第11話 ゾディアック

 洞くつの中は思ったよりも底が深そうで、穴は複雑に折れ曲がりながら地下深くへと続いていた。


 洞窟の壁に耳を当てると、遠くで誰かの足音が聞こえた。

 おそらく先にこの洞くつに入っていったビアード達のものだろう。


 この暗闇をなんの頼りもなしに手探りだけで歩くのはそれなりの勇気が必要だったが、もし明かりなどつければ、それは他の村人に自分がここにいると知らせるようなものだ。

 優太はこっそり助け出さなけだすつもりだったので、見つかるのは避けたかった。なので仕方なく壁に手をつけながら一歩ずつ洞くつを降りて行った。


 やがて明かりが見え、今までよりも広い空間に出た。そこは自然に作られた洞くつを人の手で加工し広間にしたようなものだった。優太は奥の方から多くの人の気配を感じとった。なので近くの岩場に身を隠し、中の様子を覗いた。


 するとそこには十人ほどの村人が大きな台座を囲むようにして立っていた。洞くつの奥にはいかにもな鬼神の像もみえる。そして台座の手前には縛られたままのビアードがいた。


 縛られてはいるものの何故かビアードの近くに、彼を縛っている紐を掴むような村人はいなかった。村人は幸いにもビアードと離れた場所にいたのだ。


 ―今なら隙をついて助け出せるかもしれない―


 そう思った優太は村人達の注意がそれた瞬間を狙って彼を連れ去ろうとした。しかし、優太が岩の影から飛び出そうとしたとき、洞くつの入口から小さな明かりが近づいてくるのに気が付いた。


 優太はあわてて元の場所に隠れたが、それが自分の横を通り過ぎた時、その誰かがやっとクレアだと気がついた。


 クレアは急いで来たようでかなり呼吸が乱れているようだった。ここからは顔は見えないが、息使いから辛そうだと分かる。


 クレアが広間に入ると、元々そこにいた村人たちはひどくうろたえた。


「なんてことを………」


「愚か者めっ」


「もう終わりじゃ」


 村人たちはそれぞれが絶望の表情を浮かべながらうなされるようにそんなことを話していた。すると村人たちのおかしな様子に気が付いたビアードが、クレアの存在にも気が付いた。


「クレア? ここに来てしまったのかい」


「おじいさんっ 待ってて、今たすけるから!」


 クレアは縛られているビアード元のに駆け寄ると、懐に隠し持っていた小さな包丁のような刃物を取り出した。そしてその包丁を使ってゴリゴリと縄を削り始めた。


「クレア……そんな小さな包丁じゃあこの縄は切ることができないよー 逃げるんだ。今ならまだ、あいつも見逃すかもしれない」


「ううん、大丈夫。ほら見てっ、少しだけど細くなってるよ。ねえ、一緒に帰ろうよおじいさん!」


「ダメじゃ。……わしゃあ、村の為にもこの役目を果たさねばならないんだ。すまんな、せっかく助けてくれたのに、無駄にしてしまって」


「何言ってるの まだ助けてないよっ」


 縄はクレアが思っていた以上に太く丈夫な物でなかなか切ることは出来なかった。力いっぱい削ったので包丁の刃はかけ、クレアの手も赤く腫れていた。


 その様子を見ていた優太は洞くつの影から飛び出ると、こそこそと身を屈めたまま、なるべく他の村人に気づかれないように静かにかつ急いで二人に近づいた。


「クレア、俺も手伝う」


「ユ、ユタ?! なんでここにいるの? 東の街に向かったんじゃ …もしかして」


「バ、バカ 勘違いすんじゃねーよ 俺はこのじいさんを助けに来ただけなんだ。だからクレアのためじゃない。……まだあの事、許してないからな」


「うん、ごめんね それでもありがとう!」


「う、うん」


 クレアは涙ぐみながらも優しい眼差しで優太にそう言った。その顔を見た優太は思わず照れてしまい顔をそらすのだった。


「ユタ この縄をほどくのを手伝って」


「ああ、分かった」


 すると優太はクレアが包丁で切っている方とは反対側に回り込むと、縄を掴みなんとかほどこうとした。しかし縄はがっちりと結ばれていてなかなか解けそうになかった。


 ふと俺は辺りを見回した。

 台座の周りにいた十人ほどの村人は未だにこちらに向かってくる者はいなかった。それぞれが相も変わらず絶望の言葉を発し続けている。


 今は大丈夫そうだが、村人達がいつ正気を取り戻しビアードを逃がそうとしている俺たち二人を捕らえようとするか分からない。


「急ぐぞ 俺がじいさんを担いで洞くつの外まで出る。クレアは後ろからついてきて」


「そうだね、わかったっ」


 しかし優太がビアードを自分の背に担ごうとして腕を掴んだ時、優太が来てからずっと沈黙していたビアードが口を開き、彼に話しかけた。


「ユタ、わしゃあ、いいんだよー。わしの事などおいていけッ 二人で早くここから逃げるんだ」


「じいさん! ……そうはいかない。俺はあんたの為にわざわざ村まで戻って来たんだぜ。いいかげん、大人しくしてろ」


 そして優太は構わずビアードを担ごうとしたが、ビアードは優太の手を払いのけた。


「……何で戻ってきてしまったんだ」


「はあ? 分からないな。今おれが言ったの聞いて無かったのか?」


「違う、そうじゃないんだよ。 もう、遅かったんだ」


 すると突然、部屋の奥からだんだんと地響きのような何かが擦れる音が聞こえだした。その音はだんだんと大きくなっているようだった。


 優太は音のする方向を振り向いた。すると驚いたことに、鬼神の像が砂埃を上げゆっくりと動きだそうとしている所を目撃した。


 鬼神は大きさが五メートルはあり、四つある腕の一つに嘴のような形の大斧を持っていた。また顔は古代の爬虫類のような三角形の骨格をしていたが蜘蛛のように六つの黒い瞳を持ち獅子のような立派なタテガミをなびかせていた。


 最初はただの石像に過ぎなかったが、動きだしてから時間が経つにつれ、肌に色艶が出て石像の筋肉が動きだし、生きている生き物の姿と遜色無いように変化していった。


 まるで何が起こったのか分からなかったが、周りの村人の反応からこいつが何者であるかを優太は理解した。


「おぅおおぅおおう! 魔軍団長ゾディアック様! ヌダロス様ッ!どうか、ご慈悲を下さいっ!」


 こいつが、魔軍団長ゾディアックヌダロス!


 優太は目の前の化け物から凄まじい圧を感じていた。


 ―とんでもない、俺はなめてた。こいつはゴブリンなんかとは格が違う!―


 怖気づいた優太は一歩、二歩と自然と足が後ろに下がってしまった。


 バチン


 突然、何かが破裂するような音がした。振り返ると、ビアードが風の魔法を使い自力で縄を破き切っていた。そして彼は優太にこういった。


「さあ、早く あいつが完全に目覚める前に、クレアを連れてここから逃げてくれ たのんだよー! それっ、チンチン!」


 そう言ってビアードは俺の背を押すと、自分は魔法で飛び立ちヌダロスの方へと近づいていった。


 ビアードにクレアのことを託されたのだと思った俺は、嫌がるクレアのことをむりやり抱きかかえ、そのまま洞くつから逃げ出した。一人、ビアードを残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る