立ち止まる勇気と強さ
@antedeluvian
立ち止まる勇気と強さ
賀喜遥香さんが一定期間の休養期間に入ることが発表された。休養前最後のパフォーマンスでも彼女は弾ける笑顔で、これから身体を休めるような人だと思わせなかった。彼女が敬愛する山下美月さんのように、笑顔の裏に気合と根性を秘めていたように感じる。
賀喜さんは、2018年12月に乃木坂46に加入した。オーディションに合格してからならば、すでに5年が経過している。
雑誌のインタビューで彼女はファンだったという橋本奈々未さんに触れていた。橋本さんは2017年に乃木坂46を卒業・芸能界を引退した1期生だ。賀喜さんにとって、加入から5年を経た現在のタイミングは、自然と橋本さんに思いを馳せる時期でもある。橋本さんは2016年10月に卒業を発表した。乃木坂46で過ごした時間は今の賀喜さんと同じだ。
そういう背景の中で、賀喜さんはグループを俯瞰するような立場を取っていきたいと語っている。そういう自分でいることがメンバーにとってもファンにとっても安心できることなのだと考えているのだそうだ。
そういう思いを抱える彼女にとっては、休養を発表することは、表面的にはポジティブに見せていても、かなり負い目を感じたのではないかと感じる。その負い目すらも、誰かを安心させるために感じさせないというその気丈さが賀喜遥香という人を物語っている。彼女は強くて優しい。
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2022年の真夏の全国ツアー神宮公演最終日、座長として勤め上げた賀喜さんのスピーチは真っ直ぐで、純粋で、愛に溢れていた。
「好きというのはロックだぜ!」のセンターに賀喜さんが選ばれた時、「ロック」とは何だろうかと考えた。
ロックというのは、岩のように転がるが硬く壊れないようなものなのかもしれない。だからこそ、どこまでも真っ直ぐに転がっていける。それが、揺るぎない魂みたいなものを体現するのだろう。
だから、2022年の神宮のステージのど真ん中であんなにも熱く思いをぶちまけた賀喜さんが「好きというのはロックだぜ!」のセンターそのものなのだと心の底から理解をした。あの時に、私の中の賀喜さんへの愛もより深まった。真っ直ぐな愛は、人の心を動かす。
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賀喜さんと言えば、加入当初からしっかりしているキャラとして紹介されることが多かった。「ミスパーフェクト」なんて呼ばれたりもしていた。そういう期待に応えるべく、彼女は走り続けた。プレッシャーに押し潰されそうになり裏で泣いていたとしても、それを見せることはしなかった。誰かのイメージ像を演じることは心をすり減らすことでもある。
これまで賀喜さんを見てきた人なら分かると思うが、賀喜さんはしっかりしているというより、目の前のものに真摯に向き合う人だ。そのひたむきさがピュアであり、芯のある強さを思わせる。そういう彼女だからこそ、あまりしっかりしていない姿を見せて、それが受け入れられたことはずいぶん心の軽くなる出来事だったのだろうと想像する。
2019年の4月に山下美月さんが倒れてしまった時、賀喜さんは今よりは山下さんとの距離が近かったわけではなかっただろう。それでも、あのストイックな山下さんが乃木坂46を辞めるべきかどうか思案していたことは伝わっていただろう。そんな山下さんの姿が今の賀喜さんの脳裏には浮かんでいたかもしれない。
山下さんが自らの認識を打ち破って乃木坂46に残る選択をし、今でも第一線に立っていることは、賀喜さんにとってもポジティブな意味をもたらしていることだろう。
新型コロナウィルスが蔓延した2020年を境に社会は少し形を変えた。心なしか以前よりも、休みを取るということが尊重されるべきものになったように感じる。特に芸能界は体調を考慮する姿勢をそれまで以上に見せるようになってきた。それが正常な姿なのだとも感じる。
現在、乃木坂46にも様々な理由で休養を取っているメンバーがいる。かつて休養を経験したメンバーは「ひとつのステージを経験しないことが大きな差になる」と話していた。その背景には、乃木坂46というグループとして突っ走り続けなければならないというプレッシャーもあった。今回の賀喜さんにも、そういう思いが少なからずあっただろう。
浮き沈みの激しい世界で立ち止まるのは、勇気の要ることだ。立ち止まっている間にもまわりはものすごいスピードで進んでいく。彼女たちは日常生活を送っているのではない。顔も名前も過去も丸裸にされて目の前の道をひた走る。誰よりも汗をかいて走るからこそ、誰かの目に留まる。自分が立ち止まっている間に、自分に向いていた目が別の方へ見てしまうのかもしれない。そういう葛藤が休もうとする身体を突き動かしてしまう。彼女たちが倒れてしまう理由はそこにあるのではないだろうか。
それでも、乃木坂46というグループは立ち止まることができるほど、速く遠くへ走って来たんじゃないかと思う。彼女たち自身も、立ち止まる決意を抱けるほど、ファンとの間に信頼関係を築けたと思えたのかもしれない。
体調不良から長い休みを取った同僚が職場に戻るのをそばで見ていた経験からすると、今まで過ごしていた場所から離れて、そして戻ってくるのは、我々が想像するよりも恐ろしいものだ。私が見たその人は、職場のドアを開けるのを強く躊躇っていた。
またこの話をすることになるが、2014年に生駒里奈さんがAKB48を兼任した時、彼女は乃木坂46の現場に戻ってくることを躊躇っていた。なにかこのグループを裏切っているような心持ちだったのだろう。橋本奈々未さんは言っていた。「私たちにできることはいつも通りでいてあげること」だと。
賀喜さんも、掛橋沙耶香さんも、林瑠奈さんも、岡本姫奈さんも、川﨑桜さんも、もしかすると離れているこの場所に戻ることを恐ろしいと感じてしまう瞬間があるかもしれない。乃木坂46はそういう場所ではないだろうが、離れていた負い目というものは疑心暗鬼を生むものだ。
乃木坂46は愛を伝え合う。全国ツアーを終えた彼女たちのブログなどには愛を思う言葉が並ぶ。乃木坂46は人見知りの人間が集まってできた集団だ。だから、どうすればお互いの心の距離が近いままでいられるかを知っている。それが愛を伝え合うというすごくシンプルな答えに繋がっているのだと思う。それがそれぞれの心の中に染み出してくる孤独へのいざないを断ち切る力になる。そんなシンプルな解だからこそ、メンバーだけでなくファンにもその繋がりは広がっていった。
飛行機に乗っている時、窓から見える島の形くらいしか見ることができない。
新幹線に乗っている時、田んぼのあぜ道に誰が立っているのか見えない。
車に乗っている時、道端に咲く小さな花を見つけることができない。
走っている時、自分の後ろを歩くカップルが手を繋いでいるのを見ることができない。
歩いている時、足元のすぐそばを蟻が歩いているのを見ることはできない。
立ち止まった時、初めて気づくような優しい風がある。
written by antedeluvian
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