短編
●ユニコーンは乙女たちにとって都合の悪い生き物である。
――――――――――――――――――――――――
王都の城下町ホワイトバーチにある役所に務める、私の名前はクレア=スミス。
行き遅れの独身23歳、もと子爵令嬢。家を出て平民となりました。
黒髪黒目、祖母の形見の三角メガネフレームを愛用する女史であります。
職場は男性だらけでありましたが、最近、聖属性の可愛らしい若い女の子が入ってきました。
職場が華やかになったかと思いきや、その彼女が入ってきてから、職場の仕事が上手く回らなくなり……。
更に何故か、彼女のトラブルの原因が私のせいになっていき……。
※13話に出てくる役所のお話になります。
――――――――――――――――――――――――
王都の城下町『ホワイトバーチ』にある役所に務める、私の名前はクレア=スミス。
行き遅れの独身23歳、もと子爵令嬢。
家を出て平民となりました。
黒髪黒目、祖母の形見の三角メガネフレームを愛用する女史であります。
子供の頃から目が悪くて、裸眼では自分の顔も良く見えません。
この視力の悪さは『生まれつきの欠損』にあたるらしく、治せる聖属性の方が見つかりませんでした。
学生時代、男性からダンスパートナーに誘われることもなく、婚約の申し込みもなく、その流れで結婚することもなく就職し、今では役所のお局となろうとしている。
特に結婚に興味もなかったので、世間からは色々言われる事がありますが、私自信はほぼほぼ満足な人生を送っております。
――さて。
私のいる職場が扱っている仕事は――素で魔法が使える方――所謂、『魔力持ち』が発覚した人の属性検査とその登録を行っている。
魔力を持っている事を登録しないと、治安が乱れますからね。登録しないのは法律違反となります。
「メロディさん、あの、またここ間違えていますよ」
「ええ~~。メロディ、一生懸命やったのにぃ~~」
「いいよいいよ、メロディちゃん! それ、オレがやってあげる!」
「いや! 俺が、俺がやるよ!!!」
最近、職場には若くてかわいい守ってあげたくなるような新人女子が入ってきた。
名前はメロディさん。
明るい茶髪に、淡いブルーの瞳。華奢な体で、制服がちょっとブカブカしている。
彼女が来てから、彼女に仕事で話をしようとすると、私は他の職員たちから責められてしまいます。
「ちょっと、クレアさん。メロディちゃんに冷たすぎるんじゃないすか?」
「メロディちゃん、泣いちゃったじゃないですか!」
皆さん……、メロディちゃん、メロディちゃん……。
皆さんは仕事しに来てるんですよね?
冷たいといいますが、私はあなた達と同じ対応を彼女にもしているつもりですが。
それとも今まで皆さんに冷たいと思われていたのでしょうか?
メロディちゃん(15歳)が来てからは、私以外、男性だらけだったのこの職場は活気づいたけれど、みんなメロディちゃんにメロメロだった。
メロディさんは、聖属性の持ち主で、職員たちのちょっとした怪我をなおしてくれる天使でもありました。
毎日メロディさん推しの声が職場からあふれています。
学生時代にもこういった方はお見かけしましたが、学生ならともかく、ここは職場。
仕事の流れがたびたび止まってしまうのは、頭が痛いところです。
私は仕事さえちゃんと回るなら、この活気も歓迎なのですが……困りました。
それはともかく。
メロディさんは聖属性持ち。
書類を見ると、聖女教育を受けてらっしゃらないようです。最初の登録時に、勧誘失敗したのでしょうか?
ならば、仕事として勧誘してみましょう。
「メロディさん、聖属性をお持ちなら聖女教育を受けてみませんか?」
私は真面目に仕事としてそう伝えた。
「ええっ……。ひどい。私、聖女なんてなりたくない……うぇええ……」
「メロディちゃん! 大丈夫!?」
「クレアさん!! ひどいっすよ!!!」
うーん。やはりそういう流れですか。
悪気はなかったんだけれど、真面目過ぎたでしょうか。
だからといって、私が悪者にまでされる謂(いわ)れはないと思うのだけれど。
それにしても、メロディさんが来てからもう1年近く。
そろそろ仕事を覚えて欲しいものです。
彼女のところで仕事が停滞することが増えて、私の残業も増えました。疲れます。
仕事帰りに、ご飯屋さんに立ち寄って、定食を頂く。
「今日も遅くなってしまいましたね……。頂きます」
私は貸しアパートに一人で住んでいる。
料理できないわけではないけれど、残業で遅くなると、作る気も失せてしまい、最近では外食三昧。
遅い時間に空いているご飯屋さんは貴重です。
王都の城下町『ホワイトバーチ』にある役所に務める、私の名前はクレア゠スミス。
行き遅れの独身23歳、もと子爵令嬢。
家を出て平民となりました。
黒髪黒目、祖母の形見の三角メガネフレームを愛用する女史であります。
子供の頃から目が悪くて、裸眼では自分の顔も良く見えません。
この視力の悪さは『生まれつきの欠損』にあたるらしく、治せる聖属性の方が見つかりませんでした。
学生時代、男性からダンスパートナーに誘われることもなく、婚約の申し込みもなく、その流れで結婚することもなく就職し、今では役所のお局となろうとしている。
特に結婚に興味もなかったので、世間からは色々言われる事がありますが、私自信はほぼほぼ満足な人生を送っております。
――さて。
私のいる職場が扱っている仕事は――素で魔法が使える方――所謂、『魔力持ち』が発覚した人の属性検査とその登録を行っている。
魔力を持っている事を登録しないと、治安が乱れますからね。登録しないのは法律違反となります。
「メロディさん、あの、またここ間違えていますよ」
「ええ~~。メロディ、一生懸命やったのにぃ~~」
「いいよいいよ、メロディちゃん! それ、オレがやってあげる!」
「いや! 俺が、俺がやるよ!!!」
最近、職場には若くてかわいい守ってあげたくなるような新人女子が入ってきた。
名前はメロディさん。
明るい茶髪に、淡いブルーの瞳。華奢な体で、制服がちょっとブカブカしている。
彼女が来てから、彼女に仕事で話をしようとすると、私は他の職員たちから責められてしまいます。
「ちょっと、クレアさん。メロディちゃんに冷たすぎるんじゃないすか?」
「メロディちゃん、泣いちゃったじゃないですか!」
皆さん……、メロディちゃん、メロディちゃん……。
皆さんは仕事しに来てるんですよね?
冷たいといいますが、私はあなた達と同じ対応を彼女にもしているつもりですが。
それとも今まで皆さんに冷たいと思われていたのでしょうか?
メロディちゃん(15歳)が来てからは、私以外、男性だらけだったのこの職場は活気づいたけれど、みんなメロディちゃんにメロメロだった。
メロディさんは、聖属性の持ち主で、職員たちのちょっとした怪我をなおしてくれる天使でもありました。
毎日メロディさん推しの声が職場からあふれています。
学生時代にもこういった方はお見かけしましたが、学生ならともかく、ここは職場。
仕事の流れがたびたび止まってしまうのは、頭が痛いところです。
私は仕事さえちゃんと回るなら、この活気も歓迎なのですが……困りました。
それはともかく。
メロディさんは聖属性持ち。
書類を見ると、聖女教育を受けてらっしゃらないようです。最初の登録時に、勧誘失敗したのでしょうか?
ならば、仕事として勧誘してみましょう。
「メロディさん、聖属性をお持ちなら聖女教育を受けてみませんか?」
私は真面目に仕事としてそう伝えた。
「ええっ……。ひどい。私、聖女なんてなりたくない……うぇええ……」
「メロディちゃん! 大丈夫!?」
「クレアさん!! ひどいっすよ!!!」
うーん。やはりそういう流れですか。
悪気はなかったんだけれど、真面目過ぎたでしょうか。
だからといって、私が悪者にまでされる謂(いわ)れはないと思うのだけれど。
それにしても、メロディさんが来てからもう1年近く。
そろそろ仕事を覚えて欲しいものです。
彼女のところで仕事が停滞することが増えて、私の残業も増えました。疲れます。
仕事帰りに、ご飯屋さんに立ち寄って、定食を頂く。
「今日も遅くなってしまいましたね……。頂きます」
私は貸しアパートに一人で住んでいる。
料理できないわけではないけれど、残業で遅くなると、作る気も失せてしまい、最近では外食三昧。
遅い時間に空いているご飯屋さんは貴重です。
それにしても、聖属性。
本当になんとかならないかしら。あの属性が一番登録に手間がかかります。
男性の聖属性は別にいいんだけれど、女性がほんともう……。
みんな聖女教育を受けたがらない。
そりゃそうですよね。一生、国の奴隷になるのだから。
自由などない、名誉だけの職業。
国のために結婚もできず、神殿に住まわされ。
護衛とは名ばかりの騎士に見張られ、清貧な生活を強いられる。
やれ、国を守るための大結界を貼れ、だの。
やれ、無償で病人やけが人の治療を毎日のお勤めとしてやれ、だの。
人より優れた力を持って生まれたのに、そんな環境を強いられて。
それでも国の宝として国民の前に立たされた時は常に笑顔を浮かべなくてはならない。
――私は、彼女たちを奴隷にするための仕事をしなければならない。
メロディさん、ほんとごめんなさい。
実は悪いとは思っていたの。
泣かれても周りに責められても仕方ないかもしれません。
でも、仕事なんです。
聖女というのは、[[rb:処女 > おとめ]]でなければならない事を利用して自分は経験済みだと嘘をつく人や、わざわざ聖女になりたくないが為に、捨ててくる方々がいる。
私が今まで担当したなかで、最年少は11歳で捨ててきた……。
[[rb:処女 > おとめ]]を捨てるには幼すぎる少女だっだから良く憶えている。
でも多分あれは嘘ですね。
職員歴長い私の眼は子供の[[rb:芝居 > うそ]]など、ごまかせない。
でも、一緒に来た彼氏らしき少年が、精一杯の演技をしていて……なんだか眩しかった。
私は彼らの芝居に乗って、見逃してあげました。
少年も、多分私が気づいていることに気がついていた。
彼はそれを見切った上で強引に押し通す演技をしていた。
あっぱれです。
あの場で私と彼の間に目ヂカラだけによるバトルが存在していたなど、少女のほうは知らないでしょうね。
少女を守ろうと必死な少年。尊い。
彼らは今頃幸せに暮らしているだろうか。お幸せに。
それにしても。
法律改正してくれないと、本当に仕事が滞る。
もっと聖女に自由を! 旨味を!
旨味つけないと、自己犠牲あふれる人でなければ、聖女なんてなろうとしないですよ……国王様。
お偉い人からすると。
聖女ですよ? 偉いんですよ? それだけで名誉ですよ? 自由? 何いってんの? 働け。
多分そんな精神。
私はそこの部下なので、自分がどう思っていようと、それに準ずる。
やはり民の心を動かすには旨味がなければ……
……と、私が考えた所で無意味ではあるのですが。
そんな事を考えていたところ。
「また、外食か?」
「あら、ジョンソン君じゃないですか」
ジョンソン君は、となりの部署の昔なじみです。
ジョンソン君も、次男だったので家は継かず、そしてどこかの家に養子にはいることもなく、平民になって就職した口だ。
気楽な暮らしがしたかったそう。
そういうのも有りですよね。
私も貴族をやめてから、仕事は忙しいけど、めんどくさいと思っていた貴族イベントがなくなり、そういった意味では気楽に暮らせている。
「今日も残業だったのか」
「そういうジョンソン君もそうなんじゃないですか?」
役所は、残業なさそう、うらやましいと思われがちだが、その配属される部署によっては残業がひどい。
国のイベント事の前なんて、休日出勤してその設営にあたったりもするし。
ジョンソン君と他愛ない話をしながら夜道を歩く。
家の方向は同じだ。
「次の休みは返上だなぁ。おまえんとこも確か、出勤だったよな」
「そうですね。たしか寄付をつのるイベントでしたね。毎月恒例ですけれど」
「代休はどこだろう」
「どこでしょうね」
仕事の愚痴を漏らしながら歩く。
そこへ――
「クレア先輩!!」
メロディさんの声がした。
彼女はだいぶん遅くに帰ったはずなのに、こんな時間まで帰宅していなかったのかしら。
よく見ると、他の職員たちも一緒だ。
ああ、みんなで呑んでたのかしら。
実は就業時間後、メロディちゃんにみんなくっついて行くので、残業してくれる人が最近減ってて困っている。
それは正当な権利なので、私は何も言わないでいるけれど、本当に困っている。
「あら、メロディさん。こんばんは」
「こんばんは」
ジョンソン君もメロディちゃんに挨拶する。
「あ、あの、私メロディって言います!! よろしくお願いします!!」
メロディさんがいきなりジョンソンくんの前に飛び出す。
顔が赤い。
そういえば、ジョンソン君はモテる人でした。
顔もイケメンの部類だ。
サラサラのダークブロンドの髪に、深い青の瞳。背も高いし、スタイルも良い。
付き合い長すぎて忘れていましたが。
学生時代は彼のこういうイベントも良く見かけたものです。
久しぶりに見ましたね。
「あー、ジョンソンです。第二魔力検査課の」
「まあ、お隣の部署なんですね!! よかったらこれから一緒に呑みにいきませんか?」
え!
今からですか?
もう日付が変わりそうですよ?
「いえ、帰って寝たいので」
「まあ、どちらにお住まいですの?」
「それはちょっと、個人情報なので……」
メロディさんが絡んでいますね。
長くなりそうです。
「あの、それじゃ私、家で仕事しますので、先に失礼しますね」
私はどうせこの場では浮いている立場ですので、さっさと離脱しましょう。
持ち帰りの仕事も気になるし。
「はーい、さようなら!!」
「あ、おいクレア」
「クレアさん、明日っすー」
皆、これから呑みにいくなんて、元気ですね。
明日ちゃんと働けるのかしら。
※※※
次の日。
「あれ? メロディさんは? 出勤してますよね?」
私はメロディさんのデスクに彼女の仕事の書類を取りに行ったところ、彼女の不在に気がついた。
「あ~。メロディさんなら隣の部署に行ってんじゃないっすかねー」
見渡すと彼女と最近よく一緒にいる職員たちも、いない。
……サボりですね。
仕方有りません。
今日は、あとできつく言いましょうか。
そんな事を考えながら、昼休み。
職員食堂へ行くと、ジョンソン君とメロディさんとその取り巻きたちが一緒に食事を取っているのを見た。
……ジョンソン君も取り巻きになったのですかね。
そういえば昨日メロディさんがとても彼をキラキラした目で見ていましたね。
成程。
昔、学院に行ってた頃も、彼に恋してた女の子を何回か見かけました。
懐かしい。久しぶりに見た気がします。
ジョンソン君のモテ期はまだ続いてるんですね。
ジョンソン君は、仕事をおろそかにするような人じゃないから、メロディさんと付き合っても問題ないでしょう。
私は空いている席に座って、注文したスパゲティを食べた。
※※※
「お前のとこの、メロディがうざいんだが」
残業後、飯屋で食事をしていたら、ジョンソン君が私を見つけてやってきた。
開口一番愚痴でした。
「仕事中しょっちゅう、オレのデスクにやってきて、メロディwithその他の皆さんがたむろするんだが!」
「好きで一緒にいたわけじゃないんですね。お疲れ様です」
「それだけ? おまえ上司だろ!? 注意してくれよ!」
ジョンソン君がお困りです。
「わかりました。ですが数日置きたいんですよ。今日、仕事をさぼっていた事を注意してしまったばかりですので……。今日の明日で説教は仕事場の人間関係構築に良くないかと……。申し訳ないですが」
「うあああ……」
ジョンソン君は項垂れた。
「ジョンソン君は、学生時代モテていたので、ああいうのは扱い慣れていらっしゃるかと……申し訳ありません」
「扱い慣れてるのとストレスがたまるたまらないは別の話でな?」
「ああ……言われてみれば。申し訳有りませんね。できるだけ早く、様子を見て伝えてみます」
そう言うのと食事を終えるのが同時だった私は、ごちそうさま、と言って代金を支払いに行こうと立ち上がる。
「おま、オレまだ食ってるのに」
「? お先です」
「いや、普通友達食べてたら、待たない? 食べ終わるの」
「あ……。申し訳ありません。仕事のことが気になっていて」
「ワーカーホリックすぎるぞ。倒れるぞそのうち」
「同じ時間にここで食事されてる方に言われても、説得力を感じられませんよ」
私は苦笑した。
私はジョンソン君を待つために座り直した。
「そういえば、お前は結婚とかしないの」
「予定ないですね。とっくに行き遅れですし。
仕事はこれでも楽しんでますし、とくに結婚の必要性も感じません。むしろ、跡取り娘じゃなくて良かった、などとたまに思っています。ジョンソン君こそ、そろそろ身を固められてもおかしくないと思いますが、ご予定は?」
「予定は未定だ」
「よくわからないお答えですね」
「……結婚するにもまだ基盤にする貯金や、給与面が不安で踏み切れない」
それは未定ではなく、ご予定あるんじゃないですか。
彼女さんはずっと待っていらっしゃるのですかね。
結婚したら彼女の手料理が家で待っているのでしょうか……あ、うらやましい、私も男に生まれたかった。
そんな奥さん欲しい。
隣の部署ですが、今度上司にジョンソン君の役職をあげてもらえるように進言してみましょうかね。
帰り道。
ジョンソン君と歩いていたら、またメロディさんと遭遇しました。
「ジョンソンさああん!!」
「うっわ」
「あら、メロディさん」
メロディさんが、私とジョンソン君を交互に見て言う。
「あの、お二人って付き合っているんですか?」
「あ、久しぶりに聞かれましたね。違いますけれども」
「……まあ、違うけども」
学生時代から、友人として一緒にいることが多かったので、よく勘違いされたものです。
なかなか、男女間の友情というものは理解されにくく。トラブルも多少ありました。
なので、彼に彼女がいる間は疎遠になったりもしますが、いない時はまたご一緒したりしたものです。
「なあんだ! お友達なんですね!」
「ええ、そうです」
「……」
「じゃあ、ジョンソンさん! これから私をお食事でもどうですか!?」
「いや、今食ってきたばっかりだし。今日は帰りたいんだ。悪いな」
「えええ~~」
メロディさんは、ジョンソン君にアタックしたいんですね。
私、席を外したほうがいいですよね。
「それじゃあ、私はこれで……」
「はぁーい! また明日!」
「ちょ、待てよ! メロディ君、失礼する」
ジョンソン君が私の腕をつかんで、足早に歩いていく。
「ええー! 私を置いてきぼりですかあああ」
メロディさんが置いてきぼりです。
私はなにか言わないと、と思いましたが、ヒールでしたのでジョンソン君の早歩きについて行くのが必死で黙ってしまいました。
私の自宅前に着いたとき、やっと腕を放してもらえました。
「ジョンソン君、少々腕が痛くて困りました」
「悪い。でも……おまえ、オレを置いていこうとするなよ!」
「いえ、でもお二人の邪魔かと」
「オレ、アイツのこと、うざいってさっき教えただろう」
「あっ。そうでした。ごめんなさい」
いけません、彼の女性問題は極力関わらないようにしていたので、つい癖で。
「……まったく」
そう言うとジョンソン君は、私の三角メガネを外した。
「えっ。何なさるんです?」
「久しぶりに、メガネしてない顔を見たくなった」
「そうですか。よくわかりませんが、視界がぼやけるので返してください」
「……」
ジョンソン君は、私にメガネをかけ直してくれました。
「オレ以外のやつの前でメガネ外すなよ」
「はい? それはまたなんで」
「なんでもだ。それじゃあーな。おやすみ」
ジョンソン君は、どこかイライラした感じで帰っていきました。
よくわからない冗談をやってしまうくらい、お疲れのようです。
家で彼女に癒やされてくださいね。
※※※
翌日から。
「ひ、ひどいですううう。私のつくった書類が!!」
「うえええん、私の手鏡が割れてますう! 鞄の中が破片だらけ……ぐすっ」
「クレアさんが、私を階段から突き飛ばしましたあ! 聖属性だから、怪我はなおしましたけど……怖かったです!ぐすぐす」
何故か、メロディさんのトラブルが、全てわたしのせいにされはじめました。
「わたくし、そのような事は致しておりません。誤解が」
「ちょっとひどいんじゃないすか、クレアさん」
「そうっすよ。いくらメロディちゃんが可愛いからって」
「行き遅れの嫉妬っすかー?」
……困りました。
こんなトラブルが一週間以上。
上司に相談したところ。
「君、若い子に嫉妬してそんな事をするなんて、ちょっと……うーん、そろそろ結婚退職でもしたらどうかね? お見合い、する?」
……空いた口が塞がりません、それはちょっとセクハラも入ってますよ。
職場の人間関係は大事です。
「あの、ウェストンさん、この書類を3時までに」
「あ、ちょっとトイレに」
職場の信用を失った私は、仕事も上手に回らなくなってしまいました。
仕事を回そうにも、無視されるようになりました。
どうしましょう。
もうこの職場にいられる気がしません。
ですが、この職場を失ったら、私は今から条件の良い職場なんて、見つけられる気がしません。
裏庭で一人落ち込んで、コーヒーを飲む。
仕事をさぼってこんな事をするなんて初めてです。
「大丈夫か」
ジョンソン君がやってきました。
「……よく、ここにいると、わかりましたね」
「見てたからな。ここに向かうの。……なあ、オレはお前があんな事やったなんて思ってないからな」
「ありがとうございます。でも、仕事が回らなくなってしまって……。私このままでは、退職しないといけないかもしれません」
「おかしな話だ。証拠もなにもないのに、若い女にそそのかされる連中め……しかたない」
ジョンソン君は、私のメガネを取りました。
困ります、私今目にいっぱい涙が。
「……ちょっとこのまま来い」
「え、ちょっと……?」
ジョンソン君は、私の手をひっぱって、私の課まで連れていきました。
もう一度、私に皆に何もやってない、と訴えろ、と言って。
その時にメガネをとるように言われました。
なるほど、素顔で向きあえ、という事ですね……。
やってみましょう、誠意を伝えるのです。
「ちょっと皆さん聞いて下さい。彼女の話を!」
ジョンソン君が働いているみなさんに声をかけます。
私はジョンソン君に言われた通り、メガネを取って、涙目のまま、正面を向きました。
「私、本当に身に覚えがないのです。……信じていただけませんか? またメロディさんに起こったトラブル解決には誠心誠意取り組みたいと思いますので、もう一度私と仕事をして頂けませんか……っ」
私は、課の全員に聞こえるように大きな声で叫びました。
声大きかったせいか、皆さんがびっくりしてこちらを見ています。
……シーン。
ああ、なんの反応もありません。
やはり退職するしかないでしょうか……と思っていた時。
「ま、まあ確かに証拠はないよな」
「オレたちも早とちりだったかもな……」
「ははは、メロディちゃんも、うっかりだなあ」
「え、ちょ、ちょっと……! 私は被害者よ? クレアさんにやられたんだから!!! なに?クレアさんがメガネとってちょっと、綺麗だからって態度変えすぎじゃない!?」
「よ、容姿なんて関係ない……よ」
「あ、ああ」
「あ、良く考えたら、クレアさんがメロディちゃんにそんな事する必要ないよな~」
「それはそうと、メロディちゃん、ちょっと離席多すぎじゃない?」
何故かみんな口々に私を擁護しはじめてくれた。
気持ちが通じた……?
ジョンソン君がため息をつく。
「お前の同僚たちって……」
「どうしたんです?」
「いや……なんでもない」
「クレアさん、証拠もないのに疑ってすいません!!」
席を立って、私の手を握りにくる職員まで。
「え……あ。いえ。……わかっていただけたのですね、よかった」
私は涙ながらに微笑んだ。
その職員の頬がカーッと赤くなる。
「い、いえ、その。自分、最低でした……すいません」
ジョンソン君が、パシッとその手をはらう。
「調子よく手握んな……」
「……す、すんません」
え、別に構わないんだけど。
そこへ、上司がやってきた。
そして何故か上司は、伝説のユニコーンを伴っていた。
「なんだね~ 騒がしいね、君たち~」
「うお、ユニコーン!!」
「え! すげー!! なんだそれ!!」
「えーー。国の方針で今日から我が課に、ユニコーンが配属された」
「はい!?」(一同)
「ほら~。聖女認定避けようとしてさー。ほら乙女じゃないって言い張る人たちが多いでしょ~。
だから、ユニコーンに嘘を見抜いてもらおうと契約して来てもらったわけだ」
「……契約、といいますと?」
私は上司に訪ねた。
「……ん? 君みたいなお嬢さんこの課にいたかね? え、君、クレア君!?
基本は、お世話係に乙女を起用すること。その乙女と昼寝休憩時間を作ること。
あーメロディ君、君にまかせたいのだが?」
……メガネを取っていると、上司に気づいてもらうまで時間がかかるなんてちょっとショックですね。
でも、メロディさんにおまかせするのは、適材適所ですね。
「えっ」
メロディさんが、驚いた声をあげた。
「わ、私じつは、馬アレルギーで……」
しどろもどろ。
?
こういう役目はすすんでやりそうなのに。
その時、ユニコーンが喋った。
「え、何そのビッチ。乙女じゃないから、断る」
しーん。
あわわ……!
これって、メロディさんは男性経験がお有り、という事ですよね。
私は自分のことじゃないのに赤面しました。
自分が男性経験があるかどうかが、バレてしまうなんて……!
これは女性職員には由々しき問題では……!?
「私は、この黒髪の乙女がよい。おまえ、私の面倒を見ろ」
ユニコーンが私に言う。
ザッ!!!
部屋中の男性の目が私に集中しました。
いやああああ!!!
今度は私が男性経験がない事が職場にバレ……いやあああ!!
ジョンソン君が、私の前に立って、私を隠してくれました。
「お前ら!!! こっち見んな!!!」
部屋中から、すっごいヒソヒソ声が聞こえる。
口々になにか言われています。
あわわ、わたくし。
結婚してないから、当たり前とはいえ、その、こんな風にヒソヒソ言われますと……さすがに。
「大丈夫か?」
ジョンソン君が、皆の視線から私を隠すように抱きしめてくれました。
「だ、大丈夫……ですけど、ちょっと……やっぱり、大丈夫じゃないです……!」
一方。
「な、何言ってるの!? 私、清らかな身、ですけどおおお!!
ちょっと、ねえ! ちょっと!!!」
メロディさんが必死で訴えていらっしゃいます。
そうですよね、メロディさんなんて、間違えられていらっしゃいますものね。
「ちょっと、そこのユニコーン!! 私は乙女よ! 間違えるんじゃないわよ」
「臭い。鼻が腐る。お前からは男の匂いがプンプンする。一人や二人じゃない。近寄るな!」
ユニコーンは、プイ、として、メロディさんから離れました。
「メロディちゃん、この間オレが……その誘った時に結婚してからじゃないと無理とか……言ってたのに」
「初めてはハネムーンがいいとかって言ってたのは……」
なにやら痴情のもつれを口にする若い男性職員たち……あ、あなた達! 職場恋愛は自由ですけど、なんてことを職場で話してるんですか!
「今度の会議で規律について話し合う可能性がありますね……」
そう呟いたらジョンソン君に
「おまえ……ほんと仕事脳だな……」
……と呆れた顔をされました。
「な…、な…な…ちが、ちがうのにいいいい」
そして、その次の日から。
メロディさんの周りから取り巻きはいなくなり、メロディさんは仕事も自分でこなさないといけないようになってました。
そして、彼女はしばらくしたら何も告げることなく、職場に来ないようになってしまいました。
手紙などを送ってみましたが、引っ越しもされたようで、手紙はそのまま返ってきてしまいました。
メロディさんは被害者なのに、結局あの事件の真相はわからずじまいで上司として申し訳ない限りです。
私と言えば、ユニコーンさんのお世話が増えましたが、あの訴えが効いたのか、職員のみなさんがすごくよく手伝ってくださるようになり、以前ほど残業しなくてよくなりました。
ありがたいです。
これもちゃんと誠意を伝えろ、と言ってくれたジョンソン君のおかげですね。
※※※
それから数日。
いつものように飯屋の帰り道。
「オレと付き合ってくれないか。結婚前提で」
ジョンソン君に告白されました。
「え……」
寝耳に水でびっくりしました。
「彼女さんは?」
「彼女なんかいないぞ。何勘違いしている。……ほんとは、昇進してから言いたかったんだが。その、お前のメガネの下を他の男に見せてしまったから、売約済にしておきたい」
「メガネの下??」
「……おまえ、わかってないな。まあ、お前はそれでいい。あーあ、オレだけが知ってる秘密だったのに」
「意味がわかりません」
「……わかんなくていい。おまえの目が悪くてよかったよ。
ただ、一言だけ言っとくと、あの時メロディがお前がメガネとったら綺麗って言ってたのは聞こえたか?」
「ええ。私は自分の顔がぼんやりしてますので、判断がつきかねていたのですが」
「……綺麗だよ。ったく、おまえの周りの職場の連中は容姿に対してゲンキンすぎる」
「そんな……」
綺麗だなどと。
「今までそんな事言われた事がないので、戸惑いますね……。しかし、やはり真摯に自分がやってないと訴えた事がみなさんの心に届いたと、私は思うのですが」
「……まあ、お前はそれでいいよ」
ため息をつかれた。
「それで、返事は?」
「……とまどっています。あなたのことは、とても好きですが…」
「今更、恋愛的な気持ちはそこまで求めない。オレはおまえと、一緒にやっていきたいんだ、人生を。……そういうのじゃだめか?」
……そう言われたら、なんだか胸がポカポカしてきました。
「顔が赤いぞ」
「あ、赤くもなります」
「学生時代から、オレは彼女作ったりしてたけど、結局お前と友達してる時が一番……居心地よかった。オレに一生その居心地の良さをくれないか」
「え……あ……」
思い起こすと、私も彼の傍は居心地がいい。
胸がポカポカどころか、ドキドキしてきました。
人の言葉って不思議です。
どうして魔法でもないのに、こんな……相手の体調を変えてしまうのでしょう。
「役所勤めになってからは、お前しか見てなかった」
彼の手が私の髪に触れる。
「わ、わたし。その、ずっと独身で家事とかあまりできなくて、ひどくて、その。花嫁修業とかもしてなくて……」
「知ってる。二人で分担しよう。ただ、オレはお前を独占したいだけだから」
「なんだか、とても恥ずかしいです……。ですが、そのお話は……断りたくない自分が、います」
「じゃあ、OKだと取るぞ?」
「……はい」
その夜、ジョンソン君とは初めて手をつないで帰りました。
さっきまで友達だったと思うと、変な感じです。
――その後、付き合っていく過程で、ジョンソン君に恋人としての営みを求められましたが。
「いけません! ユニコーンさんにバレて、職場中にそれが広まってしまいます!!!」
私が真っ赤になって拒否した所、ジョンソン君は。
「よろしい、ならば結婚だ! 結婚すれば当たり前だから恥ずかしくないだろ!!」
「そ、そんな!」
そう言って、結婚指輪を買いに私を連れ出したのでした。
――いや、それでも、恥ずかしいですって。
私は、気に入っていた職場ではありましたが、異動を申し込み、その申請が通った後しばらくしてから。
彼と結婚いたしました。
聖女候補の皆様、秘事は正直に、本当のことを仰ってくださいね。
さもなくば、ユニコーンさんにバラされますよ!
おわり。
メロディさん、ほんとごめんなさい。
実は悪いとは思っていたの。
泣かれても周りに責められても仕方ないかもしれません。
でも、仕事なんです。
聖女というのは、処女(おとめ)でなければならない事を利用して自分は経験済みだと嘘をつく人や、わざわざ聖女になりたくないが為に、捨ててくる方々がいる。
私が今まで担当したなかで、最年少は11歳で捨ててきた……。
見たこともない桃色の髪の少女だっだから良く憶えている。
でも多分あれは嘘ですね。
私は彼らの芝居に乗って、見逃してあげました。
職員歴長い私の眼はあんな芝居、ごまかせない。
一緒にいた茶髪の少年が、精一杯の演技をしているのがわかりましたから。
尊い。
茶髪の彼も、多分私が気づいていることに気がついていた。
彼はそれを見切った上で強引に押し通す演技をしていた。
あっぱれです。
あの場で私と彼の間に目ヂカラだけによるバトルが存在していたなど、あの時同席していた他の二人は知らないでしょう。
あの少年はデキる。できるなら部下に欲しいタイプです。あれは良い人材です。
彼らは今頃幸せに暮らしているだろうか。
それにしても。
法律改正してくれないと、本当に仕事が滞る。
もっと聖女に自由を! 旨味を!
旨味つけないと、自己犠牲あふれる人でなければ、聖女なんてなろうとしないですよ……国王様。
お偉い人からすると。
聖女ですよ? 偉いんですよ? それだけで名誉ですよ? 自由? 何いってんの? 働け。
多分そんな精神。
私はそこの部下なので、自分がどう思っていようと、それに準ずる。
やはり民の心を動かすには旨味がなければ……
……と、私が考えた所で無意味ではあるのですが。
そんな事を考えていたところ。
「また、外食か?」
「あら、ジョンソン君じゃないですか」
ジョンソン君は、隣の部署の昔なじみです。
ジョンソン君も、次男だったので家は継かず、そしてどこかの家に養子にはいることもなく、平民になって就職した口だ。
気楽な暮らしがしたかったそう。
そういうのも有りですよね。
私も貴族をやめてから、仕事は忙しいけど、めんどくさいと思っていた貴族イベントがなくなり、そういった意味では気楽に暮らせている。
「今日も残業だったのか」
「そういうジョンソン君もそうなんじゃないですか?」
役所は、残業なさそう、うらやましいと思われがちだが、その配属される部署によっては残業がひどい。
国のイベント事の前なんて、休日出勤してその設営にあたったりもするし。
ジョンソン君と他愛ない話をしながら夜道を歩く。
家の方向は同じだ。
「次の休みは返上だなぁ。おまえんとこも確か、出勤だったよな」
「そうですね。たしか寄付をつのるイベントでしたね。毎月恒例ですけれど」
「代休はどこだろう」
「どこでしょうね」
仕事の愚痴を漏らしながら歩く。
そこへ――
「クレア先輩!!」
メロディさんの声がした。
彼女はだいぶん遅くに帰ったはずなのに、こんな時間まで帰宅していなかったのかしら。
よく見ると、他の職員たちも一緒だ。
ああ、みんなで呑んでたのかしら。
実は就業時間後、メロディちゃんにみんなくっついて行くので、残業してくれる人が最近減ってて困っている。
それは正当な権利なので、私は何も言わないでいるけれど、本当に困っている。
「あら、メロディさん。こんばんは」
「こんばんは」
ジョンソン君もメロディちゃんに挨拶する。
「あ、あの、私メロディって言います!! よろしくお願いします!!」
メロディさんがいきなりジョンソンくんの前に飛び出す。
顔が赤い。
そういえば、ジョンソン君はモテる人でした。
顔もイケメンの部類だ。
サラサラのダークブロンドの髪に、深い青の瞳。背も高いし、スタイルも良い。
付き合い長すぎて忘れていましたが。
学生時代は彼のこういうイベントも良く見かけたものです。
久しぶりに見ましたね。
「あー、ジョンソンです。第二魔力検査課の」
「まあ、お隣の部署なんですね!! よかったらこれから一緒に呑みにいきませんか?」
え!
今からですか?
もう日付が代わりそうですよ?
「いえ、帰って寝たいので」
「まあ、どちらにお住まいですの?」
「それはちょっと、個人情報なので……」
メロディさんが絡んでいますね。
長くなりそうです。
「あの、それじゃ私、家で仕事しますので、先に失礼しますね」
私はどうせこの場では浮いている立場ですので、さっさと離脱しましょう。
持ち帰りの仕事も気になるし。
「はーい、さようなら!!」
「あ、おいクレア」
「クレアさん、明日っすー」
皆、これから呑みにいくなんて、元気ですね。
明日ちゃんと働けるのかしら。
※※※
次の日。
「あれ? メロディさんは? 出勤してますよね?」
私はメロディさんのデスクに彼女の仕事の書類を取りに行ったところ、彼女の不在に気がついた。
「あ~。メロディさんなら隣の部署に行ってんじゃないっすかねー」
見渡すと彼女と最近よく一緒にいる職員たちも、いない。
……サボりですね。
仕方有りません。
今日は、あとできつく言いましょうか。
そんな事を考えながら、昼休み。
職員食堂へ行くと、ジョンソン君とメロディさんとその取り巻きたちが一緒に食事を取っているのを見た。
……ジョンソン君も取り巻きになったのですかね。
そういえば昨日メロディさんがとても彼をキラキラした目で見ていましたね。
成程。
昔、学院に行ってた頃も、彼に恋してた女の子を何回か見かけました。
懐かしい。久しぶりに見た気がします。
ジョンソン君のモテ期はまだ続いてるんですね。
ジョンソン君は、仕事をおろそかにするような人じゃないから、メロディさんと付き合っても問題ないでしょう。
私は空いている席に座って、注文したスパゲティを食べた。
※※※
「お前のとこの、メロディがうざいんだが」
残業後、飯屋で食事をしていたら、ジョンソン君が私を見つけてやってきた。
開口一番愚痴でした。
「仕事中しょっちゅう、オレのデスクにやってきて、メロディwithその他の皆さんがたむろするんだが!」
「好きで一緒にいたわけじゃないんですね。お疲れ様です」
「それだけ? おまえ上司だろ!? 注意してくれよ!」
ジョンソン君がお困りです。
「わかりました。ですが数日置きたいんですよ。今日、仕事をさぼっていた事を注意してしまったばかりですので……。今日の明日で説教は仕事場の人間関係構築に良くないかと……。申し訳ないですが」
「うあああ……」
ジョンソン君は項垂れた。
「ジョンソン君は、学生時代モテていたので、ああいうのは扱いなれていらっしゃるかと……申し訳ありません」
「扱い慣れてるのとストレスがたまるたまらないは別の話でな?」
「ああ……言われてみれば。申し訳有りませんね。できるだけ早く、様子を見て伝えてみます」
そう言うのと食事を終えるのが同時だった私は、ごちそうさま、と言って代金を支払いに行こうと立ち上がる。
「おま、オレまだ食ってるのに」
「? お先です」
「いや、普通友達食べてたら、待たない? 食べ終わるの」
「あ……。申し訳ありません。仕事のことが気になっていて」
「ワーカーホリックすぎるぞ。倒れるぞそのうち」
「同じ時間にここで食事されてる方に言われても、説得力を感じられませんよ」
私は苦笑した。
私はジョンソン君を待つために座り直した。
「そういえば、お前は結婚とかしないの」
「予定ないですね。とっくに行き遅れですし。
仕事はこれでも楽しんでますし、とくに結婚の必要性も感じません。むしろ、跡取り娘じゃなくて良かった、などとたまに思っています。ジョンソン君こそ、そろそろ身を固められてもおかしくないと思いますが、ご予定は?」
「予定は未定だ」
「よくわからないお答えですね」
「……結婚するにもまだ基盤にする貯金や、給与面が不安で踏み切れない」
それは未定ではなく、ご予定あるんじゃないですか。
彼女さんはずっと待っていらっしゃるのですかね。
結婚したら彼女の手料理が家で待っているのでしょうか……あ、うらやましい、私も男に生まれたかった。
そんな奥さん欲しい。
となりの部署ですが、今度上司にジョンソン君の役職をあげてもらえるように進言してみましょうかね。
帰り道。
ジョンソン君と歩いていたら、またメロディさんと遭遇しました。
「ジョンソンさああん!!」
「うっわ」
「あら、メロディさん」
メロディさんが、私とジョンソン君を交互に見て言う。
「あの、お二人って付き合っているんですか?」
「あ、久しぶりに聞かれましたね。違いますけれども」
「……まあ、違うけども」
学生時代から、友人として一緒にいることが多かったので、よく勘違いされたものです。
なかなか、男女間の友情というものは理解されにくく。トラブルも多少ありました。
なので、彼に彼女がいる間は疎遠になったりもしますが、いない時はまたご一緒したりしたものです。
「なあんだ! お友達なんですね!」
「ええ、そうです」
「……」
「じゃあ、ジョンソンさん! これから私をお食事でもどうですか!?」
「いや、今食ってきたばっかりだし。今日は帰りたいんだ。悪いな」
「えええ~~」
メロディさんは、ジョンソン君にアタックしたいんですね。
私、席を外したほうがいいですよね。
「それじゃあ、私はこれで……」
「はぁーい! また明日!」
「ちょ、待てよ! メロディ君、失礼する」
ジョンソン君が私の腕をつかんで、足早に歩いていく。
「ええー! 私を置いてきぼりですかあああ」
メロディさんが置いてきぼりです。
私はなにか言わないと、と思いましたが、ヒールでしたのでジョンソン君の早歩きについて行くのが必死で黙ってしまいました。
私の自宅前に着いたとき、やっと腕を放してもらえました。
「ジョンソン君、少々腕が痛くて困りました」
「悪い。でも……おまえ、オレを置いていこうとするなよ!」
「いえ、でもお二人の邪魔かと」
「オレ、アイツのこと、うざいってさっき教えただろう」
「あっ。そうでした。ごめんなさい」
いけません、彼の女性問題は極力関わらないようにしていたので、つい癖で。
「……まったく」
そういうとジョンソン君は、私の三角メガネを外した。
「えっ。何なさるんです?」
「久しぶりに、メガネしてない顔を見たくなった」
「そうですか。よくわかりませんが、視界がぼやけるので返してください」
「……」
ジョンソン君は、私にメガネをかけ直してくれました。
「オレ以外のやつの前でメガネ外すなよ」
「はい? それはまたなんで」
「なんでもだ。それじゃあーな。おやすみ」
ジョンソン君は、どこかイライラした感じで帰っていきました。
よくわからない冗談をやってしまうくらい、お疲れのようです。
家で彼女に癒やされてくださいね。
※※※
翌日から。
「ひ、ひどいですううう。私のつくった書類が!!」
「うえええん、私の手鏡が割れてますう! 鞄の中が破片だらけ……ぐすっ」
「クレアさんが、私を階段から突き飛ばしましたあ! 聖属性だから、怪我はなおしましたけど……怖かったです!ぐすぐす」
何故か、メロディさんのトラブルが、全てわたしのせいにされはじめました。
「わたくし、そのような事は致しておりません。誤解が」
「ちょっとひどいんじゃないすか、クレアさん」
「そうっすよ。いくらメロディちゃんが可愛いからって」
「行き遅れの嫉妬っすかー?」
……困りました。
こんなトラブルが一週間以上。
上司に相談したところ。
「君、若い子に嫉妬してそんな事をするなんて、ちょっと……うーん、そろそろ結婚退職でもしたらどうかね? お見合い、する?」
……空いた口が塞がりません、それはちょっとセクハラも入ってますよ。
職場の人間関係は大事です。
「あの、ウェストンさん、この書類を3時までに」
「あ、ちょっとトイレに」
職場の信用を失った私は、仕事も上手に回らなくなってしまいました。
仕事を回そうにも、無視されるようになりました。
どうしましょう。
もうこの職場にいられる気がしません。
ですが、この職場を失ったら、私は今から条件の良い職場なんて、見つけられる気がしません。
裏庭で一人落ち込んで、コーヒーを飲む。
仕事をさぼってこんな事をするなんて初めてです。
「大丈夫か」
ジョンソン君がやってきました。
「……よく、ここにいると、わかりましたね」
「見てたからな。ここに向かうの。 ……なあ、オレはお前があんな事やったなんて思ってないからな」
「ありがとうございます。でも、仕事が回らなくなってしまって……。私このままでは、退職しないといけないかもしれません」
「おかしな話だ。証拠もなにもないのに、若い女にそそのかされる連中め……しかたない」
ジョンソン君は、私のメガネを取りました。
困ります、私今目にいっぱい涙が。
「……ちょっとこのまま来い」
「え、ちょっと……?」
ジョンソン君は、私の手をひっぱって、私の課まで連れていきました。
もう一度、私に皆に何もやってない、と訴えろ、と言って。
その時にメガネをとるように言われました。
なるほど、素顔でむきあえ、という事ですね……。
やってみましょう、誠意を伝えるのです。
「ちょっと皆さん聞いて下さい。彼女の話を!」
ジョンソン君が働いているみなさんに声をかけます。
私はジョンソン君に言われた通り、メガネを取って、涙目のまま、正面を向きました。
「私、本当に身に覚えがないのです。……信じていただけませんか? またメロディさんに起こったトラブル解決には誠心誠意取り組みたいと思いますので、もう一度私と仕事をして頂けませんか……っ」
私は、課の全員に聞こえるように大きな声で叫びました。
声大きかったせいか、皆さんがびっくりしてこちらを見ています。
……シーン。
ああ、なんの反応もありません。
やはり退職するしかないでしょうか……と思っていた時。
「ま、まあ確かに証拠はないよな」
「オレたちも早とちりだったかもな……」
「ははは、メロディちゃんも、うっかりだなあ」
「え、ちょ、ちょっと……! 私は被害者よ? クレアさんにやられたんだから!!! なに?クレアさんがメガネとってちょっと、綺麗だからって態度変えすぎじゃない!?」
「よ、容姿なんて関係ない……よ。」
「あ、ああ」
「あ、良く考えたら、クレアさんがメロディちゃんにそんな事する必要ないよな~」
「それはそうと、メロディちゃん、ちょっと離席多すぎじゃない?」
何故かみんな口々に私を擁護しはじめてくれた。
気持ちが通じた……?
ジョンソン君がため息をつく。
「お前の同僚たちって……」
「どうしたんです?」
「いや……なんでもない」
「クレアさん、証拠もないのに疑ってすいません!!」
席を立って、私の手を握りにくる職員まで。
「え……あ。いえ。……わかっていただけたのですね、よかった」
私は涙ながらに微笑んだ。
その職員の頬がカーッと赤くなる。
「い、いえ、その。自分、最低でした……すいません」
ジョンソン君が、パシッとその手をはらう。
「調子よく手握んな……」
「……す、すんません」
え、別に構わないんだけど。
そこへ、上司がやってきた。
そして何故か上司は、伝説のユニコーンを伴っていた。
「なんだね~ 騒がしいね、君たち~」
「うお、ユニコーン!!」
「え! すげー!! なんだそれ!!」
「えーー。国の方針で今日から我が課に、ユニコーンが配属された」
「はい!?」(一同)
「ほら~。聖女認定避けようとしてさー。ほら乙女じゃないって言い張る人たちが多いでしょ~。
だから、ユニコーンに嘘を見抜いてもらおうと契約して来てもらったわけだ」
「……契約、といいますと?」
私は上司に訪ねた。
「……ん? 君みたいなお嬢さんこの課にいたかね? え、君、クレア君!?
基本は、お世話係に乙女を起用すること。その乙女と昼寝休憩時間を作ること。
あーメロディ君、君にまかせたいのだが?」
……メガネを取っていると、上司に気づいてもらうまで時間がかかるなんてちょっとショックですね。
でも、メロディさんにおまかせするのは、適材適所ですね。
「えっ」
メロディさんが、驚いた声をあげた。
「わ、私じつは、馬アレルギーで……」
しどろもどろ。
?
こういう役目はすすんでやりそうなのに。
その時、ユニコーンが喋った。
「え、何そのビッチ。乙女じゃないから、断る」
しーん。
あわわ……!
これって、メロディさんは男性経験がお有り、という事ですよね。
私は自分のことじゃないのに赤面しました。
自分が男性経験があるかどうかが、バレてしまうなんて……!
これは女性職員には由々しき問題では……!?
「私は、この黒髪の乙女がよい。おまえ、私の面倒をみろ」
ユニコーンが私に言う。
ザッ!!!
部屋中の男性の目が私に集中しました。
いやああああ!!!
今度は私が男性経験がない事が職場にバレ……いやあああ!!
ジョンソン君が、私の前に立って、私を隠してくれました。
「お前ら!!! こっち見んな!!!」
部屋中から、すっごいヒソヒソ声が聞こえる。
口々になにか言われています。
あわわ、わたくし。
結婚してないから、当たり前とはいえ、その、こんな風にヒソヒソ言われますと……さすがに。
「大丈夫か?」
ジョンソン君が、皆の視線から私を隠すように抱きしめてくれました。
「だ、大丈夫……ですけど、ちょっと……やっぱり、大丈夫じゃないです……!」
一方。
「な、何言ってるの!? 私、清らかな身、ですけどおおお!!
ちょっと、ねえ! ちょっと!!!」
メロディさんが必死で訴えていらっしゃいます。
そうですよね、メロディさんなんて、間違えられていらっしゃいますものね。
「ちょっと、そこのユニコーン!! 私は乙女よ! まちがえるんじゃないわよ」
「臭い。鼻が腐る。 お前からは男の匂いがプンプンする。一人や二人じゃない。近寄るな!」
ユニコーンは、プイ、として、メロディさんから離れました。
「メロディちゃん、この間オレが……その誘った時に結婚してからじゃないと無理とか……言ってたのに」
「初めてはハネムーンがいいとかって言ってたのは……」
なにやら痴情のもつれを口にする若い男性職員たち……あ、あなた達! 職場恋愛は自由ですけど、なんてことを職場で話してるんですか!
「今度の会議で規律について話し合う可能性がありますね……」
そう呟いたらジョンソン君に
「おまえ……ほんと仕事脳だな……」
……と呆れた顔をされました。
「な…、な…な…ちが、ちがうのにいいいい」
そして、その次の日から。
メロディさんの周りから取り巻きはいなくなり、メロディさんは仕事も自分でこなさないといけないようになってました。
そして、彼女はしばらくしたら何も告げることなく、職場に来ないようになってしまいました。
手紙などを送ってみましたが、引っ越しもされたようで、手紙はそのまま返ってきてしまいました。
メロディさんは被害者なのに、結局あの事件の真相はわからずじまいで上司として申し訳ない限りです。
私と言えば、ユニコーンさんのお世話が増えましたが、あの訴えが効いたのか、職員のみなさんがすごくよく手伝ってくださるようになり、以前ほど残業しなくてよくなりました。
ありがたいです。
これもちゃんと誠意を伝えろ、と言ってくれたジョンソン君のおかげですね。
※※※
それから数日。
いつものように飯屋の帰り道。
「オレと付き合ってくれないか。結婚前提で」
ジョンソン君に告白されました。
「え……」
寝耳に水でびっくりしました。
「彼女さんは?」
「彼女なんかいないぞ。何勘違いしている。……ほんとは、昇進してから言いたかったんだが。その、お前のメガネの下を他の男に見せてしまったから、売約済にしておきたい」
「メガネのした??」
「……おまえ、わかってないな。まあ、お前はそれでいい。あーあ、オレだけが知ってる秘密だったのに」
「意味がわかりません」
「……わかんなくていい。おまえの目が悪くてよかったよ。
ただ、一言だけいっとくと、あの時メロディがお前がメガネとったら綺麗って言ってたのは聞こえたか?」
「ええ。私は自分の顔がぼんやりしてますので、判断がつきかねていたのですが」
「……綺麗だよ。ったく、おまえの周りの職場の連中は容姿に対してゲンキンすぎる」
「そんな……」
綺麗だなどと。
「今までそんな事言われたことがないので、戸惑いますね……。しかし、やはり真摯に自分がやってないと訴えたことがみなさんの心に届いたと、私は思うのですが」
「……まあ、お前はそれでいいよ」
ため息をつかれた。
「それで、返事は?」
「……とまどっています。あなたのことは、とても好きですが…」
「今更、恋愛的な気持ちはそこまで求めない。オレはおまえと、一緒にやっていきたいんだ、人生を。……そういうのじゃだめか?」
……そういわれたら、なんだか胸がポカポカしてきました。
「顔が赤いぞ」
「あ、赤くもなります」
「学生時代から、オレは彼女作ったりしてたけど、結局お前と友達してる時が一番……居心地よかった。オレに一生その居心地の良さをくれないか」
「え……あ……」
思い起こすと、私も彼の傍は居心地がいい。
胸がポカポカどころか、ドキドキしてきました。
人の言葉って不思議です。
どうして魔法でもないのに、こんな……相手の体調を変えてしまうのでしょう。
「役所務めになってからは、お前しか見てなかった」
彼の手が私の髪に触れる。
「わ、わたし。その、ずっと独身で家事とかあまりできなくて、ひどくて、その。花嫁修業とかもしてなくて……」
「知ってる。二人で分担しよう。ただ、オレはお前を独占したいだけだから」
「なんだか、とても恥ずかしいです……。ですが、そのお話は……断りたくない自分が、います」
「じゃあ、OKだと取るぞ?」
「……はい」
その夜、ジョンソン君とは初めて手をつないで帰りました。
さっきまで友達だったと思うと、変な感じです。
――その後、付き合っていく過程で、ジョンソン君に恋人としての営みを求められましたが。
「いけません! ユニコーンさんにバレて、職場中にそれが広まってしまいます!!!」
私が真っ赤になって拒否した所、ジョンソン君は。
「よろしい、ならば結婚だ! 結婚すれば当たり前だから恥ずかしくないだろ!!」
「そ、そんな!」
そう言って、結婚指輪を買いに私を連れ出したのでした。
――いや、それでも、恥ずかしいですって。
私は、気に入っていた職場ではありましたが、異動を申し込み、その申請が通った後しばらくしてから。
彼と結婚いたしました。
聖女候補の皆様、秘事は正直に、本当のことを仰ってくださいね。
さもなくば、ユニコーンさんにバラされますよ!
おわり。
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