第33話
歌うのが大好き。なのに、どこ寂しいような気がする。
音は駆け上がるように天に向かっていき、わたしはだんだん音の中に自分の意識が溶けていくように感じた。
始まるまではあんなにいろいろ考えていたのに。
嘘のように心が凪いで、ただわたしは音を奏でるからくりになったような。
なのに今ここで音を奏で、試しの儀式を受けている自分を、もうひとりの冷静なわたしが見つめていて、どんな細かい違和感ですら見逃さないような、そんな感覚。
風は琵琶琴の高音に合わせるかのように、爽やかに髪をゆらし、低音は不思議とこの胸の鼓動を踊らせる。
「すぅ」
息吸い、この声を響かせ始めたその瞬間。
静まり返っていた周囲の審査官たちが身じろいだのが目の端に映った。
ーーどうか彼方(かなた)は安らかに
ーーどうか彼方(かなた)は安らかに
わたしが歌うことにしたのは、父と母のためにさんざん心の中で口にした『唄』だった。
優しい陽だまりのような調べ。
一節だけを歌ったところで、ふと顔を上げると雲間が切れて柔らかな陽光が差し込んできたのが見えた。
偶然、その光はわたしを温めるかのように、この儀式を行っている泉に向かって降り注ぐ。
この『唄』の根底にあるのは、愛しい人を亡くした悲しみ。
ーー今は離れし天地の此方(こちら)
どの『唄』にするかは魅音と何度も話し合った。
結論として、わたしが一番思い入れのある、大切な人への気持ちが深い『唄』を選ぶことにした。
亡き人を見送り、冥福を祈る唄。
そんな『唄』を選ぶのは、栄えある儀式の場には相応しくないかもしれない。
けれど、わたしが一度目の試しの儀式では、歌うことすらできず、そして、あのころ一番に歌いたいと願っていた『唄』だからーー。
いずれ其方(そちら)へ旅立ちて
静かな眠りを乞(こ)い願う
わたしの喉をふるわせて、優しい響きがこの空間に広がっていく。
いつものように、わたしの体がじんわりと温まっていく。
「お……おぉ……」
誰かの言葉にならないため息と共に、ちょうどほころびそうだった花が開いた。
それをやさしく揺らす風。
音の波。
そうーー、きっとこの唄は大地に染み込んで、空を漂う雲にのり、お父さまやお母さまにも届いているはず……。
どうか、安らかに、穏やかに見守って欲しい。
ふと気がつくと、わたしは『唄』をすべて奏で終わっていた。
そして、恥ずかしいことに、その時になってこれが試しの儀式だったことを思い出した。
歌に夢中だったから。
「あっ」
儀式のことがどこか頭の片隅に追いやられていたのだ。
周囲には何人もの人がいるのに、誰もがしんと静まり返っていて、呆然と口を開かない。
その静寂はどういう意味か。
(そんなーーもしかして……)
わたしは真っ青になった。
振り向くのが怖いけれど、もしかすると、一枚も札が染まっていないのではないかしら……。
その時だった。
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