betrayal 〜友、そして解放〜

 時同じくして——四菱、管理室。

 目が覚めたアカリは、ゆらりと体を起こす。

「あれ……私は何を……」

 目の前で光る画面を見る。

 そこには、抉れた壁と銃痕だらけの床、そしてその床から生えている黒い棘という異様な光景が広がっていた。

 一体何が起きたのかわからない。

 だが、そこに誰もいないのだ。

 どのモニターにも人影一つすらない。


「……さっちゃんは!?」

 アカリは周囲を見回す。そして、隣で倒れている皐月と“V”の姿を見つけた。

 二人の体を揺らす。

「さっちゃん!!ヴィヴィ!!」

 彼女は微かに声を上げて目を開けていく。

「んぅ……ナニよぉ」

「あれ、アカリちゃん……?」

「さっちゃん……ヴィヴィ……良かった」

 とりあえず、無事という事が分かって安堵するアカリ。

 しかし、なぜ眠らされていたのか。

 それが作戦にどのような影響を及ぼしているのか。


 それは分からない。

 それでもこの作戦は遂行しなければならない。


 その時だった。


 ドアが開く。

 気配を察知したアカリは、懐に隠した拳銃を取り出す。

「誰ですか?」

 しかし、返答はない。

 足音が近づいてくる。

 静かに、その音が大きくなる。


 アカリは拳銃を構える。銃口を近づいてくる影に向けたのだ。

「これ以上来れば、撃ちます。その前に止まってください」


 だが、影は両手(らしきもの)を挙げて止まった。

「俺だ」

 聞き慣れた声に彼女の世界が一瞬だけ止まる。

「……イーグル」

 カムリがいた。


 アカリは拳銃を投げ捨てて彼の元へ駆け寄る。

 彼も挙げていた両手をだらりと下げる。

「生きて、いたんですね……」

 カムリが生きているという事は、襲撃が成功したかうまく逃亡したかのどちらか。だが、モニターの光景を察するに前者。つまり——成功だ。あとは四菱の制御室を目指すのみ。


 アカリが息巻いているところで、カムリから緋色の拳銃の


「……え?」

「アカリ!!」

 叫びながらカムリを止めようとする“V”。しかし、それはカムリの背後から現れた“J”によって阻まれる。

「……“J”、騙したのね!?」

「いいえ、誰も騙してない。わたしもイーグルも」

 小さい首を横にふる“J”。


 どうして、と言う口もカムリの殺意に気圧され動かない。

 突然の行動に訳が分からなくなるアカリ。

 そして、頭の中で一つの結論に辿り着く。

 殺意に負けずに必死に睨み返す。

「裏切るつもりですか?」


 カムリは優しい眼差しで彼女を見つめ、微笑する。

「裏切る……か。どちらかといえば、そうかも知れねえな」

「なぜですか?ここまで来て、欲に眩んだとでもいうんですか?」

「欲?そんなのある訳ねぇだろ。お前の報酬金手放してたって別にこっちの生活に大きな支障はねぇよ。まぁ、大金は誰だって欲しいけどな」

「じゃあ、どうして…!!「お前の為だ」


 カムリは静かに言い放つ。

 その視線は、アカリを鋭く突き刺していた。


「お前に聞こう。どうして四菱を潰す算段を企てた」

「だから、九洞會の再興のためだと何度も……!!」

「違う。どうしてへの目的を聞いてない」

 アカリの息が止まる。


「質問を変えよう。なぜ四菱の制圧だけに留めてる?このシティには相模やマツシバも残ってる。だが敢えてお前は四菱にこだわっていた。九洞會再興が目的ならここじゃなくても他の企業工場を完膚なきまで崩壊させればいい話だ。何なら企業の一工場ではなくて東京の本社を潰せばいい。それか、企業スパイになって技術や物資を盗めば良い。お前の兄貴が遺した大八商社を使ってな」

 カムリは、鋭く睨んで低い声で唸る。


 何もいえなかった。

 そして、その無言がアカリの回答だった。

「やっぱり、知ってたんだな。この四菱の地下の事を」

 彼女は口をつぐんで下を向く。

「お前は死んだ兄貴の意思を継いだつもりだろうが、それはお前自身が望んだ事じゃねえ。ただ、傀儡の様に兄貴の残滓を追っていただけだ」


「だからって……だからって諦めろというのですか!!」

 カムリの言葉がトリガーになったのか、アカリは涙ぐみながら叫んだ。

「兄はいつも私を見てくれた!!兄が私を守ってくれた!!だから私が兄に恩を返すんです!!」

「それが恩返しになってると思ってンのかッッッッ!!!!」


 カムリの怒声が管理室に鳴り響く。


「暴力団の当主、施設爆破、企業襲撃……巻き込まれてこの世界に入ったお前が背負っていい業じゃねぇんだよ」


 拳銃を握る手が震えるほどに声を張り上げる。

「お前は、お前の友達は、こんな腐った裏側にいるより青空の下の方がずっと良い。こんな血と火薬ばかりの世界より明るい世界にいた方がいい」


 ずっと、彼女をこのままの世界に居させて良いのか考えていた。

 まだ、19の少女に非情な運命を背負わせていいのか、と。

“さっちゃんは、出来ればこの世界にいてほしくなかった”

 彼女も友を、そして自分を束縛してしまっていたのだ。

 兄の意思を継ぐという体裁で自らの全てを捨てようとしているのだ。


 だから、誰かがその枷を解き放たないといけない。

 その役割こそ、自分にある。

「選べ、九洞アカリ。“罪の意識を抱え続けて、深い闇の中で死んでいく”か“友と一緒に1から全てをやり直すか”」

 目の前に突きつけられた銃口が、彼女の前に広がる。 


 アカリは、“V”の方を見る。

“V”は“J”によって身体を捕まえられている状態だ。

 懐にしまった拳銃も投げ出した。


 残るは——皐月だ。皐月が彼の背後を不意打ちする。

 あの時、彼の背中に拳銃を押し当てる事ができた皐月なら……


 そう思って、皐月の方を見る。


 だが、彼女はアカリの方を見つめたまま動かない。

 ただ白い頬からいくつも涙を流していた。

「もう、やめよう。争っても何も、ないよ」

 顔をくしゃくしゃにして、震えた声で精一杯の気持ちをアカリに伝えている。

「私、本当は怖かった。銃なんて持ちたくなかった。でもアカリちゃんの為に、でもこんな事に意味があるのか分からなくて……」

「さっちゃん…」

「アカリちゃん……こんな事、もうやめよ?」


 そして、アカリはカムリに向き直る。

 彼女は、大きくため息をついて、そして両手を挙げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る