transmission 〜小さな戦争の前のある幕間〜

———決戦前夜。


 寝ぐらで、グロック拳銃とパルスナイフの手入れをしているカムリ。

 このグロックは、アカリから予備銃として貰ったものである。

 いらないと何度も言ったのだが、“お守りだと思って持っていてください”と言って押し付けてきた。

 いささか迷惑だったが、あとで黒服から“お嬢から託されたなら貰っておいて下さい”と懇願されるほどだったので仕方なく懐に仕舞った。


 戦争。その言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 俺たちが戦争を起こす。

 小さな小さな戦争を。

 敵は企業。だが今回の一件でおそらく警察も敵に回る。

 周りはほぼ敵だ。

 味方は、衰退途中の暴力団。

 当主だって、齢19のあどけない少女。

 ハッカーの親友も同じだ。


 今思えば、おかしな話だ。

 ただの殺し屋が、小規模といえど戦争に全面的に関わっている。自分が主軸となって大企業の工場を壊しにいく。


 たったそれだけだ。たったそれだけ……普通なら笑ってしまう。

 なのに、震えている。

 恐れている。怯えている。


 ただの殺し屋は、このシティを変えられない。

 主を飼われ続けた大鷲は二度と空へ戻らない。

 そう言われて仕舞えば確かにそうだと頷いて、全てを投げ出すだろう。


 だが、それは彼が復讐心に駆られていなければの話だ。

 家族は、アダムに殺された

 ジョセフもまた、アダムに殺された。

 だからこの手でアダムを殺す。

 死んでも、アダムを殺せば復讐は遂げられる。そう考えると震えも少し和らいだ。


 カムリは復讐心のみで己を奮い立たせている。

 だから、この復讐心が途切れてしまえば、或いは尽きてしまえばカムリに戦う意味はなくなっていく。


 レーザーナイフの手入れを済ませて、台所へと赴くカムリ。冷蔵庫の中を見ると、前に作ってそのまま放置していたカレーがあった。

「あー……」


 絶対に腐っている。コレはもう捨てるしかない。

「チッ、仕方ねぇ」

 乱暴に冷蔵庫を閉めて、戸棚にあった袋麺を取り出す。スープ入らずの鶏ガララーメンだ。そのまま食べても美味しいアレ。

 水を張った新しい鍋にそれを2つ入れていく。

 普通は器にそれを入れてその上に生卵を窪みに置いてお湯をかけるのだが、そんな行儀の良い事はしない。


 コンロに火をつけて沸騰するまで、待つ。


 卵を割ったらそのまま鍋の中でかき混ぜる。

 3分も待たないで完成。

 ものすごくテキトーなラーメンの出来上がりだ。

「“J”、飯だ」

 いつものように声を上げるが、返事がない。

「……“J”?」

 一向に来ない。

「“J”、飯だぞ〜」

 トイレにもいない。

 入れ違いにぬなったのかと部屋を覗く。

 だがいなかった。

(妙だ……)

 胸騒ぎがする。

 そう思って、ベランダに行くと———

「“J”!!」

 彼女の腕に赤い蔦が絡みついている。

 その蔦の先、小さな手の中に緋色の拳銃があった。

「拳銃が!?まさか勝手に!!」

 慌てて“J”の手から拳銃を剥がそうとする。

「……か、カムリ」

「そのままじっとしてろ。いま外す!!」

 しかし、“J”の返事は違っていた、

「止め…ないで。“彼女”は、私と通信を望んでる」

「彼女……!?」

 やはり、あの緋色の拳銃にも意思が、人格があったのだ。


「こ、コンタクト……テイク36229……」

 その声は“J”の声帯を使っただけの音声データ。

“J”の瞳は拳銃のカラーリングのように緋色に染まっていく。

「ディア・マイ・イーグル。フロム・ユア・アヴェンジャー」

 伝えたい意図が掴めないまま、“J”の身体は停止する。


「初めまして……と言いたいところだけど、久しぶりの方が合ってるわね。イーグル」


“J”の身体を通して、聞こえてきた音声は艶美なものだった。

「お前は……レド・アルフォンス」

“J”の記憶の片隅で今もなお消える事なく燻り続ける一つの残滓。

 それが彼女の存在だった。


「ロボットであってほしかった」

 そう言って、カムリに麻酔銃を撃った少女。

 それがレド・アルフォンス。


 あの時、彼女はとうに死んでしまったと思っていた。

 そして、何も知る事なく今の今まで生きてきた。

「生きて、いたのか?」

「ええ、あなたの拳銃としてね」

“J”の身体を乗っ取ったレドは、言動共に色気を含んでいた。

「でもね、肉体的には死んでいる。この精神干渉もそう長くはやってられない」

「なぜ、今更現れた」

「悪く思わないで。あなたにどうしても伝えたい事があったの」

「伝えたい事……?」

「ええ———」

 レドは、ある一つの情報をカムリに伝える。


 それを聞いたカムリは苦い顔をしながら

「それは、出来れば早くに教えて貰いたかった」

「ごめんなさいね。ずっとそのつもりでいたんだけど、どうにも出来なかった」

 悔しそうにしながら、赤い瞳が明滅しだす。

「……そろそろ、限界ね」

 ふと、カムリはある事をらレドに尋ねる。

「そういえば“白い星、未だ輝かず”って一体何の事だったんだ?」

 以前、武器屋のエイキチが言っていた謎の言葉。


 それは緋色の拳銃———つまりはレドが伝えようとしていた言葉だ。

「ああ、アレは言葉通りよ。でも……」

 あどけない笑みを浮かべていた。


「今はもう、輝いている。だから安心して」


 そう言って“J”の腕に絡んだ蔦が枯れ、緋色の拳銃が落ちる。

「……イーグル。大丈夫?」

 心配そうにカムリを見つめる“J”。

 だが彼は、悪辣な笑みを浮かべるだけだった。


 ラーメンが既に伸びている事もどうでもいい。


 さぁ、決戦だ。

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