしまった。
まだネイト・ヴィクター・ゴールディングになりきれていない俺が「やっぱり待って」と言うのを待たず、ドアはがちゃりと開いた。
「――お目覚めですか、ネイト様」
凛とした声を聞いた途端、俺はぴたりと足を止めた。
開いたドアの向こうからするりと部屋に入ってきたのは、黒髪ショートヘアのメイド。
感情のない顔をしたスマートな彼女を、俺は知っている。
「……テレサ?」
「はい、テレサでございます」
抑揚のない声で返事をしたのは、やはりネイトの付き人、メイドのテレサだ。
ゲームで言うと序盤も序盤、最序盤にネイトと一緒に出てくる敵役なんだけど、影が薄いどころか、かなりのインパクトをプレイヤーに与えてきた。
なんせこの子は、ネイトの指示で主人公に特攻を仕掛けてくる。
最悪の主に「自爆しろ」と命令されて、嫌な顔一つせずに主人公に突撃を仕掛けて肉塊ひとつ残らず散る。しかもそれで相手を殺せてないんだから、ひどいもんだ。
こんなキュートな子を自爆特攻させるなんて、マジで俺、いや、ネイトは悪党だ。
「……ネイト様? どうかなさいましたか?」
首をかしげるテレサを見て、俺は何だかいてもたってもいられなくなった。
ほとんど考える間もなく、彼女の手をぎゅっと握った。
「て、テレサ!」
ゲームとは思えない、確かな手の質感。
ここはゲームの世界じゃなく、異世界なんだと確信できる温かさ。
「俺は、俺はキミを死なせない! 絶対に、死なせないから!」
そんなものを感じ取った俺は、つい突拍子もないことを口走ってしまった。
テレサがぽかんとしてるのも無理はない、今の俺はどう見てもヤバいやつだ。
「……いや、忘れてくれ! どうかしてた、あの、ちょっとまだ寝ぼけてて、なんかよくわからない勘違いというか、その……」
しどろもどろになる俺の手を、テレサが握り返した。
「今日は『起こしに来るのが5分遅いんだよメスブタ』とは言われないのですね」
「だからその……え、俺ってそんなこと言うの?」
「はい。昨日は『今度遅れたらブチ殺してやるぞ』と言われたのち、テレサの顔に置時計を投げられました」
こいつ、俺が思っていたよりもずっとクズだ。
自分のメイドに、女の子に乱暴な言葉を放って傷つける、正真正銘のクズだ。
「……ごめん。怪我は、なかった?」
「ご心配なく。テレサは頑丈ですので」
ぺこりと頭を下げたテレサを見て、俺はひどく申し訳なく思った。
「……あのさ、もし俺が……」
もしも俺が、これまでのネイトと違う人間になってたら。
そう言おうとするよりも先に、テレサがぐっと強く握ってくれた。
「ネイト様がどうあろうと、テレサのあなた様への忠誠と感謝の気持ちは変わりません」
じっと俺を見つめる瞳に、嘘偽りはないのは確かだった。
彼女の純粋な忠誠心を裏切っちゃいけないと、俺に強く覚悟させるには十分だった。
「朝食のお時間です。食堂に出向かれる前に、お着替えになられた方がよろしいかと」
「わ、分かった! すぐ着替える!」
「お手伝いは必要でしょうか?」
「いらない、いらない! 部屋の外で待っててくれ!」
テレサを外に出してドアを閉めた俺は、ひとまずファンタジーチックな部屋を見回した。
ぐるりと見まわして、俺は大きくため息をついた。
「俺の新しい人生、悪役貴族からスタートかよ……」
改めて思い知らされたんだ、俺は本当に――ネイトに転生したんだって。
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