tension〜裏、または影〜

 仕留めたと、少女は確信した。

 超至近距離での不意打ち。

 いくら身体能力が高かろうとあの距離で避けられる事はできない。

 頭ではなく、心臓となれば尚更。

 そしてその予測通りイーグルは倒れていく。


 少女はさらに倒れていくイーグルの頭を狙う。

 パァン!!

 二回目の乾いた破裂音。今度は直撃。追撃の弾丸が脳漿をぶち撒く。

 ゴトリと床の上で倒れるイーグル。

 起き上がる事はおろか、呻くことすらもなかった。


 彼の死を確認した少女は拳銃をポケットに入れて、“V”を拾い上げこの場を去ろうと、管理室の出口へと足を向ける。


「心臓だけでは死に至らないから、頭を撃つ……なるほど確実に殺せるやり方だな……」

 背後で聞こえるはずのない声が聞こえる。

「どこかの殺し屋かと思ったが、その顔……あと階下の黒服達……お前、指定暴力団“九洞會”の当主だな?」

 少女は振り返って“V”の銃口を向ける。

 しかし、床の上の死体はとっくに消えていた。

「下だ」

 その声に従われて視線を見下ろす……よりも前に銃口を突きつけられていた。

 純白のショットガンの銃口が少女の顎の先に。


「な、んで……!?」

「生きているかって?そもそも死んでねぇんだよ、コッチは」


 赤く染まった胸元も頭を撃ち抜かれた痕もない。ほぼ無傷のイーグルが下から少女を睨んでいた。


 だが少女は臆さずに拳銃をイーグルの頭に突きつける。

「さすが、九洞會の当主。ここからでも逆転の余地があると思ってるようだな?」

 睨め付けながらもニヤリと笑うイーグル。

「いいさ、撃ったら撃ったでコイツがお前の頭でドンだ。脳みそブチ撒けたいか?」


 命中率は言わずもがな、散弾の威力は近ければあるほどに上がる。そして通常の弾丸とは違い、至近距離だと致命傷は確実。

 彼女もそれを承知している。


「俺は別に死んでも構わねぇ……が、お前の方が生きたいのならその引き金は引かない事をオススメする」

 少女の、拳銃を握る手が震えている。

 迷いが恐怖となって少女の決断を鈍らせていた。


「あー、もう!!ダメよ、アカリ!!」

 すると、黒と緑の蛍光パーカーを着た少女が飛び出してきた。

「それ以上、抗ってもソイツに勝てる手立てはないわ!!」

 そう言って強引に少女をカムリから突き放す。

「ヴィヴィ……」

 黒と緑の少女はイーグルの方を向いて頭を下げた。

「ごめんなさい!!まさかココに来る人がいるなんて思ってませんでした!!ほら、アカリ。一緒に謝って!!」

 ぶっきらぼうに謝るパーカーの少女。

「……わかりました」

 アカリと呼ばれた少女はその隣で渋々頭を下げた。


 突然の展開に呆然とするイーグル。

「誰だ、お前は」

「紹介もなく、飛び出してきてごめんなさいね」

パーカーの少女は、真っ直ぐとした瞳でカムリを見つめていた。

「アタシが“V”。あなたの横の“J”と同じ次代少女兵器よ」

 知ってるのか、と尋ねるよりも先に白いショットガンは真っ白な少女の姿へと戻る。


「“V”。負けず嫌いのあなたが負けを認めるなんて」

 ふて腐れながら“J”の方を見る“V”。


「仕方ないわよ。その男のスペックが高すぎるの」

「“V”から褒められてる……イーグルすごい」

「なんでアンタが誇ってるのよ」

 えへんと、ない胸を張る“J”とそれに苦い顔をする“V”。

 そんな少女二人のやりとりをよそに、イーグルは金髪の少女の元へと近寄る。


「さっきはその……すみませんでした」

 コクリと頭を倒す少女。

「本当なら撃ち殺すのがセオリーだったんだが、興が冷めちまった。第一、目的は管理室の鍵だし、おそらくゴールも同じだろう。これ以上やったところで無意味だ」


 そう言うと、少女の表情は安堵の笑みを浮かべた。


「申し遅れました。私が14代目九洞會当主、九洞アカリです」

「鷲澤カムリ、シティじゃイーグルの名前で通ってる殺し屋だ。今はフリーだけどな」

 九洞アカリは……若いというより幼い顔立ちをしている。


「ここに来たって事は……お前も彼女の復讐の手伝いをしてるって事か?」

「それも一つありますが、何よりも……兄を殺した人間を探しているのです」

「……兄貴。九洞蒼か」

「兄を、ご存知で……?!」

「ご存知も何も、数少ない俺の友達だよ」

 九洞蒼。九洞會“伝説の13代目”としてシティの裏社会を牛耳っていた男。

 一度衰退していた九洞會を再復興させた人物でもあり、暗躍に暗躍を重ねてシティを実質支配していた。


「そうか、殺されたのか……」

「あなたでは、ないのですか?」

「馬鹿野郎、もう何年も会ってねぇってのに殺す気が湧く訳ねぇよ」

「そうですか」

「だが……そうか。殺されたとなれば悲しくはなるな……」


 沈黙する二人。

 束の間の哀愁は、一発の銃声によって現実へと引き戻される。

 強化ガラスの窓にビシリとヒビが入る。


「外からだ。狙われてる」

「撤退ですね。ここまでみたいです」

 そう言ってアカリは制御室の鍵をイーグルに渡す。

「あなたとは一時的に同盟を組みましょう」

「……本気で言ってんのかよ」

「誠意が足りないとでも言うのなら、いくらでも指を詰めますよ」

「やめろ。そういうのは映画だけにしてくれ」


 そう言ってイーグルはアカリと共に非常階段を降りていく。

 階下では苦しそうに呻いている黒服の男達がそこかしこにいた。

「随分とやってくれたようですね……」

「急所だけは外してる。大量出血は、すまないがダメだと思ってくれ」

「こちらにも非がありますし、治療費だけで勘弁しておきます」

 アカリは黒服の男達をバンに詰め込み、助手席に乗る。

「俺に金を払わせるのかよ……」

「あなたも殺しでそれなりに稼いでいるのでしょう?少し削ったところで特に何もなさそうですし」


 助手席の窓から身を乗り出すようにして言う。

 彼女の膝の上には“V”が乗っている。

「独り身で悪かったな」


 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてアカリを乗せた車を見送るイーグル。

「俺達もずらかるぞ“J”」

「分かってる」

 そう言って“J”は白いショットガンとなってイーグルの背中に担がれる。


 2000メートル先。

 イーグルが工場から離脱したのを、狙撃銃のスコープから眺める一つの影。

「……逃亡。ヤツはまた九洞アカリと接触を試みるだろう」

 目からスコープを外し、エイスバナーの夜景を眺めて呟く。

『見逃して良かったのですか?』

 青い狙撃銃から声がする。

「いや、あそこで撃てば僕の計画は台無しだ。少しは慎重にいく事も大事」

『分かりました。マスター』


 影はビルの上で立ち尽くす。

 これからの未来を見据えて。

「スナイパーが出来るのはせいぜい奇襲ぐらいだ。そう。何事もタイミングが全て」


 シティを巻き込んだ小さな戦争は、戦いの火蓋を落とす事なく静かに始まろうとしていた。

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