王と鶏
LEE
#1
夕刻に仕事から自宅へ戻ると、エアパッキンで包まれた長尺の届け物が狭い玄関の脇に立てかけられて、それはひっそりと俺の帰宅を待っていた。何度も見慣れた同じ光景のはずなのに、そのエアパッキンに包まれた個体を目にすると、その度に気分が高揚させられる。
逸る気持ちを抑えつつ、その届け物を大事に抱え込みながら階段を上り、二階の部屋のドアを開ける。購入者を待つ「嫁入り前」のギターが何本も鎮座するその部屋の片隅に、新参者を仮置きした。
階段を下りて狭いリビングに入ると、テーブルの上に美咲からのメモを見つけた。
『おかえり、ギター届いたよ。行ってきます』
素っ気ないその内容に、いつものクールな美咲を想像して、何故だかほっとさせられる。
パートナーの美咲との共同生活は、かれこれもう三年間も続いている。この中古物件に二人で住むと決めてから、大した喧嘩もなく、でもベタベタするわけでもない、平穏でドライな関係が続いている。近隣のご近所様方からは、まだ子供のいない、ごくありふれた夫婦として見られているのだ、と自覚をしている。
俺にとって美咲は男女としての大事な「パートナー」であり、そしてもう一つ、ビジネスとしての「パートナー」という意味も持ち合わせていた。
サラリーマンの安月給を補うための副業としてギターの転売を始めて、もう何年が経ったのか。小遣い稼ぎ程度に始めた副業が、いつしか家計の収入の大事な一部を担うようになり、今ではいったいどちらが本業なのか、と自虐して苦笑するしかない。
「転ヤー」という世間からの呼ばれ方と、糞みたいな悪評は承知している。別に罪を犯しているわけではない。廃棄寸前のギターにもう一度輝きを取り戻すための施しを与えているのだ、と自らに言い聞かせてこの仕事に真摯に取り組む。無論、生活のためでもある、なりふり構ってなんかはいられない。
俺の手元から人手に「嫁入り」したギターは、ゆうに三百本を超える。ギターの仕入れは、その殆どがオークションサイトで落札して買い入れたもの。その仕入れのバイヤー約を担っているのが、パートナーの美咲だ。
きっかけはひょんなことからだった。俺がパソコンの画面に映るオークションサイトから、儲かりそうな目ぼしいギターを物色していると、
「あ、これ。これは買い」
と背中越しに美咲が無邪気に一本のギターを指差した。美咲の人差し指の先にある舶来のみすぼらしいギターは手ごろな値付けで、俺の鼻には儲けの匂いは全く漂ってこなかった。
「え……これ?」
俺が訝しげな表情を隠さずにいると、背中越しの美咲が自信に満ち溢れた表情で「私を信じて」と俺の耳元で囁いた。
美咲の言葉を信じて安値で落札したそのギターは、数か月後にとてつもない額の利益を生み出す結果となった。
「なんであのギターがレアものだって、分かったの?」
「偶然よ」美咲は少しだけ口角を上げて、クールに応えた。
あのギターが海外の幻のビルダーが製作した数少ない一品物だと美咲は知っていたのか、それとも只の偶然なのか。その時の俺は、今一つ判断が付かずにいた。
その後もたびたびギターの仕入れに口を挟む美咲の目利きは鋭く、三度目の高利益を生み出した転売の取引後に、俺は正式に美咲にバイヤー役を依頼した。
「パートの仕事に出掛けるまでの時間に見つけておくよ。安く競り落とすのは慎ちゃんの仕事だからね」と、美咲は俺の依頼に二つ返事でバイヤー役を引き受けてくれた。
偶然が続いただけなのかもしれない。だが、俺は美咲の目利き力にスピリチュアル的な能力を感じ取り、それに運を賭けた。以降、俺と美咲のビジネス的パートナーシップは続いている。
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