第4話 君との再会(宮里咲楽)
吉川
急に消えてしまったが、一体、彼女はどこに行ったのだろう?
余りの雷鳴に驚いて、階段を駆け降りるなんてことは流石に出来るはずもない…。
いや、もしかして、僕は夢を見ていたのではないのだろうか?
僕の心の奥底に眠っている願望がムクムクと起き出し妄想を具現化したのかもしれない。
彼女の描いたデッサンも夢だったのだろうか?
いや、そんなはずはない。僕が撮る写真なんかよりもずっと妙邦寺の魅力を精細なタッチで描いた作品は心から素晴らしいと思ったし、恥ずかしそうにスケッチブックを捲る彼女の横顔が本当に夢だというのだろうか?
高校で美術の教師をしていると言ってたっけ…。
また会いたい。そう思った。
まあ、また妙邦寺に行けばいつか必ず会えるのではないだろうか。学校に勤めているということは、彼女も休みは土日のはずだから確率は高いはずだ。あれだけのスケッチの量を考えればここを頻繁に訪れているのだろうし…。
もう一度彼女に会えたら何を話そう…そんなことを思いながら、やっきより少し小降りになった雨を眺めていた。
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それからというものの僕は、彼女にもう一度会うために休みの度に妙邦寺へと足を運んだ。
だが、それはいつも徒労に終わった。
彼女に会いたい…。
まるで熱に浮かされたような僕の思いは冷えることなくさらに熱量を増していく…。
それから2ヶ月が経ったある土曜日。
この日は、前線の影響で昨夜から雨が降っていた。
こんな雨の日は、彼女と出会ったあの日の事を否応なしに思い出させる。
今日、彼女と会えるような気がする…、と勝手な願いを抱えながら僕は、アパートの階段を降りて行く。
「おはよう。
「おはよう。
「まぁ、私の家だしね。ふふっ。で、良い作品、撮れたの?」
「いやいや…。良い写真なんてそうそう撮れるもんじゃないよ」
栞奈さんは、ふぅーんと言って、少し声に力を入れた。
「でもさっ、努力しないと何も生まれないしね。凄いと思うよ。本当にそう思ってるから」
きっと情けない顔をしている僕を励ましてくれてるんだと思うと、それがとても嬉しく思えた。
「そうそう、それにね、私の出身高にも毎日デッサンを重ねて大きな賞を取って画家になったって人がいるみたいだよ」
僕は何か引っ掛かったのだが、それが何かわからないまま「ありがとう。頑張るよ」と言って背を向けた。
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入口で、拝観料を払うともう常連として認知してもらっているのか、受付のおばさんに、「いつもありがとうね。良い写真が撮れたらいいね」と優しく声をかけられた。「はい。頑張ります」僕はそう言うといつものようにお線香を右手に持ち、本堂の方へ歩いて行く。
結論から言うと、散々な出来だった。
ファインダーを覗きこんでも集中出来ない。いつもなら色温度や構図のことを思い描きながら両手でせわしなくカメラのセッティングをするのに…。今日は、もうどうでもいいという感じで、無駄にシャッターを押していたような気がする。
僕は、気をリセットする為に、大きな深呼吸をしたが、その効果は全くなく悪戯に駄作をSDカードに保存して行った。
「もう、今日は帰ろう…。彼女は今日も来なさそうだし…」
歩き出すと急に雨脚が強くなった。それに雷鳴も響き始め、いつかのようにすぐ近くに落ちたような凄い音がした…。
僕は、駆け足で受付まで向かう。
「凄い雷ですね…」僕は、いつものおばさんに話しかけるが返事がない。どうやらちょっと席を外しているらしい。僕は、屋根の下に設置されているベンチにカメラリュックを置くと、何気なしに受付に置かれた真新しいノートに手をやり、ゆっくりとめくって行く。
このノートに書いたのは、殆どがカップルのようだ。お寺のノートに書くような内容ではないだろうと思いつつも少し微笑ましくなり笑みをこぼす。
その他は、近くに住む常連の書き込みのようで、この素晴らしい情景を末長く維持して欲しいというような内容が多かった。
どんどんページをめくり読んでいく。
その中にその人の優しさを感じることが出来る綺麗な文字を見つけた僕は、固唾をのんで見つめる。
『さくらさん。急にいなくなったけど、大丈夫でしょうか?また、会えたらうれしいです。みすず』
やっぱり彼女はいたんだ。
僕は、ゆっくりとその文字を指で辿る…。
僕も会いたいよ、みすずさん…。
僕は、暫く立ち尽くしていたようだ。
すると、さっきまで姿が見えなかった受付のおばさんがイスに座って僕に話しかける。
「あら、懐かしいわね。そのノートが最初のノートなのよ。ほら、表紙を見てごらん。懐かしいわ〜。その頃確か、私は大卒で入った会社を5年で辞めて、ここでバイトを始めたんだったわ」
僕は、慌ててそのノートの表紙を見つめる。さっきは、真新しいノートだと思ったのに、薄いブルーの表紙が色あせている。
そこには、『妙邦寺と皆さんを繋ぐ架け橋ノート NO.1』と太いマジックで書かれていた。そして…、その表紙の右下には、「2003年5月1日〜」と小さい字で書かれていた。
今年は2023年…、だよな……。一体どうなってんだ!?
なぜ20年も前のノートに僕のことを書いた文章があるというんだ?
「雨は良いけど雷は勘弁して欲しいですよね」
「えっ?今日は雷とか鳴ったかしら?」
あれだけ大きな音がしたあの雷を聞いていないのか?
何故…全く意味が分からない…。
僕は混乱の余り、力無くベンチに崩れるように座り込んだ…。
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