輪廻転生
しゃむ
輪廻
『みなさんは"輪廻転生"を信じていますか?……いえ、もはや信じているか信じていないかは関係ないのです。
この度我が国の科学はまた一歩進歩し、人間の"魂"の抽出、その技術を応用して遂にその"輪廻転生"を実現させることに成功いたしました!臨床実験は成功済、安全性も確保できています!』
『臨終の恐怖に怯える時代は終わりを告げました!これからは末永く、貴方の、大切な人との人生を過ごせるのです!』
『私達は皆様の"永遠の命"をお約束いたします!!』
***
輪廻転生。死を繰り返しては何度も生まれ変わり、魂のサイクルが廻り続けること。
約三世紀前、スピリチュアルとして語られていた思想が突如として実現してしまった。なんと発端はこの国。
その輪は爆発的に世界へ広がり、今や永遠の命は義務と化している。もちろん俺もそうだ。もう死なない。
例え不治の病に罹ろうと、事故で脳みそを潰されようと関係ない。奴らが"魂"と呼ぶ各々の脳波や精神。それ定期的に採取し、有事の際に人工の『
つまり見た目が変わるだけで中身は本人そのもの、身体だけそっくり健康になって何もかも元通り。ああ、なんて――、クソみたいな世の中だろう。
減ることがなくなった人口はこの三百年で何百倍にも膨れ上がった。それこそ科学の力で食料は生み出せたとして、人々が住む土地は有限なのだ。陸も空も海も、殆ど埋まってしまって。もはや宇宙生活もスタンダードになりつつある。
ここは空地区。なのに、窓から見えるのは建造物ばかり。どんなに
気分が晴れない、憂鬱だ。
「あ゙ーークソ、終わんないっすねぇ……」
深夜のオフィスで後輩と二人、残業。信じられない量の仕事を押し付けて皆帰ってしまった。三世紀経ってもこれだけは変わらない。ずっとそうだ。
時計の短針は、無慈悲なことに日付を跨いでも進み続ける。
「……明日までに終わる方が可笑しいだろ、こんな量……。ったく、死んでも生き返るからって、この会社も人使い荒すぎなんだよな」
死んだとてまた生き返る。だから人々の死への価値も変わり、命を軽く扱う奴も当然増えるというワケ。輪廻制度制定前に比べていじめとかパワハラとか、残虐な事件、更には不注意が原因で肉体死亡に繋がるケースが倍増しているのだ。
なんなら、見た目に不満を持つ人が自ら肉体を手放し、新たな器へと移るケースも多いという。身体能力やルックスは金次第。普通の保険料なら器はランダムで決まるらしい。美形からそれ以外まで、様々。
「こっちから死んでもどうせ元通りですもんね……ハハ、俺何のために生きてんだろ」
「だよなぁ。お前、もしかして
「そりゃありますよ。結局、無駄に痛い思いした上に罰金取られただけでしたけど。やっと前の会社辞めてこっちに来てもまたブラックですし……。と言うことは先輩も?」
「……輪廻制度なんて無くなればいいのにな」
何年か前まであんなにフレッシュだった後輩もすっかり荒んでしまった。もうこの体も過労死寸前なのではないか?
「ねぇ先輩……先輩は"転生"、したいですか?」
キーボードを打つ手を止めて、机に倒れ込みながら こちらを見上げた後輩。
効率化のために休憩は必要だよな、うん。
こちらもほぼ止まっていた手を止めて背もたれに体重を全て預けた。
「無理だよ、無理無理。転生なんていくらかかると思ってんの。こんな無休低賃金な会社じゃ夢のまた夢。
「…………はあぁ゙ー、仕事探す暇があれば寝てたい……」
共感の音しか出ない。
"輪廻"は義務だが"転生"は任意だ。こちらも追加で金を積めば性格や見た目だって思いのまま。本物の金持ちだけが前世の有益な記憶だけを持って生まれ直せる。
それこそまさに、流行りの転生系漫画のような。
金が無いヤツは死ぬことも生まれ直すことも許されず、この地獄を生き続けるしかないのだ。
昔、どうにかこのサイクルから逃げようと身を投げた。が、あれは本当に止めておいたほうがいい。
「一昔前じゃ想像もつかない世界になっちまったな。社長なんてほぼ毎週知らん
「ホントホント……。俺の両親も貯金はたいて美人の器に移ったし。写真見たら別人だったんでびっくりましたよ」
「ハハ、このごろ老人もすっかり見なくなったもんなぁ。二十代に見える四百歳代だってザラにいる。もう見た目じゃ年齢なんて分かんねぇよ」
「もう俺らも若く見えるけど実際、三百歳すぎてますもんね。…………金貯まるまで働くしかないのかなぁ……」
「……余計にしんどくなるから考えない方がいいぞ」
予期せず一気に重くなった会話の隙間にふと、誰かの短いバイブ音が挟まった。
俺のスマホからではないから後輩のだろう。
「お、こんな時間にメール?もしかして恋人?」
「いやいやそんな暇あるなら寝てますよマジで。
俺、ニュース速報の通知オンにしてるんすよ。少しでも現実逃避になると思いまして」
「なるほどな、頭良い。俺も真似しよ……」
良いライフハックだ。通知確認するフリして少しサボれるもんな。
しかし酷使しすぎた目がボヤけて、設定画面を開いても何も読めないので今日は諦めた。
それはともかく、いつも毒気混じりだが饒舌の後輩が黙って画面を見つめたままなのが気になる。本当に現実逃避に走ったのか、それほど興味深いニュースだったのか。
その間にコーヒーでも買ってきてやろうかと席を立ったところ、いきなり凄い勢いで袖口を掴まれて軽くつんのめる。何だ、一体何事だ。
「先輩、これ!」
やや興奮気味に画面を突き出された。が、やはり眼球疲労のせいで差し出されたスマホの文字がすぐには読めない。眉間にシワを寄せてアピールすると、
「輪廻制度が……!
「…………はぁ!?」
検索も難儀だ。そうだと思いついて、俺らが必死こいて働いてる間に上司がサボる用の娯楽テレビを急いでつける。まさかこのテレビが役に立つなんて。
『――速報です。世界に爆発的な広がりを見せた輪廻装置が、三ヶ月ほど前から無通告で停止していることが判明しました。責任者とは音信不通、研究者も全員転生装置を使用して姿をくらましたかと見られます。
現在までの三ヶ月間、世界人口のデータを見ると、このようにグラフは大幅に減少し続けています。失われた命の輪廻は行われませんでした。繰り返します、輪廻は行われません。従来のように命を投げやらないで下さい。繰り返します――』
スタッフの指示や足音がお構い無しに飛び交う深夜のニュース番組。現場はかなり騒然、他のどのニュース番組でも同じような映像が流れていた。
二人でそれを唖然と眺め、自然と顔を見合わせては、耐えきれずに両者からは笑みが溢れた。
「あっははは!!マジで!?すっげぇ!」
ひとしきり笑って、ハイタッチをしたりして、子供のようにはしゃぎ回った。今日中に片付けなければならない書類は全部床に散らしてやった。
最高の気分だ。久々に生きた心地がした。
「やりましたね先輩!!俺、どれほどこの日を待ちわびたことか……今までの疲れが全部吹っ飛びましたよ!」
「俺もだよ!ああ、輪廻なんてクソ喰らえだ!――行こうぜ!!」
「はいっ!」
窓を開けると、強い風で書類が何枚も外へと舞っていった。それを追うように二人で窓枠から飛び跳ねて、落ちる。
空知区の建物はとびきり高い。これなら死ねる。確実に死ぬ。ようやく
「見ろよ、真下。もう夜明けだぜ」
「本当だ。朝焼けなんてもうだいぶ見てないなぁ。顔を上げてもほとんどビルの側面ですし。土の上じゃなくて、どっかの屋上で発見されるかもですね?」
「いいよ、それでも。どうせ全部終わるんだし」
やはり生物の性は覆せないのだ。どんな生物でも、寿命があるからこそその限られた時間を精一杯生きようと思えるのだ。明日を生きる活力が湧くのだ。
蝉なら一週間、犬なら十年。人間ならせいぜい百年。それぞれが適応した寿命のその先なんて、本来あるべきではない。この数百年で痛感したのだ、俺たちは。
「めっちゃ頑張りましたよね、俺たち。やっと報われるんだ……」
「そうだな。けど、一回はお前と飲みに行きたかったな」
「あは、俺もです。言われてみればそんな余裕ありませんでしたね。
――それはそうと、輪廻転生ってホントにあるんすかね?あるんだったら俺、来世は絶対飼い猫になりたい」
「そりゃ良いな。来世ではたっぷり寝てくれ」
これは無理に生物としての枠組みから外れようとした政府への罰だ。
「……で。もう一回聞きますけど、先輩は"転生"したいんですか?」
あぁ、そうか。もう金が無くても生まれ直せるかもしれないもんな。
「俺?……俺は――」
でも俺は、永遠のノイローゼが続くなんて、もう御免だな。
***
『――輪廻制度が制定されておよそ三百年。三世紀に渡り廻り続けた人類の輪廻の輪は突如として失われました。その背景には、抱えきれなくなった人口と莫大な器の管理費用、凶悪犯罪増加などの負担が重くのしかかっていたようです。
永遠という縛りが無くなった現在、たった数日で世界人口の約四分の一の方が亡くなっています。同時に、人々の自殺が世界規模の問題に浮上しました。遺体を見つけた場合は近付かず、消防などに通報してください。
また、悩みを一人で抱えずに、家族、友人、または政府の電話相談窓口で相談して下さい。番号は――……』
輪廻転生 しゃむ @nekocat222
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