第6話 犬は家の中で一番若い人のひとつ上の立場だと思ってる
ヤマトはサツキとメイにじゃれつこうとして猫パンチの洗礼を受け、この家における上下関係を理解したらしい。
ていうか、私の言うことはあんなに聞かなかったのに猫には既に服従ってどういうことなの!?
「ほらユズもヤマトの訓練しないと。ステイは最初は2.3秒でいいのよ。やってみなさい」
私がプロテインを飲み終わったのを見計らって、ママが犬用おやつを一粒渡してくる。それを左手に握って、私はヤマトと向かい合った。
「ヤマト、お座り」
……しかしヤマトは後ろ足で自分の鼻の辺りを掻いている!
「ヤマト、お座り」
……しかしヤマトはあくびをしている!
「……できません」
「ググれ」
「ググったらできんのかーい!」
「ググりもせずにできませんって言うのかーい!」
……ぐぬう。こう言えばああ言う!!
うちのママは理解あるオタクなので、こういうノリの時は同じノリで返してくれる。面白いし基本優しい方だと思うけど、勉強することに関してはちょっと厳しい。
私は仕方なくスマホで犬への躾の仕方を調べた。
小さい頃飼ってた犬は物心ついたときにはもうママによって躾済みだったから、お手もお座りもステイも何もかも教える必要が無かったんだよね……。
ママが躾けた方が早いんじゃ? って思うけど――多分それを言った途端、ヤマトは「ママの犬」になる! それは嫌! あんなに走り回ったのに! こんなに可愛いのに!
「ヤマト、お座り」
ヤマトがペタッと座った瞬間に私は言葉を被せる。そして「グッド!」と褒め讃え、ドッグフードを一粒。
茶番だなあと思うけど、これを繰り返すことで「座る」という動作と「お座り」というコマンド、そして言うことを聞くとご褒美がもらえるという事が繋がっていく。
ええ、ググって勉強しましたとも。テイマーになりたかったんだし、将来は動物に関わる仕事をしたいと思ってるしね。
ステータスのせいなのかわからないけど、お座りは3回繰り返したらマスターしてくれた。
その次は「ステイ」。
お座りさせた状態で飼い主が正面に立って2~3秒待たせて、それからご褒美をあげる。お座りが出来てる間にご褒美をあげるのがコツ。
……らしいんだけど!!
「クゥ~ン」
私の手の位置が近いのか、座った瞬間ご褒美持ってる左手をペロペロし始めるヤマト。待つことが出来ない。
左手をぎゅっと握って堪えてたら、ガブッとされましたよ。
もちろん、流血の大惨事。STR120よ? ゴブリンワンパンよ? 咄嗟に悲鳴を飲み込んだ私、物凄く偉いよ。いや、悲鳴上げた方が教育のためには良かったのかもしれないけど。
「ノー!」
そんな時私までドキッとするほど鋭く響くママの声。ヤマトはビシッと座り直し、私の手を解放した。
「水道水でよく洗って、血を絞り出して! その後でポーション掛けなさい!」
「イエスマム!」
すっごい痛かったけど、一噛みでHPが0になったりしなくて良かった……。ヤマトは、これでも凄く手加減したんだよね。
多分、甘噛みのつもりだったんだと思う。STR120のせいで甘噛みが甘噛みにならなかっただけで。
緊迫した空気に気づいたのか、ヤマトは自分がいけないことをしたとわかったらしい。しょんぼりと下を向いて、体をブルブルさせている。
私は救急箱から急いでポーションを出して、ヤマトの目の前で傷に掛けて見せた。見る間に血が止まり、痛みも止まる。
まあ、常備薬のポーションはここまでで、歯で空いた穴までは塞がらないんだけど。
「ヤマト、ほら見て。もう痛くないよ。いけないことしたね、わかったよね」
ヤマトは私の手の傷を一生懸命ペロペロと舐めてくれた。ああ、この子、優しい子だ。
そんなヤマトを抱きしめて、体中をなでなでする。空気読まないところもマイペースなところもあるけど、今絶対私のこと心配してくれてる。
ヤマトは、優しい良い子だよ。
「大丈夫だよー。私はヤマトが大好きだよ。でも人間と一緒に暮らすにはいろいろルールがあるからね、それを憶えていこうね」
「キューン……」
人間の言葉がそのまま犬に通じるわけじゃないけど、声に出して言うことできっと伝わる「何か」があると思う。だから私は「大好きだよ」と繰り返した。
ヤマトがうちに来て初めての日は、レッスンはここまで。この後お風呂に入れて、ふっかふかにしてやったよ。
夜寝ようとしたらケージの中で寂しいのかキューキュー言うから、ママには内緒でこっそり出してあげたら、私のベッドで添い寝してきた。
……でもそこはサツキの定位置なんだな。ヤマトは鼻に強烈な猫パンチをお見舞いされ、私の足下で寝ることに妥協したみたいだった。
右脇の下には丸くなって寝るハチワレのサツキ、足下にはサツキとあまり大きさが変わらないヤマト。
温かくて可愛いなあ。多分ヤマトが大きくなると私の寝る場所なくなってくる気がするけど……。
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