第9話

「この景色もあとどのくらい見れるのかカウントが始まってきているんだ」

「言っておくけど、私は殺しの手伝いなんかしませんから」

「ああ。君が関わる事ではないから僕一人で実行するよ」

「……今日はここまでにしようかな」


すると彼女は衣服を着始めて泊まらずに帰ると言いだし、玄関で黒のピンヒールのパンプスを履き、私と目が合う両肩につかまってきて次のように告げてきた。


「弟さんの手伝いはできないけど、それが終わったら記念に外でディナーでもいただきましょう」

「ああ。君も神に祈っていてくれ」

「今日はありがとう。じゃあまたね」


ドアを閉めてもその靴の音は廊下を響き渡らせるように鳴っていった。私は第三者にこんなにも家族の事を打ち明けたことがなかったので、標的としている弟の話をし終えた途端、いつになく体内の循環器官に悲嘆が駆け巡っていった。自分らしくないと思い、ベランダに置いてある空のワインボトルを床に叩き割り、右側の前腕にその欠けた部分を深く切り刻むように傷をつけていった。


やがて、数ヶ所に真紅の血が流れ始めて、痛みに堪えながら動脈の血管から次々と溢れて温かく私を染めていく。


この時、初めて自分が人間として生きているのを実感していた。こうして家族は自分たちの持つそれぞれの色を沁み込ませながら死んでいったと考えると、神が私を闇夜に照らしだす閃光の中に招き入れ、主と一体となれと呼び覚ましているようにも思えた。流れ出す血が手で押さえても止まらなくなっていき、バスタオルで止血をしてしばらく様子を見ていくと、ドアの閉まる音がしたので真正面を見た途端、顔のない弟の頭が目の前に現れて私にこう告げてきた。


「兄さん。これは一種の芸術作品だ。傷つけた腕の染まり具合がまだらに肌に潤いを与えている。あなたならもっと最高傑作をあみ出していけるよ。僕は応援しているから……一刻でも早く自供しろっ!!」


私は狂乱し絶叫した。やはり一日でも早く弟を見つけないと逆に殺されてしまう。窓を閉め、リビングやキッチンスペースのカーテンも全て閉めていき、キャスターの下に置いてある鎮静剤を取り出し、ワインボトルのコルクを開けて手を震わせながら飲んでいき、キッチンの上に散乱したまま開封してある袋からナッツ類をむさぼるように食べていった。

パソコンを開き、あれから事件の展開がどうなっているかニュースをつけていった。だが、真犯人として取り上げられている、佐枝美麗の初公判が近づいているという事項ばかりが報道されているばかりで、私が実行したあのことについては何も触れられてはいなかった。


持っていたボトルを床に叩きつけ、ガラスの欠片が飛び散っていくのを睨みつけては、本当の自分を晒し出す時が来たのかと思うと、「作品」たちがこの手の中から擦り抜けて、あの阪野警部補の得体の知れない獣に捕まえられたような鋭い眼差しで剝奪されていくのかと、畏懼いくにも覚える境地に陥りそうになった。幾度もなく気を鎮めようと鎮静剤を更に増やして飲み、シャワーで腕を洗い流した後、呼吸を深く整えながら気疲れした身体を労わるように眠りについていった。



数日後、署に出社すると中が慌ただしくなっていたので、近くにいた捜査官に声をかけると、新谷が自ら事情聴取をしてほしいと言い出し佐枝美麗の起訴を取り下げてくれと言ってきた。高橋係長が俺に聴取を担当してほしいと言い、取調室に行くと先に新谷が席に着いて待っていた。


「先日はどうも」

「そちらからお話したいことがあると聞き、なぜ俺を指名してきたのかを知りたいのです」

「阪野さん、早速ですが一連の無差別連続殺人事件の実行犯を知りたくないですか?」

「心当たりでもあるのですか?」


彼は一呼吸おいて俯いたまま視線を落としていた。


「事件当初、僕は被害者の方にお会いして相談に乗ってもらいたいことがあると言われたんです」

「何を言われましたか?」

「弟さんの行方を探したいのなら、私にと言って来たんです。その人は女性でした。大学を卒業しようやく就職先が見つかり生活も安定してきたころでした」

「協力というのは?」

「元彼の家族を片付けて欲しいという事でした」

「つまり殺人を実行したわけですね?」

「はい。僕は真っ先にその人と一緒に車でホームセンターへ行き練炭をいくつか買ってきたんです。その一軒家に着いた頃、誰もいない様子を見計らい一階の裏口玄関から侵入して、寝室の奥などに練炭を置いていったのです」

「置いたままでしたか?」

「その後の指示はなく、練炭に火をつけたのはその女性でした。それから夜中にかけて火災が起きて、ものの見事にが出来上がったのです」

「作品?作品というのは?」

「僕は神から与えられたものはすべて作品と呼んでいます。悪を殺した事がそれこそ作品の関りとなるのです」


新谷は三人目から七人目の練炭事件も同様に共犯として行い、七人目の被害者の男性の自宅に侵入した際に、男性に見つけられたところを持っていた刃物で八つ裂きに切り付け、まだ息をしている頃合いを見て練炭に火をつけた後家を出ていき火災が起こったという。焼けた遺体を見つけた時はそれこそが神が与えてくれた「作品」だと言い張っていた。

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