the END “How he setted eagle on fire just to watch the past burn”

 カムリは“J”の引き金に指をかけながら辺りを見回す。


「……ジョセフ?」

 あり得ない。

 既にジョセフは死んでいるというのに。


『この声が……お前に伝わっていたら……俺はもう役目を終えているという事だ』

 ノイズ混じりの低い声色が埃だらけの部屋の中にこだまする。


『お前は、シティのリセットを止めた。“J”の託した望みを捨てた。そうでもなければ、このメッセージが拾える事はない。俺がそう仕向けたからな』


 まるで、全てを見透かしていたかのようなジョセフの言葉。


 そう、“リセット”は“J”の希望だった。

 彼女の依頼を最後の最後で破った。

 本来ならば、あってはならない事。それこそ、ジョセフに対する裏切りでもあった。


 しかし、スピーカー越しに返ってきたジョセフの言葉は責める言葉ではなかった。

『——よくやった、イーグル』

“よくやった“の五文字の中に賞賛と感謝が混ざっている。

『26体の少女兵器は、解放しなければならなかった。このシティは初期化リセットしてはいけなかった。そうでなければ……また、


 なにかを悔やんでいるようなジョセフの声。


『一つ、お前に言わなければならない事がある』

 小さなため息の後に、ジョセフの声は言葉を続ける。


『俺は…俺こそがステラ-26の、次代少女兵器の開発者だ』


 ジョセフの静かな声がカムリを呆然とさせる。

 彼は、口を結んで自分の手に抱えている白いショットガンを見つめていた。


『次代少女兵器は、シティに支部を置いた四企業によって合同で開発されたのは知っているだろう……その中に俺はいた。人間を新たな次元へとアップデートさせるという名目で、自立型兵器を作っていた。クローン人間を素体にして作ったのは“W”から“Z”の4体のみ。他は、全て誘拐されてきたシティの市民だ』


 分かっていた。“A”も“V”も、そしてこの“J”も、本当にただの人間だという事は。


 “Z”のみが、ただ機械的に従っていた。

 そうでもなければ、あの時に意思疎通による停戦を求めていただろう。


 逆に言えば、他の少女兵器には機械にはない感情が溢れていた。

 残酷にも、それが人間である事の証明となってしまうのに。


『無垢な少女たちは実験室に送られ、何百回もの人体改造を施された後、少女兵器となる。失敗はいくらでもあった。多くの幼い命が企業によって弄ばれ、そして消えていった』


 カムリは目を伏せて、ジョセフの言葉を噛み締めていた。

 凄惨な状況は知らずとも、兵器にされた純粋な少女の絶望は目の前で見ていたからだ。

 アルルカーン。日重の狂人共が造った非人道的な兵器。少女を人柱エンジンにして動く戦闘機体。


 アレよりも酷い環境で生まれたのが、いま彼の腕にいる次代少女兵器なのだ。


『何も知らないまま、泣き叫ぶ少女の断末魔がずっと研究所に響く。まるで地獄のような世界がずっと続く……こんなので人間をアップデートできるぐらいなら、いっそそんなの消してしまえばいい』


 カムリは閉じていた目をゆっくりと開く。

 顔を上げて、次に予測されるであろう言葉を聴いた。

 

『俺は、ステラ-26を止める為に次代少女兵器でリスト上位に上がった4体を独断で戦地へと出撃させた。そして、そのまま逃がした』

 ジョセフの声は続く。

『“J”は俺が、“V”は九洞會が受け取った。“A”と“Z”は俺の知人に渡したが、知人は殺されどちらも強奪された』


 彼は、ただジョセフの懺悔を聞くのみだった。

『もう、分かるだろう。全ての火種は俺にある。俺は何も出来ずに死ぬ。その時にお前が生きていたとなったら、確実に企業がお前を狙うだろう。そしてあの夜に至る訳だ』


 だからこそ、ジョセフはカムリをのだ。

 企業の足がつく前より先に。

 彼の存在を隠蔽する為に。


『イーグル。お前に“J”を託したのは……お前なら、彼女を守ってあげられると思ったからだ。そこには嘘も何もない』

 カムリの胸の中に熱いものが込み上げてくる。


『最後にイーグル……いや、カムリ。お前は自由に羽撃け。お前にはその権利がある』

 その言葉を最後に、声は途切れ沈黙が部屋の中を奔る。


「……」

『カムリ、泣いてるの?』

「いや……泣いてなんか、ねぇ……」

 白いショットガンは、その銃身に落ちてくる水滴を感じながら、それ以上何も言わなかった。


 カムリは静かに、地上へと続く階段を登る。

 暗闇も、もう怖くはない。

 背景は既に手の中にある。


 全てを知って、彼は新たな日常を歩み出す。


「自由……か」


 地下から出た時には、既に日が暮れていた。

 焼けた空に輝く赤い太陽が地平線へと沈んでいく。


 “自由に羽撃け”。

 そして彼はバイクへと跨る。

 ジョセフの意思の通り、彼はまた飛翔する。



 シティを翔ける大鷲イーグルとして——

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