ぶっ飛び総理秘書官、ギフテッド智子

望豊多朗

第1話 総理、福島原発の処理水を飲んでください。

「総理、記者会見で、福島原発の処理水を飲んでください。影響のあるはずがない魚を刺身で食べても、誰も相手にしてくれませんよ。」と、女性内閣総理大臣秘書官、森公智子(もりきみ ともこ)は、目を丸くしている総理、村長茂治(むらなが しげはる)に言った。

「10倍に薄めて海洋放出しているのに、薄める前の水を飲めというのかい? 飲んで大丈夫なのか?」と、総理は答えた。

「専門家に聞いたところ、飲んではいけない水というのは、毎日何リットルも何十年間飲み続けたら病気になるかもしれない水だそうです。1杯や2杯飲んだところで、どうってことないそうです。薄めて放出するから、疑われるのです。薄めないと放出できないのかって。」

「誰か、飲んだことがあるの?」

「さあ、、、」

「でも、票が増えますよ!」と、この森公智子の口癖だった。

 

 若くして秘書官に抜擢された森公智子の言葉は、総理を”ぶっ飛び”にさせてきた。というよりも、ぶっ飛びな総理を誕生させた。「総理は面白くなきゃね。」が、智子の口癖だ。


 智子とその秘書の昌伸育明(まさのぶ いくあき)は警察庁から派遣とされているが、警察庁の記録には何もない。公安から派遣とすると、ドラマを見過ぎた国民から不安がられるため、警察庁とされている。なぜ、警察庁かというと、拳銃保持が認められるからである。スタイリッシュな着こなしの下に、アラミド繊維ケブラー製で動きやすい軽量防弾チョッキと拳銃が隠されている。毎日、秘書官とその秘書の仕事を終えると、余分な物は預けて、身軽になって官邸を出ていく。

 玄関には智子と育明のボディーガードが待っていた。総理のボディーガードよりも人数が多い。官邸の前には大統領専用車ビーストとシークレットサービス専用車が待っていた。いや、もっと凄いリムジンとワゴンだ。人目をはばかって地味にしようとしているが、地味にならない。中身はハイテク装甲車のようだ。2人はリムジンに乗った。官邸の敷地を出ると、リムジンが増えて車列を作った。そして、もう一組、車列が増えて、4台のセダンのどれかに2人が乗っている。智子の身辺警護は世界的な重要任務だ。総理の警護と異なるのは、税金が投入されておらず、智子の莫大な個人資産によることだ。2つの車列は異なる道を抜けて、ある道路工事に見える通行禁止の中に入って行き、地下に潜って行った。シャッターが閉まると、車ごと、エレベーターに乗り、シェルターに入って行った。智子が降りると、「お嬢様、お帰りなさいませ。」という言葉が待っていた。

 智子は自分の部屋に入って行った。体育館だった。バスケットコートやアスレチックジムだった。バスケットスタイルの男女達が待っていた。智子が集めたチームだった。智子は言った、「なぜ、原発処理水を薄めて放出しているのか、調べてほしい。」。

「お疲れでしょうが、アメリカ大統領からテレビ電話がかかっています。」育明が智子に言った。

 智子は手に取ったボールを右左にフェイントを掛けて回転しながら、皆を抜いてシュートした。ザッとゴールが唸った。

「小部屋に入るわ。」と言って、智子は小部屋に入った。これが小部屋? 100畳はあるだろうか。智子が部屋に入って、「開いて」と話しかけると、様々な大型ディスプレーが表示された。その一つのディスプレーからアメリカ大統領が話しかけてきた。「智子、九州の線状降水帯で被災した地域で、自衛隊車両も入れなかった所に大量の緊急物資を迅速に運んだのは君だね。忙しいところ、すまないが、緊急の頼みがある。ハリケーンと大地震で物資が間に合わないんだ。壊滅的な打撃で、軍の能力をはるかに超えている。君の会社の倉庫から24時間以内に救援物資を現地に届けてくれないか? 人命に関わる大事なのだ。」

「わかったわ。わが社の装甲トレーラーと輸送機と大型装甲ドローン10万機で運ぶので、直ぐに全ての優先許可証をお願い。米国支社の社長の晶元健文に連絡しておく。米国の包括責任者から彼に全ての情報を開示して。」

「恩に着る。ノーベル賞学者の晶元健文が君の会社にいたんだね。」


 総理は智子が何をやっているかを知らない。ただし、総理ができないことを智子ができて、智子が「No.」と言えば、総理が代わってしまうということだけは知っている。何も知らない総理は、智子が作成した、明日の記者会見の演技を鏡の前でカメラ写りを確認しながら練習に没頭していた。智子から「霊験あらたかな[養老の滝]の水を森林に囲まれて爽快な水しぶきを浴びながら、気持ち良く飲んでくださいね。」と言われていた。


 記者会見当日、総理が官邸玄関に出て来たところで、警備員同士の戦いが始まった。警備員に化けたテロリストが紛れ込んでいた。総理の身近な警備員も剥ぎ取られていく。育明は、総理も大事だが、体を張って智子を守っていた。総理の代わりはいるが、智子の代わりはいない。しかし、敵が多すぎる。育明も智子から離れてしまった。智子と総理だけが残った。総理に、警備員服を着た男達5人がかかってきた。それに割り込んだのが、智子であった。1人目は合気道で腕を取って一回転、空を切った。2人目は一本背負い、3人目は足を払って顔面に一発、右手にナイフを持ってかかってきた4人目は、手首に空手、脳天に一撃。5人目は、総理に銃を向けていた。智子はとっさに総理の前に飛び出し、胸元から銃を取り出そうとして止めた。誰かがビデオ撮っているかもしれない。威嚇射撃をしてから撃ったのでは遅い。ビデオを撮っているとしたら、あの角度。映らない方の袖から何かを飛ばした。相手の手首に何かが刺さっている。智子は一撃を食らわせると、鈍く光る何かを取って隠した。手裏剣? 忍者村で余興で手裏剣を見たことがあるが、実戦で命を守るために正確に使えるものなのか? 彼女はいつ、そんな業を覚えたのか? 練習できるとしたら、「智子の部屋」か?

 テロリストを全滅させたかと思った瞬間、何かが飛んできた。ダイナマイトだ。総理を車の陰に突き飛ばした。手裏剣では止められない。智子の銃が火を吹いた。命中したが、ダイナマイトの破片が智子に向かって飛んでいった。あわや、というとこで、智子に育明がかぶさった。育明の背中に何かが刺さっている。智子は「育明、大丈夫?」と叫んだ。育明は「いててて」と言いながら、特殊カーボン防弾チョッキから破片を取った。智子は、育明に抱きついて「ありがとう」と言った。育明は、愛の抱擁ならいいのになあと思った。そこにダンプカーが突っ込んできた。どこまで、テロリストは狙ってくるのか? 智子と育明はタイヤと運転席のテロリストの両肩を撃ち抜いて、車の陰に飛び込んだ。やっとテロリストの襲撃が終わったようだ。智子は総理を総理専用車に載せ、息を整えて運転手に出発を命じた。記者会見場まで、急がねば。

 しばらく車は順調に走ったが、何か運転手の調子がおかしい。黙って別のルートに入っている。智子と育明が車を停めるよう命じたが、運転手は黙ったままコースを外れていく。その時、黒塗りの装甲車が周りを取り囲んで、車を止めさせた。運転席のガラスを割り、運転手を引きずり出して、手と足を縛った。総理と智子と育明は、装甲リムジンに乗り移った。警察車両からパトライトを取り出し、装甲車に取り付けた。けたたましいサイレンを鳴らしながら、装甲リムジンは記者会見場に向かった。いつの間にか隊列が増えていた。上空はステルスヘリコプターが先導している。そこへ、小型ミサイルが飛んできた。止むを得ない。ステルスヘリコプターはミサイルを撃ち落とした。自衛隊でも警察でもないのに、彼らは、総理の特命で武器使用を認められている。智子の会社の特殊車両と警備員達が、総理の警護もしているが、実は、総理と同席している智子の警護が目的である。


「うまい水だ。水道水の安全基準を満たしている。」と、総理は、満面の笑みを浮かべながら処理水を飲み干した。記者会見は、福島原発処理水が地下トンネルに入る寸前の処理水採取地点で行われた。この水が安全であれば、もし、海水で10倍に薄められずに海洋放出されてたとしても安全ということになる。外国から、処理水ではなく汚染水だという批判を浴びた農水産物の輸入規制に対する日本国総理大臣の安全宣言だ。

 総理が水を飲む寸前に、育明が智子に耳打ちした。「コップが違う。総理が持っているコップは、雨水の放射能を検査するためのコップで、さっき雨水を採取したばかり。生中継なので、もう間に合わない。」 智子は囁いた、「処理水が飲んでも大丈夫なら、雨水だって大丈夫よ。水爆実験で放射能は地球全体に降り続いている。その中で、人間は生きていくしかない。今日は、黄砂も飛んでるから、ミネラルたっぷりで美味しいんじゃない。」

「総理、良い飲みっぷりでしたよ。」 智子に褒められて、総理はご満悦だった。気分次第で、何でもおいしくなるものだ。

 このビデオは世界に発信されて、誰も文句を言わなくなった。もちろん、総理の支持率は、うなぎ上りになった。

 総理は下痢もせず、快腸だった。智子はニヤリとした。「もっと凄い水を飲んでもらわないといけないかもしれないので、ミケ猫のコップに水を入れて、総理に飲ませてみようか? オンザロックもいいかな。」


 智子に報告が入った。「原発のハードディスクの隠しファイルに、次のようにある。当初、処理水の工事に不備があり、処理水を千倍に薄めないと放出できなかった。徐々に改良して10倍に薄めればなんとかなる所まで来た。その頃、放出の経路を決めなければならなくなった。他人に検査されるとバレるので、沖まで海底パイプをつなぎ、海水で10倍に薄めて放出することになった。現在は、処理水をそのまま放水しても大丈夫。だが、今更、処理水を放出するよりも薄めた方が世間の風当たりが少ないか、ということになっている。」彼女は、「浅知恵が世界をだまして怒らせている、だまし合いが信用できない社会を作っている。人が人を信じ合える世界を作らなければいけない。」と思った。


智子は、ふと声に出した。

「総理、世界中の人々に安全な水と食料を届けましょう!」

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