第2話 開戦の兆し


数年前、彼女の旅は、始まった。

幾度となる戦い。

世界を見た。

人理を見た。

その果てに、彼女は、見つけ出す事ができた。

探していたものを。

忘れていたものを。

何度、悪行を犯したのだろう。

何度、命を救ったのだろう。

彼女にとって、それらは、どうでもよかった。

ただ、目的のために。

ただ、成り行きで。



「………」


修は目が覚めた。

頭痛が酷い。

昨日の出来事を思い出してしまった。


「はぁ……」


常識が、日常が、全て覆された。

思い出したくもなかった。

今日もまた、学校が、日常が、始まる。

修はそう思っていた。

けれども、真実は、偽りの平和の侵食する。

残酷に、変化する。

リビングに、は居た。

家族は、誰も居ない。

逃げる気など、もはや無かった。

ただ、立って、テレビを見ていた。

仮面の男に修は話しかけた。


「……お前は……一体……何者……なんだ」


男は答えない。振り向こうともしない。

ただ、確かに聞いていた。

修は男に近寄る。

男は微動だにしない。

二人は机を挟んで、テレビを見た。

流れていたのは、ニュース。

なんの変哲もない、唯のニュースだ。

天気予報が終わり、次のニュースが始まる。

男は、テレビを切り、仮面を取った。

内に秘めた、琥珀の瞳。

顔半分に至る、巨大な痣。


黄昏れの時よ、其を喰らえクロム・オルテシア


男は口癖の様に呪文を唱えた。

男の身体が薄くなってきた。


「ああ、覚えておけ。その身に刻まれた運命を。お前は、もう、戻ることは出来ない」


男はそう言い残し、消えていった。

それは、修に対する警告だった。

ただ、修は、理解ができなかった。

静寂が、時間を殺す。

カチカチと、針の音が聞こえる。

時計を見ると、既に8時を過ぎていた。


(なんだったんだ、あれ)


急いで朝食を取り、制服に着替える。


「急がないと」


遅刻しそうになりながらも、走った。



別に、特別な用があった訳でもない。

ただ、興味があった。

面白そうだったから。

人を喰べた。

血の音。肉の味。

ソレらは、決して、忘れられないだろう。

生きる為に、何かを食べる。

大義だとか、正義だとか、そんな事ではない。

自己中心的で、貪欲に。

長い、永い、旅が始まった。

道ゆく先で、殺し、喰う。

ただ一つ、言えることがある。

終わりが、怖かった。

死が、怖かった。

世界で、肉を喰らった。

一度たりとも、飽きることはなかった。

だから、私は、最期まで、肉を喰らう。

『飢餓』として。

人になれなかったものとして。


「………」


夜明け前、彼女は、須賀を訪れた。

肉を、命を喰らうため。

明日を、手に入れるため。

『巡礼者』になど、なるつもりはない。

ただ、より強く、生きたかった。

名を、ドーラ。

槍を使い、獲物を狩る。

拒む者カルガルム、ドーラ。

黄金の瞳を宿し、終わりを拒む。

彼女は、『調律師』など怖くもなかった。



「…………」


学校に着いた時、ただ、困惑しかなかった。

何故、アストラルがいるのか。

何故、制服まで着ているのか。

何故、彼女が隣で授業を受けているのか。

修には、到底理解できない。というか、分かりたくもなかった。

昼休みになり、皆が友達と食堂へ行くなどしている。

修と秋は、教室で、自前の弁当を食べる。

たわいない、世間話。

平穏、修の望んだものは、ここにあった。

けれど、平穏は長くは続かなかった。


「秋さん、一緒に食べてもいい?」


アストラルが、全てを壊した。

秋からしたら、断る必要がない。

修が、睨む。やめろ、と。

秋は何も知らない。

当然、修の望み虚しく、秋は、良い、と言ってしまった。

アストラルが、修の正面に座る。

3人は、一言も喋らない。

修は、絶望を。秋は、後悔を。

アストラルは、何も感じなかった。


「なあ、修、どうしてこうなった?」


秋が、静寂を破った。

修は初めて、友に殺意を覚えた。


(お前のせいだろ……)


そう思いながら、箸を進ませる。

箸の音が響き渡る。

3人が、弁当を食い終わる。


『……』


また、静寂が続く。


「秋さーん、手伝ってほしいことがあるんですけど」


最初に生き地獄から逃れれたのは秋だった。


「じゃあな。二人共、うん……なんか、色々と、すまん。修」


秋は教室を出ていった。

教室には、他に誰も居ない。

残された修にとって、地獄があるとするのなら、ここなのだろう。


「『飢餓』が来ている。それこそ、『検閲』クラスだろうな。」


最初に、口を開けたのは、黒い球体、エディアだった。


「なあ、さっきから『飢餓』『飢餓』って言っているけどさ。なんなんだよ飢餓って」


修は、禁忌に手を出した。

一度、手元の球体を見た後、アストラルは真実を告げる。


「『飢餓』は、命を喰らう者。星の内側より出た汚点。私たち『命』は、この星、地球の内側によって、作られるの。命が作られるときに、同時に必要なかった、無駄になった滓が生まれる。その滓が、集まり、不完全な『命』、『飢餓』になる。『飢餓』は常に何かを喰べなければならない。けど、星の裏側に、喰べものはない。『飢餓』は本来なら、私たちのいる、星の表側には、来れない。けれど、稀に二つの世界が繋がることがある。その時に、彼らは、より多くの命を求めて、やって来る。自分が、生き残る為に」


話している内に、終わりを告げる鐘がなった。

修は、信じることができなかった。

けれど、事実であることは受け入れてしまった。

また、授業が始まる。

偽りの平和が、始まった。



黄昏れが、始まりを告げる。

夜明けが、終わりを告げる。

もうすぐ、陽が天に昇る。

ドーラは、街を見下ろしていた。


「……『骸なる狂気』クルカイ。始めよう、『調律師』。私の方が強いと。私が、生き延びると」


槍を地に刺し、『骸なる狂気』を発動させる。

小さな変化が、直ぐに起きた。

町中の命が、少しづつ、一箇所に集められる。

人、動物、植物、種類は問わず。

槍の先端が光る。


「来るがいい、調律師。殺し尽くしてやる」


遠くで大きな気配が動く。

互いが互いの存在に気づく。

明確な殺意だけが交差する。

飢餓は笑い、調律師は蔑む。

ドーラは、槍を構え、深呼吸をする。

そして、槍を投げた。

槍は空気を斬り裂く。目標は調律師。つまり、須賀高校である。

アストラルは、教室の窓から飛び降り、黒い球体を変形させる。


「アウトレイジ起動──絶槍・クリシュナ!」

金属の音色が響き渡る。

弾かれた槍は、主人の元へ戻っていった。


「はは、ははははははは!!良い!良いぞ!調律師!ああ、お前の命はどれほど上手いのだろうな!?」


彼女は笑っていた。ただ、嬉しそうに。


「さぁ、始めよう」


彼女は槍を構え、跳躍をする。

アストラルも応えるように、ドーラへと、跳躍をする。

二人は橋の上でぶつかった。


「『拒む者』……」


目があった。


「翡翠の瞳か……は!見つけた!ようやく見つけたぞ!■■■■■の娘!私はついている!あぁ、ようやく、満足できる!ようやく、腹が膨れる!」


殺意が交差した。

クリシュナが、クルカイが、その刃を交える。

ドーラが空へ飛び、槍を投げる。

アストラルが、刃を弾く。

火花が散る。戦火が、橋全体に響く。

アストラルが、槍を弾いた刹那、ドーラは、彼女の背後に立った。


「!」


アストラルが、振り返る。


「遅い」


だが、ソレよりも早くドーラがアストラルの首へ手刀を放つ。


「がっ……」


彼女の意識が途切れた。

気絶した身体に容赦なく、ドーラは蹴った。

アストラルが川に落ちていった。

川底で、意識を取り戻す。

けれど、力が入らない。

死ぬんだと、思ってしまった。



修はどこか遠くを見ていた。

アストラルが戦った方向。

校庭に映る、仮面の男。

二人の視線が交差する。

男は左手で修を呼ぶ。

『飢餓』であることはわかっていた。

危険であることはわかっていた。

けれど、もう、逃げたくはなかった。

授業も終わり、休み時間となる。

修は外に走っていった。

教室はアストラルの件で混乱していた。

脱出自体は造作もない。

修が男の元に着くと、男は、何処かに走っていく。

今までと違う。まるで、着いてこい、と言われている気がした。

修は必死に走る。息切れなんてとっくの昔にしていた。

二人が向かっているのは、橋。

彼女達が戦った場所だった。

男が口を開く。


「『飢餓』が来た。問おう、お前は、運命に抗うことができるのか?」


ソレは、決意を聞いた。

修には応えることができなかった。









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