notice 〜共に〜
リトル・ロフト
駅前にある繁華街。さながら電脳城のようにさまざまな蛍光灯が煌めく街並みは未だ眠らない事を示していた。
旧日本の面影を残したリトル・ロフト駅は、本州への移動手段として多くの人間を運んでいた。
新幹線はリニアモーターで走る列車に進化した。
そして駅周辺はさらに進化していたのだ。
その片鱗がこの繁華街であった。
煌びやかな街並みには、夜でもなお人が行き交っている。
流行りの曲ばかりを垂れ流し、タバコと酒の匂いが染みついて色褪せた建物。
配管、配線が剥き出しのままの路地や、暗がりに電球が付いているだけの通りもある。
都市の裏表どちらもが露呈しているのが、シティ・NNSなのだ。
「まったく……どういう魂胆なんです?私達の組を見せてとか……」
“V”の手を繋いで歩いているアカリが眉をへの字にしていた。
「別に家に寄らせてくれって訳じゃねぇんだからそんな疑うような事はねぇだろ」
“J”を肩車しているカムリがため息混じりに答える。
「うぅ……確かに」
「単に信頼できる材料がねぇんだよ。いくら兄貴の事を俺が知ってたとしても、それで容易くは動けない」
「そ、それは……そうかもですが」
「それに、共同作戦だというのならそちらの戦力の方も見せてもらいたいんだよ」
やっと納得するアカリ。
「だが、四大企業の一角を潰す作戦だ。それなりに増強策はされているとは思うけどな」
四菱は、旧日本でも兵器開発の主導者としてさまざまな兵器を製造してきた、いわゆる軍事生産のトップ。
さらに、車両や電機関連の技術も豊富であり現代において四菱の名を見ない日はない。
「というか、どうして四菱を潰す算段を企てた?」
カムリの質問にアカリの足が止まる。
「去年、統率者であった兄が殺され私が当主に就く事になったのですが、九洞會は大小さまざまな派閥に分かれる事に……ほぼ解散と同じような状態でした」
通常、暴力団では派閥が生まれる事が普通なのだが、伝説の十三代目が持っていた異常なカリスマ性から九洞會は一つの塊となっていた。
「兄は自分が初代当主九洞の血筋である事を利用して九洞會をまとめ上げたのです」
「あぁ〜なるほど」
九洞蒼は初代……つまり九洞會の創設者を上手く利用していた。
ただ血筋だけではなく実力も兼ね備えていたのだろう。
そうでなければ、伝説など呼ばれる事はない。
「兄の持っていた力は強すぎました。だけど、兄も一人の人間です。いつか死ぬ事だってある」
「そして、殺された……か」
「四菱制圧は、衰えた九洞會を押し上げるために重要な作戦です」
「……そうか」
そう言ってカムリは、目を細める。
「着きました。ここです」
しばらく歩くと、小さな3階建てのビルが目に写る。塗装が剥げ、古びた外装のビルには“大八商社”とだけ書かれた看板がかけられていた。
「大八……四菱の子会社か」
「おや、よく知ってますね」
「まぁ、事情があってな。おおよそ子会社としてのトップクラスにいる」
大八商社とは車両部品の卸売をしている小さな会社である。
だがその実態が九洞會の事務所だとはさすがのカムリも知らなかった。
「大八を、取り込んだのか?」
「いえ、これは兄の遺した遺産の一つです。兄が作った大八商社」
「……は?」
何を言っているのか、さっぱり分からない。
大八商社を作ったのが九洞蒼?
「おい、おかしいだろ。大八商社って四菱の子会社でも結構名が立ってる方じゃねえのか」
「正確には小さな会社をお金で買って、大八商社として社員にそのまま仕事を続けさせました。それ以外には何もしていません」
「ここまで有名にしたのか……アイツが……!?」
「ええ、当時の兄の所業に理解できない人は多くいました。もちろん妹である私も分かりませんでした」
でも、とアカリは大八商社の看板を見上げる。
「兄は四菱を潰す手立てを立てていたのです。内部から侵蝕する形で四菱を潰す……それが兄の計画です」
カムリは肩車していた“J”を下ろし、建物を眺める。
なるほど、と呟きながら目を細める。
(兄の意思を継いでいるって訳か)
そしてアカリと共に建物の中へと入っていった。
「「「「「「「お疲れ様です!!!!」」」」」」」
一斉に部屋中に響き渡る怒号。
縦に並んだガタイのいい男たちが斜め45度に礼をしていた。
アカリは振り返ってニコリと微笑む。
「紹介します。大八商社社員並びに九洞會の方々です」
男達はカムリを厳めしい顔つきで睨んでいる。
スーツの上からでも分かる堅強な身体。
顔に刻まれている歴戦の傷跡が彼らがどれほどの修羅場を掻い潜ってきたのかを示していた。
しかし、カムリはそんな男達を眺めて飄々としていた。
「……なるほど、戦力としてはまずまずなんじゃねえのか?」
「まずまず……ですか?」
「そうだ。確かに見てくれは強そうだ。拳銃もあればナイフだってある。おそらく金型版で違法コピーのライフルを密造してるだろ。大八の部品は質が良いと聞く。さすがお前の兄貴だよ。世界に売り出せる程の金型で作った銃はやそりゃあ最高になるだろう」
カムリは周囲を見渡す。
「だが、大事なものが足りない」
カムリはきょとんとした顔のアカリの方を向いて妖しく笑う。
「お前ら……当主の為に死ぬ覚悟はあるか?」
アカリの目の前に向けられた緋色の拳銃。
その光景に男達はざわつきはじめていた。
「このシティにおいて銃は常に携行だ。屋内であったとしても例外じゃない。今、ここで拳銃を突き出せてないヤツらは当主の護衛で肉壁になるだけなのか?」
周囲を見ると、ほとんどの人間が拳銃を出せていない。
「確かにお前らの身体中にある傷は、歴戦の証であり、お前らにとっての誇りだろう。だが結局、実力でしかその傷の意味を証明出来ない」
そう言ってカムリは拳銃をしまう。
「おい、俺の後ろ」
そういってカムリが後ろを向く。
そこには彼の背中に拳銃を押し当てている少女がいた。
静かに殺意の溢れる視線だけをカムリに向けている。
「俺は何もしない。安心しろ」
「あ、は、はい……」
殺意が抜けた少女は銃を下ろして、縮こまった。
「お前、影が薄い事を利用して背後に立ち回ったな?」
「い、いや。別にそんなこと……」
「味方にまで察知されない存在の薄さ。俺も銃の感触で初めて認識出来た。丁度いい、一人は流石にキツいと思ってたんだ。お前は俺と一緒に前線だ」
一瞬、アカリがピクリと微かに指を動かしていたがカムリは気にしなかった。
「さて、ツラ合わせは終わったが決行日はいつなんだ?」
「……そうね、1週間後でいいでしょうか?」
「じゃあその時になれば連絡を———」
「待って」と、カムリの言葉を遮るアカリ。
「その前に、九洞會はあなたの実力を信頼出来ていないわ。あなたの事は“人狩りのイーグル”としての噂でしか知らない……」
一理ある、とカムリは頷く。
“人狩りのイーグル”という異名は知らないが、噂だけより実力を見せた方が手っ取り早い。実際、周囲を見てみると険悪な表情でカムリを睨んでいるばかりだった。
「つまり、今は信頼関係を構築しろという事か」
「信頼とまではいきません。けれど、ここであなたの実力を見せれば皆も納得はしてくれるでしょう」
「それで、俺に何をさせるつもりだ?」
その質問にアカリは机の引き出しから一枚の地図を取り出す。
「あなたは何でも依頼を引き受けてくれるのでしょう?」
ニコリと屈託のない笑顔を浮かべる可憐な少女がそこにいる。
「あなたには暴れてもらいましょう」
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