第39話 ■ Irreplaceable Person ■ ― Adolf ―

※アドルフ視点です。


 ――オレは牢屋に放り込まれた。

 逃げても無駄だと思われているのか、手足を縛られたり鎖を付けられたりはしなかった。


「…これ幸いってやつだな」


 まさか、暴走したブラウニーを叱りに行くつもりで追いかけて、こんな所に来てしまうとは思わなかった。

 異界に入ったと気がついてからは、さすがに死を覚悟しつつもプラムをなんとか守らなければならず、死なない努力が大変だった。


 グリーズリーをはじめ、その他の魔物や魔族に、"おまえらローテーションでも組んでるの?"と言いたくなるくらい次々襲われたしな。

 お父さんは辛いよ。


 プラムが復活したものの、そのあげくの果てに魔王のお出まし。

 おじさんは、しがない冒険者で錬金術師なんだぞ。

 キャパシティオーバーもいいところだろう?


 物語の勇者とか呼んで来い、勇者。

 一般人枠のおじさんに孤軍奮闘させないでくれ。


 神のゲームの資格者からすれば、オレこそ一般人のモブってやつだろオレは。

 外野だ、外野。


 家でのんきで待ってるお母さん枠とか希望したい。

 冒険して戻ってきた子供を、いつも通りに何も変わらず迎える家族の側でありたかった。


 おまけに。

 もしまだブラウニーに会う機会が得られたなら、さすがにぶん殴ってやる! と思っていたのに、まさか自分のほうが殴られても文句言えない立場だったなど。


 記憶は結局、魔王のせいで戻せなかったが、モリヤマの言ったことで大体想像はつく。


 オレにはもはや寿命がない。

 むしろ尽きているかもしれない。


 あれだけ拒否ってた記憶を今は取り戻したい。畜生。


 モリヤマはブラウニーを殺したのかと聞いてきた。

 そんな事できるものか。


 つまり。

 逆を考えるとオレはブラウニーに魂を返す必要があるということだ。


 くそ……なんとかしてブラウニーに会わなくてはいけない。


 死んだほうがマシだという目にあったとしても死ねない。

 魂を返すまでは。

 死ぬ覚悟はしてるのに、死ねない。文句も言えない。おじさんは泣きたい。


 オレの今からの目標は……


 ・プラムを助ける。

 ・ブラウニーに会う。

 ・両親の復讐。


 結構あるな。これ全部かなうかな。

 ……削るか。


 プラムはブラウニーがなんとしても取り返すだろう。はい消えた。

 両親の復讐…そもそもできるわけないか。ドラゴンに立ち向かうアリンコだ。はい消えた。


 ――つまり、何が何でも。ブラウニーに会うことだけ考えればいいか。


 それだけで、いい。


 そんな風に言ってみても、さすがに胃がキリキリ痛い。

 それだけ、という、その『それ』が今のオレには一番苦しい。


 そして正直、寂しい。

 自分の人生が本物ではなかったことが寂しい。

 もとを正せば人間でもなかったようだ。

 そんなに真面目に生きてきたわけでもないが、それでも寂しい。


 は……


 何が寂しいだ。

 ブラウニーから盗んだ魂で送った人生だ。

 それなりに楽しいこともいっぱいあった。

 満足すべきだ。


 ……さて。

 賢者の石のことで会いに来ると魔王は言っていた。


 そうか、納得した。何故ヒースが襲われたのか。


 まさか賢者の石のことが魔王に知られているとは。

 どこから情報が漏れたのか。

 今となってはそれを知る術などない。


 ……錬金術師が皆、最終的に作成を目指すとされる賢者の石。

 だが、近年その技術は失われていた。ヒースにも作れるやつはいなかった。


 もしその技術が復活したら聖女……ひょっとしたら聖女以上に匹敵する価値であるが、人間社会のバランスを崩す危険なものだ。

 夢物語であるべき存在。


 ヒースの失敗作品の倉庫には、失敗作の賢者の石が、失敗作であっても大量に保管されていた。

 オレは遊び心で、それらをそこにこもって研究してた。


 まさかその中に本物に至る素材があるなど誰が思う。


 オレは無邪気に赤く光るその石を作り続け、両親に叱られた。

 父さんと母さんは、隠しなさい、そしてもう作ってはいけないと言った。

 オレは彼らの言う通りにした。


 ……当時を思い返しても秘密をばらしたやつが誰かなんて、もうどうでもいいことだな。

 屋敷の人間は全員死んでた。


 モリヤマの言う……既に寿命ではないか、というオレが生きている理由。


 オレは眼帯に手で触れた。

 ……賢者の石は、ここにある。


 数個、いつも隠して持ち歩いている。

 多分これがオレの命を永らえている。

 賢者の石の効力の一つが不老長寿だ。

 おそらくそれが効いてる。


 ――思案する。

 手持ちの道具で。素材で。脇役(モブ)のオレができること。


 究極のアイテムがここにある。

 魔力も持たない矮小な人間が、少なくとも一矢与える事ができるかもしれない至宝。

 そして魔王が欲しがっている。

 ヤツが来るまでに消費してしまわなければ、奪われてしまう。


「………」

「みっ……」


 フードからモチを取り出した。

「随分と、怪我したな……」

「み、みっ」

 大丈夫、といった感じで手をパタパタする。


「……モチ、……ごめんな」

「み?」


オレは、魔石とペンを取り出した。


「モチ、【Scroll】」

「み……」


 ペラペラとスクロールに変化する。モチ。

 そして、今までモチに埋め込んだ術式をほぼ取り消した。


「みみっ」

 くすぐったそうな声をあげる、スクロールのモチ。

 オレは淡々と新たな術式を書き込む。

 ……スクロールに涙が落ちた。


 すまない…モチ。

 さようなら、モチ。


 ヒース家には子守唄らしからぬ子守唄がいくつかある。

 子供に聞かせるには訳の分からない、難しい言葉が紡がれている。

 賢者の石に関する唄もあった。

 それのせいでオレも作れてしまったわけだが……。


 その唄の一つを術式にして書き込む。


 魔石をつかって魔力を流し、書き換えを確定させる。


「……戻っていいぞ、モチ」

「みっ」


「……っ」

 オレは、左目の義眼を取り出した。

 義眼はケースになっていて、その中に小粒サイズの賢者の石がいくつか入っている。

 オレはケースを開けた。

 砕いた賢者の石が、赤い光をぼんやり放つ。


 賢者の石をモチに食わせれば、とりあえずここでできる作業は終わる。

 ……終わる。


「み?」

「……」

「みっ」

 モチが肩に登ってきた。

 オレの涙をなめる。


「……モチ…」


「……い」

「み?」

「できない……おまえに、そんな事……」


 だめだ……。

 オレはケースの蓋を閉めた。


 こいつを素材にして、魔王に一矢報いる兵器を作ろうなど……

 ……そんな事できない。


 だが、それ以外、できることが思いつかない。

 もう、いっそ全て投げ出してしまいたい。


 時間がない……腹をくくらなければ……だが。

 堂々巡りする思考。

 出ない解答。


「何ができないんだよ」


 天井から声がした。


 見ると、ブラウニーが、天井をすり抜けて降ってきた。


 は? 天井をすり抜けただと…?


「ブラウニー…おまえ。……なんだよその姿は……翼が生えてるぞ……」


 ブラウニーが天井をすり抜けて降りてきた事にも驚愕したが、降り立ったブラウニーには、銀色に光る翼が一枚生えていた。

 目の色も明るいブラウンというよりはもはや……。


「知らない。生えた」

「お前、人間やめたのか」

「やめるつもりはない。プラム助けたあとで、なんとかする」

「なんとかできるものなの!?」

「さあ」


「ところで、オレはあんたをなんて呼べばいい。アドルフさん?それとも――ドッペル?」

 淡々と聞いてくる。

 でもわかる、メンタルがぐっちゃぐちゃだ。

 オレはお前に、あと何をしてやれる?


「その様子だと、昔のオレと会ってきたんだな。どっちがいいかなんて、オレにもわからない。記憶がないからな」

「そう」


ブラウニーはオレに手をかざした。


「記憶戻していいよな?」

「…わかった」


ブラウニーはオレの失われた短い時間、その記憶を復活させた。

「……。大体予想通りだった」

「……」

「ブラウニー。すまなかった」

「……」

「プラムを取り戻して、ヒースに帰れたら魂は、ちゃんとお前に返す。もしくは今返したって良い。」

「それは許さない」

「……そう言うと思っていた。だが、記憶が戻ったからはっきりと、わかるんだ。オレはもう、肉体の本来の寿命がつきて」


「約束しただろ、3人でヒースで暮らすって。逃げるなよ」

「生き続ける事は可能だが……しかし、魂を戻さないとお前の寿命が」

「あんたと同じ方法で生きられるだろ」

「可能だが、お前は魂を取り戻すべきだろう。それが道理だ」


「いい加減にしろ!」

 ブラウニーが怒鳴った。


「あんたとの思い出は、オレの中で決して軽いものじゃないんだよ! 今だって、プラムよりあんたを優先してこっちに来たんだ! わかれよ!!」

「ブラウニー…」

 ブラウニーの既に金色といっていい瞳に涙がにじむ。


「もうオレは、肉親だと慕ったヤツに裏切られるのはもう嫌なんだ。あんたもアカシアのように、オレを捨てるのか?」

「それは……ちがう!」


「オレから魂を奪って。半分になりたいだのなんだの言って懐いてきた癖に。アドルフになってからは親にまでなった癖に……! いなくなるなんて許さないからな……!」

「……ブラウニー」

「……できるだろ。あんたには、オレの望みを可能にすることが。さっきの赤い石。賢者の石なんじゃないの」

「……見てたのか」

ブラウニーは頷いた。


「それ使って魂の欠損をオレたち二人共に施こしてくれよ。そうすればお互いがお互いでいられる。

……今なら、あんた、『絶対圏』が使えるだろうから魔力も無尽蔵だ。

『絶対圏』は想像力がいるが、錬金術を使って賢者の石の補助があれば、あんたならできるだろ」


「成程、やり方は構築できると思う……魂がマテリアルとか、失敗したらと思うとゾッとするな」

「うそつき。顔がワクワクしてるぞ」

「いや……これはその、いやオレもほら、そういう家系の? あととりだし?」

「オレもヒース家で育てられたら、そうなってた気はするけどな」

「可能性は高いな」


「さて。ついでに、オレの身体を補強してほしい。実はさっきから、あちこち壊れて崩れそうだ。石いくつかあるんだろ。……アドルフさんもしたほうがいい」

「……」

 さっきからあんた呼びだったのが、アドルフと呼んでくれた。


「……てか。崩れそうって何だよ!?」

「『絶対圏』はオレたちの身体を蝕む……」

「……それで包帯巻いて身体の崩壊に意識向けてる訳か」


 オレが若い頃、学院に行かされ時に男子の間で流行っていた遊びを思い出したが、なんかまさにそんな姿だ。

 なんて言ったっけ……病気じゃないのになんとか病って言ってたな…。

 これは言ったらブラウニーに殺されるな。


「今、何を隠した……」

「なんでもないぞ……」

 状況は何も好転していないのに、日常が戻ってきた気がした。少し心に灯火がついた気がする。


 森でポツンとずっと誰かを待ち続ける鏡。

 長い時間の孤独。

 魂はなくとも寂しいという欲求だけは持ち合わせていた鏡。


 オレは寂しくて、本来の誰かの人生を奪うという自分の本分よりも誰かの半分になりたかった。

 半分になって受け入れてもらえたなら、寂しくなくなるのではと、長い間考えていた。

 気づけば目の前の魂を奪った相手は、オレの事を必要としてくれている。


 ……オレはブラウニーにアドルフとして必要とされている。

 ドッペルの頃にあった欲求はいつのまにか消えていた。

  オレは、改めて――

 ブラウニーではなく、アドルフという人間になろう。


「とりあえずやってみよう」


 オレは『絶対圏』に接続して、となりの使われてない牢屋に自分のワークスペースを設置した。

 中には、ヒースにあるオレの作業部屋と同じ設備を。

 外からは、なんの変哲もない空の牢屋に見えるように、映像も貼り付ける。


「ほんと、人によってできることが違うな。この力は」

 ブラウニーが感心したように言った。


「ヒースに帰ったらお前にも教え込むからできるようになってくれ。跡取り」

 ブラウニーが少し、笑顔になった。


「さてと。……魂の補強に二つ、身体の再生と補強に二つ、身体が先だな。魂を完成させて別人になったら、オレが『絶対圏』を使えなくなる可能性が高い。魂は最後だ……そして残る一つ……」


 オレはモチを見た。

 ……やっぱり、これは、できるわけがない。


「さっきも、できないって言ってたけど、モチに何がしたいんだよ」

 ブラウニーがオレの様子を見て感じ取ったのかそう言った。


「……竜のマテリアルが欲しくてな」

「なんだ、そんな事。ちょっと待ってて」


 ブラウニーはそう言うとテレポートしてどっかへ行って。


「ただいま」

 手には既に息のない……


「サラマンダー!?」


息の根を止めた、小さめの火蜥蜴(サラマンダー)の尻尾をつかんでいる。


「……溶岩のとこにいたから捕まえてきた」

「死んでるから捕まえたとは言わないよ!? いや、助かるけど!! てか、赤土のとこ行ったのによく時間に流されなかったな」

「ああ、それ動かしてる装置見つけたから壊した」


 ブラウニーが悪気ありまくりの笑顔を浮かべた。

「はい?」


「モリヤマが言ってたからな。術式がどうのこうの。つまりどこかにカラクリのように動かしている場所があるってことだと思った。アドルフさんと最初にこの要塞に来た時に歯車だらけのとこあったろ。アレだよ」


「よくわかったな、そんな事」

「ものは試しにと、壊しても全体の動作には影響しない歯車いくつか壊しただけど。まあ、欠けたら術式は働かなくなるよね」

 ニッコニコ。ただし黒い笑顔。


「この破壊神……!」

「ああ、天空神になるよりはそっちのほうが向いてるかもしれないな。先に謝っておくと、観測所も壊しましたごめんなさい」

「おまえー!!! お父さん泣くよ!?」


 まったく、ホントにこいつは……オレと同じ魂分けた人間なの!? ……でもなんだか、調子が戻ってきた。


「あと、おまえね。お父さん怒ってるからね。暴走して皇太子のアレとか盗ったでしょ。おまけにあんな喧嘩して、プラムにケガさせて!」

「うわ、急に説教しはじめた」


「プラム、ナカミが出てたぞ、それくらい酷いケガだった。反省しなさい」

「………オレも見たことがないのに」

「そこ!? おまえ本当、プラムのこととなると頭オカシイね!?」

「流石にそこは冗談だって気づいてくれよ」

 ブラウニーが普通に笑った。


 ああ。

 良かった。

 このあとどうなろうと、ブラウニーと仲直りが出来てよかった。

 モチも失わずに済んだ。


 ――よし。

 プラムも必ず取り返す。

 そうだ、オレの目標は……オレの家族を取り戻すだけで良いんだ。

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