第2話 総理、バーチャル視察しましょう!

「総理、バーチャル視察しましょう!」

 台風10号が全国に猛威を振るっていた。官邸に緊急対策本部を設置し、甚大災害救援地域を指定して、政府のパフォーマンスをしなければいけない。

 従来からのパフォーマンスは、被害が出て、台風が過ぎ去ってから現地視察で被害救済を高らかに謳い上げて、次の衆院選に向けて発進というお決まりのコースだった。ところが、台風が過ぎ去る頃には、G20で総理は海外に行かなければいけない。

「バーチャル視察なんて、聞いたこと無いぞ。何をやるんだ。」

「誰もやったことがないから、やるんです。手筈は整っています。」


 智子が総理のバーチャル視察を思いついたのは不思議でも何でもない。彼女が、実際に、6面巨大バーチャル部屋に住んでいるからだ。山頂でも海底でも秘境でもニューヨークでも好きなところに出かけられる。部屋を設計したのは、彼女だった。彼女は父が建てた1000坪の家に住んでいたのだが、物足りなくなって、1000億円かけて1万坪の家というよりも要塞を作ったのだ。彼女は父の巨大な会社に子会社を作って成長させ、親会社の10倍の超巨大会社に成長させた。その社長が彼女ということだ。ただ、今回、秘書官になるため、名目上、社長は辞任している。


 総理は台風の真っ只中にいた。「大変な雨と風です。住民の方は命を守る行動をしてください。」と総理は威風堂々とまくし立てた。と、その時、映像なのだが、あまりにもリアルな、正面から最大瞬間風速50m毎秒の突風が吹き付けた途端に、総理はぶっ飛んだ。

 とは言っても、NHK特撮3Dスタジオでの出来事だった。智子は会社のあるチームに命じていた。彼らは縦横無尽に有機的に協力し合った。台風が来て被害が出そうな地域に、自衛隊の装甲車を派遣してカメラをセットさせて、3D映像を撮影し、NHKに映像を集めて、編集させた。NHKのコンピュータでは時間がかかって間に合わない。理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」の出番だった。

 総理は防災服を着て長靴を履き、智子が書いた原稿を暗記した。そして、50m毎秒の風に立ち向かう、逞しい総理が描かれるはずだった。少なくとも、総理はそう思った。

 しかし、智子は、総理の後ろに大きなクッションを置かせていた。そして、まんまと、総理はぶっ飛んだのだった。ついでに、総理の顔にシャワーがかけられた。総理は何が起きたか、分からなかったが、兎に角、起き上がった。そして、原稿の最後の部分を思い出した。総理は、マットにしがみつきながらも、「私は、台風がどれだけ強力であっても、被害地域の緊急支援を行う。」と言った。まんまと智子に載せられた。


「あなた達ならできると信じていたわ。ありがとう!」チームメンバーは心の底から達成感が湧き出してきた。


 バーチャル映像は、総理がぶっ飛びながらも果敢な演説をして放映され、総理の支持率は、強風を受けた凧のように舞い上がった。

 智子の唇の端が、ニヤリと少し上がった。これだけ、ふてぶてしい女性なのだが、その時、ツーショットの写真を見てしまった。彼女が思いを寄せる晶元健文(あきもと たけふみ)が写っている。彼女は彼の一挙手一投足に思いを巡らし、上がり性で直立不動、全身硬直、ロボットみたい。チャットGPTを載せたAIの方がまだ人間らしいか? はたまた、人間だから上がるのか。まあ、完璧じゃないから、人間は面白い。私も貴方も、、、

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