祝福

アイビー ―Ivy―

第1話

「おれはあなたが羨ましい」


 夕里はそれに戸惑いつつも、しずかにうなずいた。

 机に突っ伏した薫は、うめくようにつづけた。


「ひとはあなたみたいな目を持っていない。だから、愛をお金とか、プレゼントとか、行動とか、思い出とかで置き換えたがるんだ。愛を目に見えるものにしたがるんだ」

「愛を……」

「そう。おれもそうだ」


 洟をすすって、薫はのろのろと顔をあげる。夕里はぎょっとして、まじまじと薫を見つめた。

 夏の晴れの空の太陽はもう傾いていて、黄金の西日が窓から差し込んでいる。窓辺の席にすわっている夕里は、その透明な夕日を浴びて、真後ろの席にいる薫を見て、まるで自分が痛いかのように顔をゆがめていた。がらんどうの教室の明かりはとうに落ちていて、夕日色に染まった教室はうす暗かった。ひとりでいるには孤独が色濃い、夕闇にしずんだ2-6の教室。

 その中で、薫の端正な顔が白々と浮びあがっていた。……しかし、薫の顔色はほんのり朱を差していて、目のふちには泣いたような、まっかなあとがあった。

 どうしてそんな顔をするの、と、夕里はいつも訊いてみたかった。彼の顔を見るたび、夕里はなんだか泣きそうになるのだ。あなたにはこんなに〈祝福〉があふれているのに、どうして孤独な顔をしているの、と。

 ほんとうに、彼の周りは常に光にあふれていた。〈祝福〉でできた花珠真珠のイヤリングが揺れていたし、その濡れ濡れとした美しい黒髪には空色のアサガオが咲いていた。海のようなエメラルドブルーの風がやさしく吹いて、爪には青い水苔が生え、光の加減で色が変わる絹糸がふわふわとただよっていた。桜色の蝶の鱗粉が、長いまつ毛にかかっていた。そのすべてに淡い光がやどっていた。

 神様みたいなひとだと思っていたのだ。

 美しい〈祝福〉で満ちあふれていたから。たしかに愛されている男だった。


「あなたが見ている世界がほしい」


 夕里は、スカートをぎゅっと握りしめた。二十四本ヒダの、ぺらぺらの紙みたいなスカート。

 しかし、その、薫の切るような視線にたえられず、夕里はおもわず顔をおおった。彼の繊細な顔がゆがんで、懇願するような光をやどしていた。……それが、あまりにもせつなかったのだ。


「できないわ」


 ぐっと目頭が熱くなった。胸元で熱い塊がぐつぐつ煮えたぎっている。


「できない。……わたしには、できないの」


 泣きたいのは彼だろう。けれど、夕里は我慢がならなかった。

 熱い涙がちぎれてとまらなかった。

 嗚咽をあげて泣いた。夜に落ちるまえの、燃えるような夕空がひろがる夏の日のことだった。

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