人間賛歌は「勇気」の賛歌なら、ステータスは残念な概念

 努力ができる奴ってのは凄いよな。どれだけ困難な壁にぶち当たっても、それを乗り越えようと試行錯誤を繰り返し、力を蓄えていく。越えるべき壁が高けりゃ高いほど、途方もない時間と労力が必要になるのは自明で、だからこそ努力ってのは難しいんだ。


 でも、努力を困難たらしめているのは、それだけじゃない。人間が努力を忌み嫌う本当の理由は、努力を続ける過程で「この決断は本当に正しかったのだろうか」という迷いが生じ、また「このまま努力を続けようが、いつまで経っても実を結ばないのではないか」と怖気づいてしまうことだ。


 努力の成果は、一朝一夕で手に入るものではない。将来を見通した、未来の自分への投資ともいえる。だが、皮肉なことに、将来のことを考えれば考えるほど「努力が無駄になったらどうしよう」というブレーキ思考が働いて、努力しようとする自らの意思を阻害する。しかし、そんな恐怖を克服し、我が物とすることで、前を向いて、勇気を持って物事に打ち込むことができるんだ。人間賛歌は「勇気」の賛歌ッ!!──波紋使いの男爵もそう言ってたろ。


 近頃の小説の流行というか、創作における一大ムーブメントとして、異世界に密入国しては「ステータス・オープン!」とか調子乗ってる主人公クソガキが居るな。そいつは異世界で無双するストーリーを繰り広げるべく、多種多様な所謂とやらを手に入れては「あれ、僕また何かやっちゃいました」と鼻高々に言い放つ訳だ。時に、その手の物語において、もし僕が「一番羨ましい能力は何か」と問われれば、それは空を飛ぶ能力でも、火を起こす能力でもなく、ひとえに「自分の力量を計れる能力(ステータスを知ること)」だと思う。


 人間が強くたくましく精神的に成熟し、身体的な技術や能力を成長させていく過程において、必要不可欠となるたゆまぬ努力は「失敗するかも」という恐れや「このまま続けていても望み通りの結果が得られないかも」といった迷いによって妨げられる。だからこそ、努力というのは難しく、努力できる人間の尊さや偉大さが強調されるのだというのが冒頭の話だ。


 では、異世界転生して自分のステータスをいつでもどこでも知れるようになった転生者チーターはどうだろう。腕立て伏せを10回繰り返して、自分のステータスを表示して、筋力のパラメータが上がっていたら「よし、この調子で頑張ろう!」となる訳だ。本を一冊読んでステータスを確認して、知力のパラメータが上がっていたら「賢くなってる! もっと本を読もう!」となるな。要するに、人間の成長要素である努力の過程において、最も困難なモチベーション維持を自分ひとりで無限にできるんだ。とんでもないチート能力じゃないか?


 僕が異世界転生モノにおける主人公を好きになれない主な理由は、まさにコレ。努力は勇気の証だが、この手の主人公がする努力には勇気が備わっていない。ただのズルだ。そこに人間味なんて1ミリたりとも存在してない。


 というか、これは僕の個人的な先入観や偏見である可能性もあるのだが、異世界ファンタジーというジャンルは、それ即ち「RPG風ゲームの世界」であるというのが暗黙の前提みたいに取り扱われているのは何故だ。何の説明もなしに、いきなり世界に「勇者」と「魔王」が存在していることに誰もツッコミを入れないし「魔法」の存在に驚きもしない。良く使われるステータスにおいて、主人公の能力がアルファベットや数字などで定量化されていることも疑問だし、そもそも何故当たり前のように外国人風異世界原住民と日本語で会話が成立してるんだ?


 やはり、昨今の異世界ファンタジーというジャンルは、量産化され、陳腐化されている現状、世間に謂わば当然のものとして受け入れられていることにより、以上の疑問には作中で答えなくても良い、あるいは読者の理解を得られて当然であるという風潮が根付いているように思えてならない。気に食わないな。


 僕は全ての疑問に答えが欲しいタイプだ。というか、様々な違和感を抱えながら小説を読むことはしたくない。ただ、裏を返せば、そのような細かい疑問も懇切丁寧に解消しつつ、読者に違和感を与えないようテンポ良くストーリーが展開されていく異世界ファンタジーがあれば、個人的に興味深いと思える。もしそのような作品が存在していたら、誰かおすすめしてほしい。


 とにかくだな。ステータスという残念な概念に頼り切り、自身の成長が可視化された世界に胡坐をかき、日々迷いを断ち切り恐怖を克服しようとしている現代世界に生きる全ての人々を馬鹿にしたような成長速度で、あたかも「努力してます」って感じを醸し出す昨今の異世界モノ主人公、僕はお前が大嫌いだ。


 ──おしまい。

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