nostalgia 〜過去、追憶、切掛〜

 夜風が優しく“J”の頬を撫でる中、彼女はカムリの吐いた言葉をしっかりと受け止めていた。

「義父……孤児だったの?」

「最初からって訳じゃねえけどな。死別で1人になった」

「……病気か何かだったの?」

「いや、殺されたさ。企業と国に」


 カムリは緋色の拳銃を回しながら答えた。

 そして、小さなため息を吐いて、昔話を始めた。

 明かしたくはなかった過去を。


「今から10年前——俺は東京のとある企業の社長子息として生まれた。社長……つっても小さな技術会社だがな。

 以前いた技術者の一人が研究という名目で金を浪費し尽くしてほぼ倒産寸前だった。

 責任取れなくなった前の社長は夜逃げして、押し付けられる様に社長の座に就いたのが親父だったわけだ。

 人はいるが金は無い。給料が払えず、社員はストライキで会社は更に大損。まるで泥舟のタイタニックさ」


「そんな時、親父が一つの商談を持ってきた。相手はあのCTだ」


 CT——関東中央技術研究所。

 最新技術開発の一端を担う国家認定の研究機関。

 日本全土あらゆる技術者が集まる研究所からの商談は救いの手だった。


「生体技術を活かした医療事業のために親父の企業にある唯一の特許を2億で譲渡してほしいと交渉を持ちかけて来た。

 あとがない親父は二つ返事で頷いたさ」


 “J”はただ静かにカムリの話を聞いた。

 話すカムリの面持ちは神妙なものだった。


「その特許、なんだと思う?」

「全然、さっぱり分からないわ」

 小さく首を横に振る“J”。

 カムリは、悔しそうな表情を浮かべて答えを示した。


「AIゲノム。AIが中に入った細胞組織だ。しかも会社の金を使い潰した研究者の置き土産。病気を治療する為に造られたAIナノマシンによって対象の遺伝子を解析、適応して抗体を自ら生成するという魔法の様な技術。だが、CTはそんな使い方しなかった」


 カムリは拳を握りしめていた。

「アイツら、一から人間を作りやがった」


 自然と彼の言葉に憎悪が篭もる。

「生殖行為を行わずに完成したオリジナルの人間。事実上完全空白の遺伝子情報を持つ人間。名前はアダム」


 その姿は純粋な人間であった。一糸纏わぬ完璧な人間の躰を人間たちは造り上げたのだ。


「だが、アダムは人間というには異常すぎた。度を越した身体能力、そして何より細胞を鉄に変換出来るという異常性」

 その異常性は、アダムという人間を否定する大きな欠陥であった。

 

「結果的にアダムは一人の人間ではなく兵器として使い潰されることになった。対等だった関係が使われるだけの存在に成り下がったんだ」

 それはアダムという人間にとって、自身の尊厳を著しく削るものだった。

 しかし、彼を造った人間はそれを理解しなかった。


 彼は兵器へと堕ちたのだから。

「しばらくしてアダムは一人で人間に反乱を起こした。単騎でCTの施設を尽く破壊し、一方的な鏖殺を行った」

 施設が全壊したCTは事実上の消滅。

 この事態は国民の目にも触れられてしまい、大バッシングの嵐。

「アダムは解体されたものの、宙吊りのままの多額の損害賠償は技術を譲渡した親父の元へと押し付けられた。“非人道的な科学者”という忌名と共に……」

 カムリの握っている拳が震えている。


「その後はどん底だった。汚名と借金を背負わされた親父は俺と母親を置いて蒸発したかと思えばテレビの前で公開処刑。銃殺だ。母親はそれを見て後を追って自殺。俺は東京から一人で逃げて

 辿り着いたリトル・ロフトのスラムでゴミを漁り続ける生活をしていたって訳だ」


 クソ…と悔しさを洩らすカムリ。

「あんまり思い出話はしたくなかったんだがな……」

 彼の吐露した過去は“J”からしても凄絶なものだった。


「ジョセフはそんな俺を拾ってくれた。俺を空へと羽撃かせてくれたんだ」

 だから、と一拍息を吐いて、カムリは“J”の方を向く。


「俺は、ジョセフが俺を撃った理由を、そしてジョセフが死んだ理由を知りたいんだ」


“J”は彼の決意を聞いて、微笑んだ。

「あなたは、親想いなのね」

「……悪いな。恩を仇で返しっぱなしにしたくねぇんだよ」


 そう言って、カムリは緋色の拳銃を眺めて今度こそ寝室へと戻る。

「明日は、どこか行くか?」

 戻り際に“J”に尋ねて見る。

「いいわ、アナタの好きにして」

「あぁ、そうかい」


 寝室へと歩くカムリの後ろを“J”はトテトテとついて行った。


 まだ、平穏のままの夜。

 静かに月は沈み、また新しい朝を迎える。


 カムリは、全てをジョセフに教わった。

 彼の父親が銃殺された理由を、アダムという名の人間を、そしてそれを造った企業を。


 あの日、ゴミの臭いが漂うスラムで倒れていた自分に手を差し伸べたジョセフ。

「お前はもう陽の目を拝むことはない。だが俺はお前に裏側での生き方を教えてやれる」

 彼はそう言っていた。


「俺について来い。お前はまだ羽撃ける」


 人を殺す。それに抵抗などはなかった。

 他人は嫌いだ。恨みはないが、人間なんて死んだって構わない。

 誰を殺したって、それで誰かが悲しんだところで、変わらない。

 犯罪を裁く人間はとうに腐っていた。


 正義というものはこのシティの中で死んだ。


 だから——

「ブラックブレイズ、か」

 廃れたビルで出会った黒炎の名を冠するにヒーローは彼の脳裏に刻まれた。

 

 だがどうする事も出来ないので仕方なくベッドに横たわる。

 背中に“J”がピッタリと張り付いたまま眠っていた。


 今日も新しい一日が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る