第6話 ジェイル
ジェイルのことはすぐに見つかった。探すまでもなかった。
王立研究所は王宮のすぐ近くに建てられている。研究所を追い出されたネイサンがとぼとぼと歩いていると、王宮の門に人だかりができていた。
「こっからジェイル様が出てくるって本当か!?」
「うん、今国王陛下に謁見して研究成果の報告をしているらしい。もうすぐ出てくるんだとよ」
「あっ、あの馬車じゃないか?」
門の外からでも見える王宮の前庭を、豪華な馬車がガタガタと走ってくる。やがて王宮の門が開くと、それに合わせて王都の人々も二つに割れて通りに広がった。
人々が集まっていることに気づいたのか、門を出たところで馬車が止まる。御者が扉を開くと、中から派手な服を着た人影が表れた。
ネイサンはそれがジェイルだとすぐに気付けなかった。服装から立ち居振る舞いまでまるで貴族のような姿だったからだ。恭しくひざまずく御者にうなずいてゆっくりと馬車を降りてくる。
ジェイルは片手を上げて集まった人々に挨拶した。
「やあ皆さん。どうやら私を待っていてくれたようで。私がこの度ガラル語の解読に成功した研究者、ジェイルです」
わっと周囲から人が集まってくる。みんな興奮して次々にジェイルへ握手しようとするのを、御者ともう一人の従者が壁を作って必死に止めていた。その光景をジェイルは満足そうに眺め微笑んでいる。
人だかりの中には王都の新聞記者もいて、ちょっとしたインタビューまで始まった。
「ジェイルさん、この度は大成果おめでとうございます」
「やあ、ありがとう」
「古代ガラル語の解読は不可能と言われてきましたが、なぜジェイルさんは解読できたのでしょうか」
「それはもう、日々の努力の賜物です。このために10年以上、寝る間を惜しんで研究を続けてきました。その成果が上がって非常に満足しています」
「ジェイルさんはアガルマ研究室の一級研究員ですが、研究室全体での功績ということでしょうか」
「いえ、アガルマ教授の指導には大いに助けられましたが、この研究は私が一人で進めていたものです。なにしろ同僚のみんなには絵空事だと笑われてしまって……ですからこうして成果を発表することができて、ホッとしています」
にこやかな笑顔を浮かべたまま、気さくに質問に答えていくジェイル。周囲の人々の好感度が上がっていくのが傍目にもわかる。
「国王陛下とはどのような話をされたんですか?」
「研究成果の報告と、王立研究所への感謝です。陛下からは私の教授昇進を王命で発表していただきました」
おお、と周囲がざわめく。記者がひときわ身を乗り出して質問をした。
「ではジェイルさん、今回のガラル語解読成功によって私達の生活はどの様に変わりますか?」
「まったく一変することを確約いたしましょう。私は研究成果を独り占めする気などありません。広く研究成果は公開します。ガラル魔法は現代では考えられない、まさに奇跡のような力を持つ魔法です。皆さんの生活はますます豊かに、便利に、暮らしやすくなります。皆さんには夢のような未来が広がっていることを保証します!」
わあああああ!!!
演説めいたジェイルの宣言に、人々は手を叩いて喜ぶ。ばんざい、ばんざい、ジェイル教授万歳。ガラル魔法万歳。そんな万歳三唱が広がり巨大な歓喜の声となる。
ネイサンが動いたのはその時だった。それまで黙ってジェイルの誇らしげなインタビューを聞いていた彼だったが、最後の発言だけは容認できるものではなかった。
「それは駄目だジェイルさん!」
ネイサンの声はそれほど大きいものではなかったものの、なぜかその時はよく響いた。
人々の視線が突き刺さる。野暮ったい格好をしているネイサンを見て、明らかに侮蔑の表情を浮かべる者もいた。喜びに水をさされて不機嫌になっている人もいる。それでもネイサンは顔を上げて、ジェイルの元へと歩いていった。
「ダメだジェイルさん。ガラル語は強力であると同時にとても危険な魔法だ。乱用したり、ましてや誰でも使えるようにするなんて以ての外だ。宮廷魔術師ならともかく市井の魔法使いでは事故が頻発するぞ。ましてや一般の人にもなんて!」
人々の視線に含まれる苛立ちが、3割ほど上がった。こいつは一体何なんだ。突然現れて国の英雄ジェイルを批判したばかりか、俺たちからせっかくのガラル魔法を奪うとまで言う。研究成果を公平に配分しないとでも言うのか。
今やほとんどの人々がネイサンを睨みつけていた。だがネイサンは折れることなくジェイルの元へと歩き続ける。
自分にこんな勇気があるなんて思わなかった。それはきっと、使命感からだろう。自分を馬鹿にされても、どんなに理不尽な命令を受けても怒らなかったネイサン。だが人々を危険に晒すようなことだけは、ダメだ。ガラル語はネイサンが半生を捧げた研究だ。それで人々を不幸にするようなことは、許せない。
ジェイルの元へ歩くネイサンを、鬱陶しそうにしながらも人々は邪魔しなかった。ついに馬車のそばまでやってくる。ジェイルは、慌てることもなく不敵な笑みを浮かべていた。
「ジェイル、君の発想は間違っている。ガラル語は公にするべき魔法研究じゃない。少なくともそれは、この国の魔法産業がもっと安定して法整備も進んでからで……」
ネイサンの言葉に被せるように、ジェイルが大声でのたまう。
「これはこれは、ネイサンじゃないか! うちの研究室で20年間務めながらなんの成果も挙げられなかったネイサン! ついに教授にも見限られ、王立研究所をクビになったネイサン! そんな君がこの私に一体何の用だい?」
ジェイルの言葉に人々がざわめく。
なんだ、あいつクビになった元同僚か。
ジェイルさんの功績に嫉妬してるのか?
道理で突然変なことを言うわけだぜ。
元同僚の研究者が、やっかみで足を引っ張ってるのかおこぼれをもらおうって混んたんだろう。ふてえ野郎だ。
そんな言葉があちこちから聞こえてくる。ネイサンはぎりっと唇を噛んだが、ジェイルに向き合い続けた。いまは人々の誤解を解くよりもやるべきことがある。
「ジェイル、君はまだガラル語の本当の恐ろしさがわかっていないんだ。今からでも遅くない。やめてくれ。僕の研究成果は全てあげてもいいから、人々への公開はしないでくれ」
ネイサンがすがりつくようにして頼むと、ジェイルはどこか白けたような表情を浮かべる。
振り返って御者にこう命じた。
「おい、馬車を出す準備をしろ。こいつも載せていくからそのつもりでな」
「は、はい!」
命じられた御者は慌てて御者台に飛び乗る。王宮からついてきていた従者はいぶかしそうに眉を寄せた。
「ジェイル様、この怪しい男を連れて行くのですか? 年を取ってはいるようですが、妙な真似をされては困ります。ジェイル様は今や国家の宝なのですから」
「大丈夫だよ。さっきも言っただろ、元同僚だって。ちょっと二人きりで話したいから、君はもう戻ってくれ」
「ですが……いえ、承知しました。それでは私はここで引き取らせていただきます」
ジェイルに睨まれて、従者はうやうやしく一礼して馬車から去る。ジェイル自ら馬車の扉を開けて、ネイサンを誘った。
「ほら、乗れよ。積もる話もあるだろう」
人々には聞こえない程度の低い声でそう言う。ネイサンは黙って、勧めに従い馬車に乗り込む。
やがて、二人を載せた馬車は静かに王宮の門から走り去ってしまった。残された人々は狐につままれたような顔をして立ち尽くす。
「……なんだったんだ?」
「ジェイルさんもさすがに怒って、二人で話をつけるってことなのかねえ」
「ちぇっ、俺たちに言ってくれりゃあ、あんな野郎すぐ袋叩きにしてやったのに」
最後はよく分からなかったが、みな有名人ジェイルを一目見られたことで満足し去っていく。その中で馬車の去る方向をじっと見つめていた一人の少女が、首を傾げた。
「あの男の人、どこかで……」
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