内なるもの
藤宮一輝
起
「小説を、書いてみようと思うんだ。」彼は突然言った。
「ほう、それはまたどうして。」
「どうして、と聞かれると俺も困るんだけども。」
そう言って、彼はしばらく考え込んだ。「例えばだが、お前はトランペットが吹けるか?」
「吹いたことはおろか、触ったこともないな。」
「そうだろうと思ったよ。……さて、質問を変えよう。」彼はやっとこちらを見た。
「お前は文章が書けるか?」
「そりゃ、書けるさ。」
「そう、つまりはそういうことだ。」彼はしてやったりといった顔をした。
「今の問答がなんでお前が小説を書く理由になる?」
「俺は常々何かを表現したいと思っていた。自分の内にある何かを。」
「へぇ。」
「だが、何を表現しようにも技術が要る。音楽なら楽器の、美術なら描画の、という具合に。」
彼はなおも言葉を続けた。
「だが新しい技術を習得するのは難しい。なんせ時間がないからな、平日は社会の歯車だし、休日は休みたい。」
「その怠慢な態度に目をつぶれば、言わんとしていることはわからなくもない。」
「そこで俺は思いついた。ならばすでに持っている技術を有効活用すれば良いってね。それが文章を書く技術で、表現されるのは小説ってわけ。どうかな。」彼は得意げな顔をした。
「どうと言われても……。」彼は重大な問題を見落としているようだった。
「小説なんてそんな簡単に書けるものなのかね。お前が持っている程度の技術で。」
「さあ。そんなことをこれから書く俺に聞かれても。」なぜか彼は開き直った。
「そうかい。じゃあそれは小説を書いた後に教えてくれ。」
「ああ、楽しみにしているといい。なんせお前が読者第一号だからな。」
そう言って、彼は笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます