流浪月

まこと

日月

____出会いは、月がよおく見える夜でした。私が夜中の散歩をしている最中、河川の辺りで物思いに耽けている横顔のきれいな御方を。そう、月光に照らされ、そのお顔を、その横顔を私は見ることができたのです。月に輝かされる、まるで星でした。星のようなあなた。そんな私の視線に気付いたかのようにあなたは、私の方を向いて、ひと笑顔向けてくださいました。そしてそう、こういったのです。「星空はすき?」私は最初、何を聞かれたのかわからずあやふやな答えを申してしまいました。「あなたには負けるでしょう」そうです。私は彼女に、あの御方に、恋をしてしまいました。流れ星が落つるようなはやさで、あなたの心に触れたいと思いました。そんな私の目線に不安がることなく、ただただ気恥ずかしそうに、私に、そのお顔を向けていました。こんな見初めははじめて、私は生まれて初めて、誰かの瞳の中に閉じ篭っておきたいと、あなただけの私でありたいと、思いになりました。そこからは簡単です、彼女に聞けば、毎晩あの河川で星を見ているそうで、私も毎晩その河川に向かいました。その場所で私は、日頃の体験したことのありとあらゆるを彼女にお話しました。中には詰まらないものもありました、そんな話にも彼女は笑顔で、ときに感受性豊かなお顔を見せたり、私の心をいつも掴んで、離してくれません。でも私がたくさん話すのと反比例し、彼女は何一つ、自分のことについて深く話してくれないのです。ある昼中、彼女が男性と共に歩いている姿を見てしまいました。そのこともあり、きっと彼女は私のことなど眼中にないのだろう、私などただの虫としか思っていない、ずっと、ずうっとそう感じていました。不安で、嫉妬で、不安と嫉妬で。一日だけあの河川に向かいませんでした。その次の日は、確りと河川に向かいましたけれど。あなたはそこでなんと仰っていましたっけ。そう、そうです、「昨日はいなかったね」と。悲壮感の漂う声色で、私の方を一時も見ず、私の大好きな声でそう言いました。詳しく聞けば、昨日は私の誕生日(過去に教えました)だったみたいで、私にお祝いを用意していたのです。嗚呼!なんと喜ばしいこと、あなたの心に私はちゃんと居た。あなたのそのきれいな瞳の中に私はちゃんと映されている。愛おしさのあまり、私は勢い余ってあなたの頬に唇をつけてしまいました。なんてことをしたのだと、冷や汗ひとつかき、あなたの顔を恐る恐る除くと、灯りの少ない闇夜でもわかるように、その頬にはしっかりと柘榴に似た色が彩られていました。そこで私は確信しました、あなたも、私に恋焦がれているのだと。そこから導き出される結果は容易に想像でき、晴れて私達は恋人同士になることができました。____ふふ。私達の出会いはこんなものでした、ね。それから過ごしていき、一緒にいたいとお互いにべそをかいて、心中にある嫉妬や憎悪を吐き、抱き締めあったあの夜たち。私はそのすべてを、あなたが語った言葉のすべてを覚えています。ああいや、酒を呑んでしまったあの日は記憶が薄い、カメラを持っていればよかった。そうだそう、あなたの写真が最近500枚を超えたんです。まだまだ撮りたりませんが、いつか現像して、あるばむにしましょう。見返す……のはあなたにとっては恥ずかしいか。ならば私の記憶の節々として、私だけが見ておきましょう。もちろん、あなたが見たいと言ったら見せますよ。ああ、今日も私を、その眼で、私だけを見つめている。あなたの全部が愛おしい。あなたの心の不調で、一度心中しかけましたが、少し私の気持ちが昂ぶっていたことは秘密にしておきます。あなたとなら地獄だって怖くない、いや、地獄とか天国とか、そういう場所には行きたくありません。私とあなたしかいない、そういうところに行きたい。ああそうだ、好きな花、好きな花を聞くのを忘れてました。私が好きなのは、桑の花です。あなたの好きな花はなに?教えて。庭にその花を咲かせたいの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流浪月 まこと @sumatokau

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る