第13話 余計な事
―――カンカンカンカン!!
鉄格子を叩く音がする。
誰だ……?
「う~ん……」
「……いでっ?!」
急にほっぺをつねられ、意識がもうろうとする中で
ミスタは素っ頓狂な叫びを上げる。
静かな牢獄に、緊張感の無い悲鳴が響き渡った。
───ユズリハの仕業だな。
じんじんと尾をひく痛みに顔をしかめながら、
目をつむったままそろそろと起き上がる。
彼の手や足は拘束されておらず、そこそこの広さがあるこの檻の中なら、好きに動き回れるようになっていた。
……一見防犯対策が厳しい様に見せかけて、牢獄の中の管理はずさんであった。
労働や点呼などは一切無いうえ、
看守達はその見た目こそ恐ろしいものの、
食事の際などに時々やってきてこちらをギロリと睨む他は、一切関与して来なかった。
──────……どうやら牢獄には、ミスタとユズリハの他にもう1人囚人が捕らわれている様だ。
しかし、檻がちょうど死角の位置なので確認することは出来なかった。
・ ・ ・
身体中が、ひび割れるように痛む。
四肢が離れてしまうのではないか。
そんな有り得ない事を思い、
無意識に腕を掴んで繋ぎ止めようとする。
腕をさするミスタを見下ろし、銀髪の少女は侮蔑の目を向ける。
「―――まさか、たった一撃で気絶するなんて。
そんな弱さで今までよくも堂々と表を歩けていましたね。……ある意味尊敬する。」
ミスタは返答の言葉がうまく見つけられず、ぼんやりとした頭で考えていた。
……ニケなら。
ニケなら……
もっと優しく教えてくれるんだろうなぁ。
きっと、俺の手をとって一緒に……。
「……スタ」
「ミスタ!!聞いてる?!」
ハッと気がつくと、
ムスッと頬を膨らませたユズリハの顔が、あと数センチの所まで迫っていた。
いつの間にか彼の事を名前で呼ぶようになったユズリハは、目の前にヘタリと座り込む男の様子にため息をついた。
「……今日はもう特訓にならなそうですね」
そう言うと、少女はすとん、とミスタの隣に腰を下ろした。
……隣、といっても、2人の間には人一人分くらいの隙間があったが。
「……弱い弱いってうるせぇよぅ……。
大体、なんで急に特訓なんか……」
ミスタは自分より幼い(であろう)ユズリハに向かって、まるで幼子が駄々をこねるように投げかける。
ユズリハは少し考えたのち、
しばらくするとミスタからふい、と顔をそむけた。
「……ミスタが今朝、夢で操作されても戻って来られた理由を考えたの。」
「理由、って……。
それはお前が助けてくれたからだろ?」
「それも少しはあったかもしれませんが。
……自殺者を出すほど強い魔力に、私が外から話しかけただけで打ち勝てるとは到底思えません。」
「……?」
「───恐らく、ミスタは魔力以外の力を持っている。
私はそういう仮定を立てました。」
「魔力以外って、、
そんな事有り得るのか?」
「少なくとも
私はそんな事例、聞いたことも見たことも無いですが。」
「……。」
「……砂漠でユダさんに助けられる前、砂漠狼から襲われた時に……
私に覆い被さって助けてくれましたよね。」
「あ、あれは……
体が反射的に動いて……」
急に話を蒸し返され、ミスタは顔を火照らせた。
「あの時、ミスタに『伏せろ』って言われた瞬間、
体が地面から離れなくなった気がした。
……何者かに押さえつけられている感じがして。」
「……。」
男は喋らない。
「……やっぱり、気のせいですよね。
全て私の妄想なので忘れてくださ、、」
ユズリハが早口で言葉を締めるより先に、ミスタがそれを遮った。
「……俺、あの時、集落に向かって、……言った。」
その唇はわなわなと震え、瞳孔はどこかをじっと捉えたまま動かない。声はかすれて途切れ途切れになっている。
彼の頭にあるのは、一つの謎が解けた衝撃だろうか。
…あるいは、自分がやったというさらなる罪悪感か。
───少なくとも、ミスタの村で起きた事情をほとんど知らない、目の前の少女には分かり得ないだろう。
明らかにおかしい彼の挙動を目の当たりにし、
ユズリハは恐れた。
―――自分はまた、余計なことを。
下唇を噛んだ、その時だった。
少女は、一瞬にして平衡感覚を失った。
あれ、ここどこだっけ……
ふと、
耳にノイズが入り込む。
・ ・ ・
「───だから余計な事はするなとあれほど……」
「よしなよ。あの子に言っても無駄だって……」
「……まるで冷徹な死神ね。」
・ ・ ・
───この状況はまずい。
気づいた時にはもう遅かった。
もう既に、彼女の意識は牢獄の中に居なかったのだから。
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