運命

 私の占いは当たる。

 突然何を言い出すのだ? そう思うかもしれないが、事実なのだから仕方ない。

 とにかく、私の占いは当たるのだ。特にカードを使った占いは絶対で、今まで一度だってその結果を外したことはない。尤も、占いで見通せるのは近い未来で何が起こるか――その事象を的中させる程度であり、抽象的で具体的なことまではわからないのだが……。

 到底未来予知とは言えないこれは、言うなれば精度の高い未来予測といったところか。まあ、過去に他人を占って訴訟間近なレベルのトラブルに発展した経験があるので、今は頼まれても他人相手に占いをすることはほとんどない。冒険者など辞められるなら辞めたいが、人付き合いが苦手な私は冒険者よりも占い師の方が性に合っていなかったのだ。

 ……話が逸れた。

 とにかくよく当たる占いが出来る割に他人を占わない私は、もっぱら自分の運命を占う。そして、つい先日また戯れに自分自身の直近の未来を占った、その結果。


「――えっ?」


 思わず、言葉を失った。

 出たのは物騒な首狩りの鎌を携えて不気味に笑う骸骨のカード。

 正位置のそれが暗示するのは――破滅的な死。

 嘘だと思った。何かの間違いだと。しかし、何度繰り返しても結果は同じ。

 繰り返すたびに都度、大鎌を携えて不気味に笑う骸骨と目が合う。


「……い、イヤ……こんなのイヤ! イヤだ……イヤだイヤだイヤだイヤだ! 死にたくない……死にたくない死にたくない!」


 急に体の芯から寒気が走って、ガタガタと震えた。

 私の占いが、外れたことなど過去かつて一度だってない。

 実際昔裕福な商家の大女将に請われて占った際にもこのカードが出てしまい、止む無く私はそこから暗示される破滅的な死の未来を包み隠さずに伝えた。無論その時は信じて貰えず、寧ろインチキだと罵られてしまって訴えられかけたのだが……その訴訟はうやむやに終わった。その大女将が数日後に死んだからだ。商家を発展させる過程で幾つもの同業者を潰して来たそうで、その怨恨からの襲撃を受けた末だったという。

 まさに破滅的な死。そしてこんなケースは、何も彼女だけではない。

 私が占い、そしてこのカードが出た人で今も生きている人はいない。

 皆揃って占ってから数週間以内に命を落としてしまった。

 そんな数多の先例があるからこそ、私は信じるしかなかった。

 そう遠くない未来にやって来る破滅の未来、そしてそれによって齎される自らの死を。だが、しかし――


「……堪るか……死んで堪るか!」


 半魔の身で、近しい人など誰もいない孤独の身で、別段楽しいことなど何もない身で、でもそれでも今日まで歯を食いしばって生き延びてきた。冒険者などという命懸けを懸けた狂気の世界に身を置く選択をしてまで、生き延びてきた。

 全ては、私にはやらねばならぬことがあるから。それもたった数日では絶対に叶えられない、大望を叶えるに!


「占いは、占いだ。未来は変えられる……いや、変えてやる!」


 一頻り取り乱してから些かの冷静さを取り戻した私は、覚悟を決める。

 この運命を乗り越えてやると。そして未だ一度としてない私の占いが外れたケース、その第一号に自分自身でなってやると。

 薄暗い部屋の中、誓いを立てた。誰にでもなく、強いて言うなら自分の魂に。



 決められた結末を、死の運命を覆す。

 口では言う分にはカッコいいセリフだが、当然言うほど簡単ではない。

 何せ私がやらなければならないことは、何時どのような形で訪れるか分からない危機を回避するということ。まさに雲を掴むような話であり、それが容易く成し遂げられれば、苦労はない。

 まして私は、事情故に冒険者という危険極まりない稼業からは降りられない身の上なだけでなく、半分魔族の血を引いているために誰からも嫌われる存在。

 難易度は、街中で普通に生きている市民よりも遥かに高いのは言うまでもない。

 でも、それでも死の運命を避けると覚悟を決めた――それならばもう、私に出来ることはただ一つ。ありとあらゆる死に備えることだけ。

 魔族の出現地点やダンジョンだけでなく、私の場合は街中で殺される可能性だって否定は出来ない。故にいつどこで襲撃を受けても大丈夫なように、外出時は常に防御力を高める必要があると判断。急遽特殊な材質の布を色んな手段と大金を駆使して集めて回り、その布材に可能な限りの魔力を込めた上で織り上げてローブを拵えた。

 軽くて丈夫で物理魔法問わずダメージを大部分軽減できる、そこらの鎧なんかよりも遥かに優れた防具。尤も、材質の都合で通気性が致命的に悪いことと顔こそ見えない一方で否応なく街中で目立ってしまうのが難点だが、死ぬよりかはマシ。贅沢など言っていられない。

 でも、これだけで事足りるとは思えない。どうにかして手駒が……手駒が欲しい。

 私の立場上、仲間を作るなど絶望的。

 昔はパーティーに入っていたこともあったが、私がネクロマンサーだと、半分魔族であることを知ると、掌を返したように追い出された。

 しかし、冒険者仲間を作れないとなると、私に残された選択肢などもうネクロマンサーらしく強力なレイスを使役することくらい。

 でも、そんな都合よく強力なレイスなんているハズが無い――と思っていた、ある日だった。偶然だった。たまたま街中を歩いていた時に、偶然見つけたのだ。

 眼鏡に適うレイス――清風を。

 まあ、上手いこと言いくるめて使役できる状態にしたまではよかったが、あの性格と心持では危険な冒険者稼業に同行させるなど無理。冒険者を遊びか何かと勘違いしているあの性根では、寧ろ危険を招く可能性の方が高い。それでは、連れていく意味がない。

 全く、折角都合のいい手駒が手に入ったと思ったのに、まさかあそこまで――それこそ私のカンに障るくらいに能天気でいい加減なヤツだとは思わなかった。

 完全に人選を間違えた。あんな奴に、期待するんじゃなかった……いや、止そう。

 勝手に期待しておいて、その期待に沿ってくれなさそうだからって怒るなんて、そんなのはタダの我儘だ。

 それに感情剥き出しにして言い争ったって思っていたけど、アレだって結局は行き場の無い怒りをたまたま私のカンに障った清風にぶつけて発散しただけ。

つまるところ、単なる私の八つ当たり。そう思うと、何だか悪いことした気になって来る。

 いやいや。清風には悪いけど、今はそんなことは置いておこう。

 何せ今は、それどころじゃないのだから。

 難関クエストを受けるしかない以上、もう私にはやるしかないのだ。

 清風が役に立たなさそうなのは完全に誤算だったが、でも仕方ない。

 打てる手は打った。やれることはやった。出来ることは全部した。

 あとはもう、只管に目の前の敵を倒すだけ。

 そう、倒すのだ。倒して倒して倒して倒して……それで私は、やがては運命にも打ち勝つ。こんなところで目的も果たせずに死なないためにも、絶対に!

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