第5話:どうしてわかったの? 後編

 テニスは結構好きだ。

 試合はあまり好きじゃないし、テニスにおいての勝ち負けは正直どうでもいい。

 ただ、誰かとボールを打ち合って、ラリーが続くように協力をするのはとっても楽しいし、大好きだ。


「行くよ菜乃葉ー!」


 ネットを挟んで向こう側に立ち、ラケットを構える菜乃葉に私はボールを打つ。

 もちろん、試合の時みたいに点を取るためのサーブでは無く、緩いアーチを描いたサーブ。それを菜乃葉は―――空振りした。


「ご、ごめん真希ちゃーん!」

「もう!運動音痴だなぁ、菜乃葉は」


 ここ数日の菜乃葉はまるで別人みたいなところが時々見受けられたから、もしかしたら運動音痴じゃなくなってるかも、なんて想像してた訳だけど。


 どうやら前と変わらず運動はからっきしみたいだ。


「真希ちゃーん!行くよー!!」


 今度は菜乃葉からのサーブ。

 私はラケットを両手で持って構える。


 しかし、、、


「あぁ!ごめーん!!」


 菜乃葉が打ったボールは頓珍漢な方へと飛んで行った。


「ちょっ!??」


 その行く先を大きく誤って飛んでいくボールの着地点へと、私は全力で走る。

(とれる!)

 そう思った時、ボールに夢中になりすぎていた私は足元に転がるもう一つのボールに気付かず、転んでしまう。


「っ痛ぅ!!!」


 右膝が少し擦りむけて血が出てしまった。

 しかしそれよりも、痛みの発信源は左手首。転んだ際に受け身を上手くとることが出来ずに挫いてしまったみたいだ。


「大丈夫!??真希ちゃん!!!ひ、膝から血が出てるよ!!!???」


 慌てて走り寄ってくる菜乃葉。

 私がボールに夢中で、勝手に転んだだけなのに、すっごく心配してくれているのが分かる。


「ちょっと膝擦りむいちゃったから、保健室で消毒してくる」


 手首のことは菜乃葉には言えなかった。

 膝から流れる血を見ただけでこんなに心配しているのに、こんな腫れた手首なんて見せたらとんでもない慌てようになりそうだ。


 幸い、私は右利きである。

 左手首を捻挫したところで、お風呂とかには多少影響が出るかもしれないけど、勉強には差し支えない。

 学生の本分は勉強だ。それに差し支え無ければ、まぁ、次は気を付けようで終わる話だ。



「大丈夫?ごめんね、私が変な方向にボール飛ばしちゃったから……」


 保健室で膝を消毒し、可愛くないけど絆創膏を貼った私は保健室を出たところで菜乃葉に謝られた。


「別にこれくらい、気にすること無いよ。それより、ほら!まだ時間あるからテニスやろ!」


 そう言って、私はジクジクと内側からくる鈍器で骨を潰されるような左手首の痛みに耐えながら、何とか体育の時間を最後まで乗り切った。


 教室に戻ってきて帰りのショートホームルームが終わったあと、


「(ダメだ。ちょっと手首が痛すぎる。早く帰ってアイシングしなきゃ。)」


 そそくさと帰り支度を始めて、クラスメイトに「またね」と挨拶をした後、私は急いで教室を出る。

 だけど、下駄箱で上履きからローファーに履き替えてる最中、急いで私を追ってきたのか菜乃葉に袖を掴まれた。


「ねぇ、真希ちゃん」

「な、なに?菜乃葉」


 もしかして、と思う。

 それと同時に、いやバレる筈が無い、とも思う。


 菜乃葉は涙目になり、くぐもった鼻声で言った。


「左手首……見せて………」


 どうしてわかったの?って思う。


「な、なんで?べつに何とも無いから」

「何とも無いわけ、ない。だって、真希ちゃんこの短時間で、何回も左手首を庇うような仕草してたもん……」


 ……隠しきれてると思ってた。バレちゃダメだ。周りの子たちに心配かけちゃダメだって。そう思ってた。


 ……けれど、今私の目の前に立って頬に涙を流す親友を見て。

 どこか胸の奥がホワホワと温かくなっていくのを感じる。


 隠しきれてると思ってた。

 バレちゃダメだって思ってた。

 けど、、、

 本当は誰かに気付いて欲しかったのかな?


 周りの子たちに心配かけちゃダメだと思った。

 けれど、、、

 もしかしたら誰かに心配して欲しかったのかも。


 菜乃葉は勝手に私の左手首の袖を捲った。


「っぅ!!!」


 少し動かされただけでも左手首に激痛が走る。


「こ、こんなに、腫れちゃってる。こ、こんなのゲームには無かった。き、きっと、わ、わた、私のせい、だよね?ご、ごめんね?真希ちゃん。ごめんね……」


 ゲームとか、菜乃葉が何を言っているのかはよく分からないけれど。

 菜乃葉はそうだった。

 小学校からずっと一緒にいた菜乃葉は、昔から私を一番に気遣ってくれて。私の機微な変化に真っ先に気付いてくれて。私を一番大事にしてくれる友達。


「菜乃葉、泣かないで?」


 私の親友には、ずっと笑っていてほしい。


「だ、だって、わ、私のせいで真希ちゃんが」


 私の親友に涙は似合わない。


「菜乃葉、笑って?私は大丈夫だから」


 私は右手でそっと彼女の頬に触れ、親指で彼女の涙を拭い、そして手のひらで菜乃葉の柔らかい頬を優しく持ち上げた。


「ま、まひひゃん真希ちゃん??」


「菜乃葉がこうやって私を見てくれているだけで、すっごく心が軽くなった。それと同時に、菜乃葉をこうやって泣かせてしまったことに、今はすっごく後悔もしてる。菜乃葉は私の親友なんだから、真っ先に頼れば良かったよね。私こそ、ごめんね?でもね、やっぱり菜乃葉には心配させたくないし、泣いて欲しくない。だからさ、次からはもっと頼るからさ。今は笑って???」


 だって、、、



 菜乃葉は笑顔が一番似合う女の子だから。



「今日は、真希ちゃんの家に行ってもいい?」

「どうして?」

「心配だから。………あと」

「あと?」

「私をこんなに、泣かせた罰………」

「ぷっ。ふふ、あはははは!」

「………なんで笑うのぉ。真面目に言ってるのにぃ」

「ごめんごめん。あまりにも菜乃葉が可愛かったから」

「か、かわっ!???〜〜〜っ///」


 菜乃葉は顔を両手で隠してしまった。

 あぁ、少し残念。菜乃葉の顔、今はもっと見ていたかったな。


 菜乃葉が顔を隠したのは、泣いてるから?それとも、恥ずかしいから?


 どっちなのかな。

 でも、今はどっちでも私は嬉しいかな。

 そのどっちにしても、菜乃葉の感情の根源には私がいるって、親友の私がいるって分かるから。



 私は親友として、菜乃葉のことが大好きだ。



 私たちは肩を並べて一緒に私の家へと帰った。

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