彼氏作ろうとしたけどフラれたので、幼馴染に愚痴ったらなんか怖い

燈外町 猶

幼馴染

プロローグ・走馬燈

 あぁ、これが走馬燈なんだ。やっぱり神様なんていない。


 お父さんの記憶は、ほとんどない。ただ、歪んだ口角と私に手を伸ばす光景だけが、拭えないまま脳裏にこびり付いている。

 お母さんは口癖のように、私の顔を見るたびにこう言っていた。何かを言う前に、何かを言った後に、必ず。


『あんたなんか産むんじゃなかった』


 小学三年生になって叔母さんの家に引き取られてから――親と物理的な距離ができてから――生まれて初めて深呼吸をしたような気分になった。

 学校も変わったけれど、同級生たちは何故か私の境遇を知っていて。

 私の愚鈍な性格も相まって、からかいたいざかりのクラスメイトは好き放題に喚いた。


『どんくさ芙蓉ふようは不要です~』

『さっさとまた転校してくださ~い!』


 それらに抗う力すらもなく、ひたすら、私に優しくしてくれる人へ迷惑がかからないよう生きていた時に、澄河すみかちゃんは、言ってくれたんだよ。


『なんで?』

『なんでって……私なんかといても……澄河ちゃんに迷惑がかかっちゃうから……』


 そう溢した私に向けて、澄河ちゃんは少しムッとしていたね。いつものほほんとしている澄河ちゃんが初めて見せた表情に、私はパニック寸前だった。


『なんでそんな悲しいこと言うの』

『かな、しい?』

『私は芙蓉と一緒にいる時間が好きだよ。この学校にいる誰よりも、芙蓉と一緒にいたい』

『でも……私……私なんか……何もできないんだよ……?』

『何もしてくれなくていい。そんな高望みしない。芙蓉が傍にいてくれるだけで、私は幸せだから』

『……本当? 私、バカだから信じちゃうよ?』

『芙蓉はバカじゃないし、本当だよ。神様なんて信じなくていいから私を信じて』


 母の冷たい声が、澄河ちゃんの暖かい声に包まれて、くぐもって、遠のいていく。温もりが沁み込んできて、痛みすら溶けて消えていく。


『じゃあ……じゃあ、澄河ちゃん、約束して。ずっと傍にいてくれるって。ずっと、私と一緒にいてくれるって』


 生きているだけで、生きてて良いんだって。

 思ってくれていることが、それを伝えてくれたことが。

 絶望に染まっていた私の世界を、晴天へと塗り替えてくれた。


『当たり前じゃん。芙蓉の方こそ、私から離れたら許さないよ?』


 今でも、そのとき交わした小指の感触を覚えている。どんなときでもそれすら思い出せば、どれだけ心が暗闇に蝕まれようとも振り払うことができた。


「芙蓉、ねぇ芙蓉。ねぇってば~……ふよーちゃーん? 聞いてる?」


 あの約束から、五年。たがうことなく私達はずっと一緒にいたね。幸せだった。本当に、本当に。これ以上ないくらい。他になにもいらないくらい。

 なのに――。


「……聞いてる、よ……?」

「どう思う? 酷くない? 好きじゃないなら思わせぶりなことすんなって話だよね!?」

「……澄河ちゃん、」

「? どした?」

「ごめんね、ちょっと……風邪気味かも。お話、また明日聞かせて」

「えっ? 全然気づかなかった! ごめんね! 芙蓉スペシャリストの私としたことが……! 早く帰ろ!」


 澄河ちゃんは今日の放課後、つまりはついさっき、好きな男の子に交際を申し込んだらしい。付き合ってくださいと、好きという気持ちを、告白したらしい。

 唐突に提示されたその情報は、いとも容易く私に走馬燈を見させた。

 ショックによる臨死体験。人間の命がいかに儚いか身をもっての実感。

 ……そんなことは、どうでもいい。

 澄河ちゃんが。あの澄河ちゃんが。私の澄河ちゃんが………………告白?

 男子の名前を聞いても顔は浮かんでこない。私にとってその程度の存在に、澄河ちゃんが……自分の存在を委ねかけたなんて……!


「大丈夫? 明日も無理しないで、きつかったら休むんだよ?」


 私の家の前につくと、澄河ちゃんは両手で、私の右手を強く握りしめてそう言ってくれた。


「……うん」


 あぁ、優しいなぁ。本当はもっと話を聞いてもらいたかっただろうに。仮病の私を一ミリも疑わずに心配してくれている。

 こんなに優しくて……綺麗で……美しい澄河ちゃんが……どうして急に……?


「それじゃあ、またね」

「うん、また……」


 ごめんね、明日はちゃんとお話を聞くから。どうしても今日は無理なの。

 頭の中に、一つ芽生えた『許せない』が。瞬く間に増殖して……埋め尽くし、今は何も、考えられない。

 考えたく、ない。

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