repentance〜祈祷か弾丸か〜

 ゴシック様式の装飾に凝った壁、磨き抜かれた艶やかな木製の椅子が並び立つ教会チャペルの内部。


 奥にはまるで工場機械かのごとく巨大で荘厳なパイプオルガンが鎮座している。


 静寂に満ちた教会内に響き渡る神父によるオルガンの演奏。


 “主よ、人の望みの喜びよJesus bleibet meine Freude


 月光に照らされた教会に訪れた、たった一人の礼拝者へ向けての演奏祈りだった。


 その教会の一番前の席に座っていた礼拝者——黒髪を短く切り揃えた少女——が、ちょうどオルガンを演奏し終えた神父に自身の罪を懺悔しようと足元に擦り寄ってきた。


「ああ、神父様……」


 黒い修道服に身を包んだ老人が、少女を慈しむように見下ろしている。


 手に持った聖書と首に下げた十字架が彼を聖職者だという事を明らかにさせていた。


 落ち着いた雰囲気や優しい眼差し……それらは間違いなく少女の懺悔と勇気を受け止めようとする志そのものであった。


「ああ、神父様。どうか私に懺悔をさせて下さい」

「どうぞ、私はここで神の声をお伝えしますので、貴方はこちらで」

「神父様……」

「『貴方の罪を懺悔しなさい、Bereue deine Sünden,我らが主は、全てを赦してくださるだろうJesus wird dir sicherlich vergeben.』」


 神父の優しい言葉に少女は瞳を潤わせて跪く。


「ああ、神よ。私は畏敬すべき親の元から逃げてしまいました。どうか私を……」

 はっきりと言葉を紡いで神の代理である神父に己の罪を吐露する。

「ああ、知っているさ」

 神父は憐れみの視線を少女に向けて、見下ろした。


 しかし、直後に神父が告げた言葉は予想外のものだった。


「私が、そう仕向けたからね」

「……え?」

 唖然として顔を上げた少女は、神父に鳩尾を蹴られて長椅子ごと吹き飛ばされる。


「っあ……神父、さまっ……!?」

「あどけない子供というのは、やはり単純なものだよ。神の言葉を騙れば易々と信じてくれる」

 ゆっくりと近づきながら和らいだ笑みがどんどん歪んでいく。


「君は純粋だ。しかし、それは君が愚かであるというのと同じ」

 神父は下卑た表情を浮かべて息を荒げている。


「ああ、3だ」

 神父は床の上で蹲る少女の衣服を剥ぎだす。

「君は他の子に比べて早くに手駒に堕ちてくれた。嬉しいよ」


 少女は叫ぼうとするも、神父の手に口を塞がれて息を吐けない。

「怯える事はない。ここの警察など、金を払ってしまえばいくらでも見逃してくれる……おっと君には関係なかった」


 乱暴に衣服を引きちぎられ、露わになる下着。

 皺だらけの神父の手が少女の胸部をいやらしい手つきで触れる。


「い、いやぁっ……」

「まぁ、夜は長い。存分に楽しませておくれ」


 下卑た笑みを浮かべた神父の顔が少女の顔に近づいていく。


 その時だった。

 バリィィィィン!!!!

 聖母の描かれたステンドグラスが割れ、人影が飛び出す。


「……!?」

 慌てて振り返る神父。

 その視線の先、ステンドグラスの向こう側から現れた男が一人。

 衣服についたガラスの破片を落としながら神父の方を見て笑う。

「よう、おイタやってる最中で、すまねえな」


「……貴方は?神聖なる聖母の硝子絵を蹴破ってくるとはなんとも不敬な——」

「今更、聖職者ぶったところで遅いんだよゴミカス。現にその聖母様の前で致そうとしてたじゃねえか。不敬なのはどっちだ」


 突然の罵声に神父は顔を歪ませる。

「うるさいっっ!!貴方は一体何なのですか!!」


 男は、担いでいた白いショットガンを回して怒鳴る神父に向ける。


「イーグル。掃除屋……いや、便イーグルだ。地獄の土産に覚えとけ」

 名を告げると同時にショットガンの引き金を引く。


 鈍重な発砲音が、教会に鳴り響く。

 神父の右腕を直撃する弾丸。

 身体の肉が弾け飛び、肩から先が捥げる。

「いぎゃあああああああああ!!!!!!」

 悶え叫ぶ神父。

 しかし、ショットガンの銃口はまだ向いたままだった。


「い、イーグル。まさか……掃除屋の……」

「やっぱり俺、結構有名なんだな。お前の悪名が高すぎて霞んじまってら。だがな———」

 照れの混ざった苦笑を浮かべた

「掃除屋は、もう辞めた」


 ドオン!!

 再びの銃声。

「ぐああああああああああ!!!!」

 今度は神父の左腕を撃っていた。

 今度は捥げなかったものの、散弾による苦痛に悶えていた。


「大塚・ヘンリー・道隆。クリスト教会の神父でありながら多くの少女たちを強姦した……三次元ロリコンかよ。少しは俺もいたぶらねぇと気が済まねえな」


 そう言って右足、左足に散弾を撃つ。

 哀れな悲鳴が教会に虚しく響き、神父は床へと倒れる。


「た、助けてっ……!!悪かった!!本当に、心を入れ替えるっ!」

「お前に憐れみの言葉キリエ・エレイソンは無えよ。贖罪とか懺悔とか祈望とかそんなチンケなのよりも、こっちの方が断然似合う」

 そう告げて懐から取り出した緋色の拳銃を頭に押しつける。

 2発。

 弾丸を神父の頭に撃ち込んだ。

 後頭部から赤い血溜まりが徐に広がる。


 イーグルは立ち上がり、死体を蹴り飛ばす。動かない事を確認して、教会の扉から堂々と帰ろうとする。


「あ、あの……」

 教会に響く少女の声にイーグルは歩みを止めた。

「礼はいらねぇよ。元々、頼まれたもんだからな」

「で、でも……」

「俺から言えんのは、神を信じるよりも先に自分と家族を愛せ。死んでからじゃあ、何もかもが遅い」


 そう言って割ってきたスタンドグラスの窓から去っていった。


 教会を出ると満天の星空が見える。

 カムリは静かに星空を眺めながら歩く。

『……やっぱり、只者じゃないね』

 突然、白いショットガンから声が喋りだす。

「普通だよ」

 イーグルは平然と答えた。

「エゴを振りかざして、人を殺すのは誰だって出来る」

『それでも、あなたはあの子を守ったんでしょ?』

「ただの依頼だ。ジョセフに殺される前にやるべきだったのかもなとは思ったが」

 そう言って彼は星空の下を歩いていた。


「しかし、やっぱり不思議だぜ」

 カムリは顎をさすりながら自身の手に持っているショットガンを不思議そうに見つめていた。

「まさか……ただのガキが銃になるなんてな」


 白いソードオフのショットガン。

 その正体は少女“J”だった。


『……そこは驚くんだ』

「そりゃあ、可愛い女の子が銃になったって言われたら、みんな目を疑うぜ?」

『人1人が生き返った事も目を疑うと思うんだけど』

「それはまぁ、そうだな。てか、お前の言う次代なんちゃらってのは……銃になる少女って認識で大丈夫なのか?」

 そう言ってイーグルはまじまじとショットガンを舐めるように見ている。


『視線がいやらしいんだけど、気持ち悪い』

「別にいいだろ。減るものじゃねえし」

『……デリカシーないね』

 呆れる“J”。


“次代少女兵器”——それは少女の形をした兵器。それぞれに対応するアルファベットで名付けられており、A〜Zまでの26体いるという。

『でも今、存在するのはワタシを含めて4体。A、V、Zがいる』


「さも意味ありげなヤツしか残ってないな」

 カムリの言葉にショットガンは頷いて(?)いた。

『私たち4人は“戦地”に行ってた。優秀だったから』

「……戦地」

 次代なんちゃらだとか、戦地だとか何やらよく分からない言葉が多い。


『それ以外は凍結。みんな、ガラスの中で眠ってる」

「……助けたいのか?」

『また、いつか、機会があればね』

 答えを濁したままの“J”。


「それでヒーローってのは、要はお前の指示通りに動けばいいって事か?」

『まあ、そういう事。どう、やる気になった?』

「報酬とかあるんだろーな?」

『あるわけないでしょ』

「そこはなんとかしてくれよ。ボランティアは嫌いなんだ」

『さっきのは報酬なかったけど?』

「スマイルはプライスレスって言うだろ」

 “J”は小さなため息をつく。

『分かった。何か考えておく』


 渋々、頷いた“J”にイーグルは、

「OK、高くつくから覚悟しとけ」

 そう言って笑った。

(だが——)


 イーグルはその笑顔の裏で、自分の最期の記憶を思い起こす。

 撃たれる前に見た最後のジョセフの顔が鮮明に記憶に残っている。


“お前はもう不要だ”

 別に立ち直れないほどのショックという訳ではない。

 裏切りは、シティではよくある事なのだから。

 ただ、自分が生き返った事で未来が少し漠然としたように思えてきた。


 彼は教会を去っていく。


(……俺は、これからどうなっていくんだろうな)

 生き返った事を知ったらジョセフが殺しにくるのだろうか。

 その時に殺した理由を聞ければいい、と叶うはずのない望みを胸に秘めて。

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