好きなもの

Renon

第1話

友人が急に可愛くなった。

「最近、雰囲気変わったよね。」

 なんて鏡を見ながら前髪を執拗に整えている彼女に伝える。ラメの輝く瞼をゆっくり一度閉じてから、ピンク色に薄づいた唇で「そうかな。」なんて返されるから、「そうだよ。」とありきたりな肯定しか出来なかった。でも、「嬉しい。」と微笑む彼女は、やっぱりどこか、前と違う。

 今までなら、「そんな事ないよ。私なんて地味だし…」と顔を曇らせていた事だろう。それがいつも通りの彼女であり、私の見てきた彼女なのだ。ずっと悲観的で、自虐的な発言ばかり。それらを否定して、慰めるのが私の立ち位置だった。けれど、こうもすんなり喜ばれては私が言葉を失ってしまう。別に聞かなくてもいいと思っていたが、沈黙を破るための話題としては適している。それに、話の流れはある程度世間体に則っていた方がいいような気がしてしまって、「何かあったの?」とまたもありきたりな問いを投げかけた。彼女はポーチからリップを取り出す。

「私ね、好きな人ができたの。」

 伏し目がちなまま、愛しそうに私の知らない誰かへと思いを馳せるその姿は、儚げで綺麗だった。見たこともない表情で、恥ずかしげに頬を赤らめている。

 好きな人、ね…

 恋をしたら女の子は可愛くなるとよく言うが、ずっとフィクションだと思っていた。恋をするような女の子はみんな最初から可愛い人じゃないか、と。何せ経験のない私には、恋をした時の人間心理なんて知り得ないのだから。でも、彼女を見た今、完全なノンフィクションだと受け入れる他ない。そういうものか、と適当に自分を納得させる。きっと彼女に好きな人が出来たところで、急に疎遠になるとか、そんな事はないだろう。今こうして話をしている限りでは、そう思う。だから、納得するのはそんな程度で十分だった。

 そう思っていたのだけれど、

「ねぇ、そのグリッターってどこのブランド?」

「髪サラサラじゃん! 羨ましい!」

 クラスの女子に囲まれている彼女を見れば、訂正する必要がありそうだった。今まで話したこともないようなクラスの子達。最初から彼女みたいに可愛くて、性格も明るくて、なんとなく苦手にすら感じていた子達。容姿が変わるだけでこんなにも興味を示すなんて、なんだか複雑な気持ちに襲われる。でも、その中心で笑っている彼女は満更でもなさそうで、昨日見たテレビの話で盛り上がっていたような、あの頃の二人だけの時間はもうどこにもない。

 グリッターってどういう物なんだろう…

 彼女は迷うこともなく話を続ける。私の知らない事でどんどん盛り上がっていく会話。無知な自分が浮き彫りになり、窓から差し込む朝の日差しは、私の影を暗くしていく。その影に引き込まれそうになった時、遠くから彼女の名前が呼ばれた。

「ちょっと待ってー!」と大きな声で返せば、「行ってくるね。」とだけ言って颯爽と向かう彼女。

 その後ろ姿に、揺れるポニーテールが目を惹く。今までただのストレートだったのに、丁寧に巻かれていた。スカートは二回折られているし、靴下も足首の見える物に変わっている。呆然と立ち尽くす私を置いて、彼女だけが先へ進む。小さくなっていく後ろ姿に手を伸ばそうとも届かない。もう、私の知っている彼女はどこにもいないんだ。

 残り五分という絶妙な休み時間も、彼女がいなければ長いと感じてしまう。少しでも浪費する為にお手洗いに向かえば、鏡に映った自分が目に入った。

何も変わらない自分。大して整えていない髪に、メイクも何もしていないすっぴんの顔。なんでだろう、いつも見ている自分の顔なのに、今日はやけに見たくない。

 私も、彼女みたいに可愛くなれば、また彼女の横にいられるのかな…

 不安そうな自分の頬にそっと両手を添えて、少しだけ口角を上げてみる。出来上がった不器用な笑顔は、彼女のものとはまだ程遠かった。

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