第7話

「お話は戻しますが、新谷さんの十代のころはどんなことを考えていました?」

「僕は一人でいるのが好きでよく岬の灯台から見える海を眺めていました。学校は嫌いではなかったのですが、あまり人と親しくしていると独り占めしたくなる性分があり、それに嫌気が差して海を眺めているうちに、その海と一体化するように両手を広げて潮風にあおられながら生きていることの正しさを覚えていったんです」

「そうですか。そういえば弟さんとは仲は良かったのですか?」


すると彼は表情が一変し、冷めた漆黒の目をしながら俺にその顔を向けてきた。


「あの子とは常に争っていたんです」

「争う?」

「勉学に関することや何をするにも自分が一番になっていないと気が済みませんでした」

「負けず嫌いというものでしょうか?」

「それもあります。彼が全道の統一テストでトップになった時、わざと言いがかりをつけては喧嘩もしたこともありました」


私は毅然きぜんとしながら阪野警部補に弟の話をしていたが、正直虫唾むしずが走るくらいにまともじゃいられない心情になっていた。弟はとにかく仔犬のように私の後をついてくるように懐いていた時期もあり、その頃までは兄として可愛がってあげていたのだが、小学生になってから父親から執拗以上に一流の大学に行けと叩き込まれるように、地獄の門をくぐり煮えたぎる海の中で永遠に泳がされていったように、机に向かってひっきりなしに勉学の虫にこびりついていった。

やがて私達は次第に兄弟という言葉がなくなり、深い亀裂が入り続けていき、成績を見せあうとその度にお互いをけなし合うようになっていき、そこには人間の姿などどこにも見当たらないくらい、顔のない猛獣と化身した。


その後、弟は私を追い越して慧敏けいびんになったかのように、家族は迂愚うぐだとののしり見放そうとしていった時母親が蒸発し、私達の運命が離散の道へと湾曲していった。だから私の中には家族の絆という世間一般で平穏さを求める相縁など、いつの間にか消えてしまったようなもの。

阪野警部補の語る一言一句がれた第六感に鋭い棘を真っ逆さまに突くようだ。


「新谷さん、疲れましたか?」

「すみません。ここ数日なかなか寝付けれなくてよく途中で目を覚ましたり、落ち着かないこともあったりして身体がいうことを効かないのです」

「少し休憩を取りましょう。一旦私は席は外します」


隣の部屋に入り巡査部長と生島が窓越しに彼の様子を観察し、手加減はどうかと訊かれるとまだまだ序の口だと返答した。


「新谷の奴、何か過敏になっていません?」

「家族の話をし始めていくと顔つきが変わっているのが私にもわかります。警部補、彼の家族はたしか信仰宗教の家柄だと話していましたよね?」

「ああ。キリシタンだと聞いている。別海にいた頃は周りには新宗教の人間はいなかったらしく、彼ら一家族だけがキリシタンだと言っていたな」

「信仰心の強い人ほど己の信念を曲げることなく、ひたすら神の道に全てを注ぐとも言われていますからね。これからどういう顔を覗かせてくれるか待つしかないでしょう」


俺が取調室に戻ると新谷は胸に手を当てて窓の方を向いていた。微かに唇が動いていたので何かを呟いている様子だったので声をかけると、気を整えていたと返答してきた。


「今日来ていただいた本題をこれから伺っていきます」

「僕はただの聞き取りしかしないと聞かされていますが、まさかまだ疑っているのですか?」

「できれば事件当初の頃にどこにいたのかを聞きたいのです」

「事件とは関わっていない僕が、ここまであなた達と付き合わされるのもあまり納得のいかないことです」

「これだけの規模の事件ですので、もしかしたら複数での犯行があった確率も高くなりそうなんです。日数を置いてもう少しだけ我々に協力をしていただきたい」

「今回の事件のニュースを見て、僕でさえ痛ましく感じています。何の罪のない人たちが巻き添えになっていってしまったのが、神様もどこかで悲しんでいるに違いありません」

「あなたは仏教徒ではないのですか?」


「はい。元々は祖父母の家系が長崎に住んでいてコンフラリアというキリシタンだったらしいんです」


「かなり昔の話ですね。今となってはもうなくなっているはずですが?」

「北海道に渡ってきてからはキリスト教に回心したんです。潜伏しながら生きていると生きずらさも感じてくると思い、一層のこと心を入れ替えて後世に残していくようにと願い続けていたらしいです」


新谷の背中に顔の見えない誰かが立ちすくみ彼を抱くように優しく微笑んでいるのが感じられてきた。まるで彼の慈悲を認めてあげなさいと囁かれているように引き込まれそうになった。


「では、今日のところはここまでにしておきましょう。次の日程を決めますので別の巡査長と話をしてください」

「わかりました」


席を立ち外へ出ようとした時彼は俺を呼び止めた。


「阪野さん」

「何か?」

「あなたには誇りに思える家族はいらっしゃいますか?」

「家族はいますが、あなたのように何かに信仰していることはないので、どこにでもいるようなごく一般の家族だとは言えます」

「そうおっしゃっても、お子さんたちは阪野さんにどう愛し愛されたかいか、考えていらっしゃるのではないでしょうかね?」

「仕事とプライベートは分けているので、これ以上お話しすることはありません。では」

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