〜Bullet Bullet Bullet〜 殺し屋と銃少女《ガンガール》

恥目司

 都市翔ける大鷲

betrayal〜死、そして復活〜

 銃声は未だ止まない。

 

 今日も一日、火薬の匂いが街中に充満している。

 単調な破裂音が何度も響き渡る。


 アスファルトの道路やタイル張りの歩道には新鮮な赤いシミがこびり付いている。

 

 硝煙と塵が宙に舞って、空は灰色に染まっていた。


 街を見渡せば、さっきまで人間だった肉塊に群がるハエ。散らばる薬莢。弾痕で蜂の巣になったシャッター、炎上する車。


 戦禍の惨状が広がっていた。


 ここはシティ・NNS。


 乱立するビルとインフラに富んだ人口約100万のサイバー都市。


 人呼んで、“修羅の都”。

 銃声と爆音が絶えないこの街は、弱肉強食の世界。


 殺し、殺され、命の駆け引きを繰り返す。

 道の端に死体の山が積み重なったとしても、人々は平然と日々を過ごす。


 それが、日常なのだから。


 そしてここに一人、無我夢中で地を這いながら逃げている男がいた。

「ぁぁぁ、ぁぁぁぁ……」

 暗い路地裏の中、声にならない声を捻り出して足をばたつかせている。


 しかし身体は動かない。

 男の右腿には既に撃ち抜かれていた弾痕がある。

 血がとめどなく溢れ、男のスーツから染み出している。


「OK、抵抗したら撃ち殺す」

 青いジャンパーを着た男が、怯える男の身体を上から押さえる。


 彼は緋色にペイントされた拳銃を男の頭に押し当てた。


「そ、その銃……お前が掃除屋……!!」

「おっと、知ってるのか。なら尚更、逃がす訳にはいかねぇよ」

「やめろ!!何が……何が目的だ!?金か!!金ならいくらでも——」


 銃声が3回。男の命乞いはかき消え、緋色の銃口が放った弾丸が全て男の頭に直撃する。

 男は脳漿を地面にぶちまけて、がくりと身体を脱力させている。


 銃を持った青年はふらりと立ち上がり、男の死体をつま先で軽く蹴る。

 再び動く事がない事を確認して、襟元の携帯トランシーバーでどこかに連絡を繋げる。


「OK、任務完了だジョセフ」

『キール・ライトマン。戦闘用原子エンジン“クルセイダー”の開発者の一人。その名誉からセントラル重工の社長に登り詰める。しかし賄賂、技術盗用を繰り返し……』


 ノイズ混じりに説明を行う声。

 その声の主がジョセフだ。


「ジョセフ、御託は要らない。俺はただ依頼を引き受けただけだ。そこに正義がないってのはとっくに解ってる」

『……そうだったな。お前はそういう奴だったよ、イーグル』

 そう言い残して一方的に通信を切られた。


「ったく、ヒーローになんてなれやしないってのに……」

 イーグルと呼ばれた男は、小さく肩をすくめた後に脳漿がぶちまけられた死体の衣服を漁り始めた。

「うわっ、ばっちい」

 血と尿が混ざった液体が彼の足元にまで広がっていた。


『カムリ。お前はもう少し、掃除屋としての意識を持て』


 掃除屋。

 企業重役専門の殺しを営む違法仕事人アウトロー

 この街のドス黒い汚点を清掃するということからその名が付けられた。


 そして、イーグルは依頼を受けるジョセフと共に忠実な殺し屋として依頼を粛々とこなしていた。


 依頼を受け、着実に遂行し依頼主から報酬を貰う。


 依頼、殺害、報酬

 3工程。たったの3工程だけで事が済む。

 それを楽だとは思わないし、困難だとも思っていない。

 

 それが、彼にとって生きる術なのだから。


「……金目のモノはと……お、財布。どれどれ……やっぱり社長は現ナマ持たないんだな」

 取り出した革製の財布の中からクレジットカードや身分証をくすねる。


「足がつくと面倒だから、クレカは使えねえな……後々になって高く売れると思いてえが」


 数種類のクレジットカードを懐のポケットにしまう。

 こういうカード類は口座から金を引き出せるし、それが出来なくとも闇オークションに上げれば、高値がつくので盗めるなら盗む。


 報酬は確かに貰えるが、出来る事なら金は多くあった方がいい。


 そして生まれた利益で彼は生活していた。

 

 しかし、今回は少し不思議だった。

 依頼を引き受けた直後に報酬金が支払われていたのだ。何かの罠だと思っていたが結局、最後まで予想外の事は起きずに全てを終えた。


 それでも、やる事は変わらない。薬物ヤクを運ぶなら運ぶ、人を殺すなら殺す。

 掃除屋としてただ依頼を受けてこなすだけ。

 そこに大義はない。

 そこに誇りもない。


 それでも、いつか死ぬまでに生き続ければそれで良い。


 その時、一発の銃声が路地裏に響き渡る。

「……っ!?」

 じわりと胸に赤黒い液体が染み出す。


 ゆっくりと振り返った先で拳銃を構えていたのは、黒革のコートのゲルマン系の男。

「……ジョセフ?」

 真っ黒なサングラス越しでも分かる冷たい視線が唖然としたイーグルの顔を捉えていた。


「イーグル。いや、鷲澤カムリ……お前を消さなければいけない時が来た」

 憐れむような低い声。


 イーグルの身体を貫いていたのはジョセフの持っている拳銃から飛び出した弾丸。

 ……あり得ない。何せ、さっきまでトランシーバーで会話していた男だ。


 何故——その思考はジョセフの言葉に掻き消される。


「お前が依頼がこなしてる間は、部屋に篭りっぱなしだと思っていたのか?じゃあ答えはNOだ。俺はお前が思うよりアクティブでね。不要な人間を始末するのも仕事だ」

「……不要?俺が、要らないって事か?」


 ジョセフはサングラスをかけ直しながら答える。

 金を漁りすぎたか?死体を残しすぎたか?

 上司の答えはそのどちらでもなかった。


「お前は任務に忠実だった。そして、現時点で最強の殺し屋でもある。だが——それもここで終わりだ」

 

 2回目の銃声。

 今度は胸に直撃する。

 薄れゆく意識の中でイーグルは回想する。

 だが、痛みと肺に入ってくる空気のせいで考えがおぼつかない。


 任務に忠実……それだけで殺すつもりだったというのか。

 あまりにも理不尽すぎる答え。

 しかし、その理不尽もこのシティでは日常茶飯事。

 現に、カムリはその理不尽の下で人を殺してきたのだ。


「分からなくていい。殺し屋イーグルはコレで解雇。それだけで良い。その金はお前の冥土の土産だ」


 どういう事だ……?

 何を言ってるんだコイツは……


 チカチカと、蛍光灯が点滅している。

 息をするごとにドクドクと胸の辺りから血が溢れ出す。


「ジョ……セフ……」

 もうすぐ、死ぬらしい。

 酩酊する視界、上下左右が狂い出す。


「……れで……は……だ」

 ぼやけた世界の中で何かを呟くジョセフの姿が近づいている。

「……の……は……せる」

 手が触れられる。首元につけていた通話用のトランシーバーがむしり取られる。

「……ルを……だぞ」


 ジョセフが去っていくよりも先に視界が暗転した。


 イーグルは死ぬ事に何も感じていなかった。

 理不尽に殺された怒りも、信頼していた上司に殺された悲しみも、何も湧かなかった。


 人は皆、死ぬモノだと、人の命を奪ってきたツケが回っただけだと、そう考えていた。

(……忠実、か)

 心臓が軋む。

 鼓動が止まっていく。


 結局、何もかも分からないままに死ぬのだ。

 このシティの闇の中に葬られる。


(地獄行きは、初めから分かっていたさ。今更怖がるもんじゃねえだろ)

 どこかで思考しながら死地を揺蕩う。

 もう少しで命の灯火が絶える。

 死体とゴミが転がっている路地裏で彼は、永遠の眠りに——


「——イーグル」

 微かに、甲高い声が聞こえた。


 その声に少しだけ瞼を開ける。

 霞んでいる視界に何か白いモノが浮かぶ。

「——イーグル」

 少女だ。真っ白な少女が目の前にいる。

「まだ、諦めちゃダメ」

(……子供?)

「貴方は、まだ生きるの」

 少女の輪郭線が眩く輝く。暖かい光が———彼女を、そして自分を包んでいく。


 気づいた時にはすでに陽の光が路地裏に差し込んでいた。


「俺は、死んだ、筈じゃ……?」

 確かに心臓を撃たれた……と胸の辺りを触れる。

 赤い染みは湿ったままだが、痛みがない。

「気づいた?」


 声が聞こえた。顔を上げて、薄汚い建物の壁に背中を預ける。

「お前は」

 目の前に年端もいかない少女が立っていた。

 肌も髪の毛も瞳の色も、全てが真っ白な少女。

 まるで何もかもが浄め流されたような姿をしていた。

 見覚えがある。死ぬ前に現れた白い光そのものだった。


「……夢じゃなかったのか」

「そう、夢じゃない。私は“ここに居る”」

 その言葉は少し、片言であどけない。

 まるで機械に出力されているような声だが、純粋に温かみはあった。

「私の名前は“J”。次代少女兵器10番」

「じ……なんて?」


 よく分からない単語が彼女の口から出て困惑する。

「……そんな事はいい。ワタシがあなたを生き返らせた。それだけ」

 やはり、そうか。


「ビックリ、しないの?」

「別に驚く事はねぇだろ。お前が俺を生き返らせた。それだけでも異常なんだ。これ以上は何も不思議じゃない」

「不思議な人ね、アナタ」

“J”はくすりと小さく笑みを浮かべていた。


「それで、お前は俺に何をさせるつもりだ?」

 鷲澤は、掃除屋イーグルとして“J”に言葉を放つ。


「まさか、ただの慈悲の為だけに俺を生き返らせたって訳じゃ……ねぇよな?」

「……」

“J”は、何も答えずにただコクリと頷いた。


「あなたには、私とヒーローになってもらう」


 ここはシティ・NNS。

 戦場の二文字がとても相応しい場所。

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