第19話



    ⌘ ⌘ ⌘



 わたしたち三人は卓を囲んで、夕食の時間をもった。寄り合い所からは、子猫や楽器などの荷物と一緒に、伝言でわたしはこちらを手伝うことにすればいいと言づてがあったそうだ。

 子猫は興味深そうに薬師の家のにおいを嗅ぎ回っている。あまり薬品をいじらないよう、腕に抱き上げると、少しだけ不満そうに「ふにゃ」っと鳴いた。



「黄蓋、もう我々の手が必要な治療段階は乗り越えたと思うが、どうだ?」


「俺もそう思うっすよ」


「ならば、ここは薬師どのの采配に任せて、我々はやるべきことをやらねばな」


 銀狼と黄蓋がふたり顔を合わせて頷きあう。


「やるべきこととはーー妖の封印ですか?」



 彼らから、分からないことがあったらいつでも質問して良いと言われたので、わたしも小さな声で尋ねてみる。

 すると銀狼ができの良い子を褒める教師のような顔で笑った。



「良い質問だ。確かに我々はこの村を拠点として妖の封印を行う」



 そこでわたしは妖封じのための段取りを教えてもらった。簡単に言えば、宝玉が嵌った剣か弓矢などで妖の心臓を貫き、宝玉の力を放って『災い』の瘴気や影響を相殺するのが封印の手順なのだそうだ。


 ただ、どうしても抵抗してくる妖をある程度弱らせなければ、物理的に心臓にまで切先を迫らせるのは難しい。


 そのため、妖封じは武術の心得がある軍人でも、数十人がかりで行うことが多かった。それを、妖封じに特化した守護術師だと、ふたりや三人でこなしてしまうのだから、いかに守護術師が『災いの獣』にまつわる場面で特別な存在かを実感してしまう。


 この村は幸運だった。妖に襲われたのが、銀狼と黄蓋がたまたま訪れる時だったなんて。



「承知しました。わたしにできることがあれば教えてくださいね。……なるべく無理は致しませんので」


「なるべくってのは心配だがな! 姫さんの心意気は買うよ」


 ニコニコと笑って黄蓋が応援してくれた。

 けれど、決してわたしを積極的に参加させたいわけではないのもわかった。


「ーー正直、貴女にはまだ危険を冒してほしくない」


 対して、銀狼はさらに慎重だった。言葉を選びながら、説明してくれる。


「だが、その気持ちはありがたく思う。何かあったときには、きちんと相談しよう。だから、ひとりで先走らぬように」


「はい、心に刻みます」



 とても妖封じの場に同行できるような能力はなかったし、わたしも足手まといにはなりたくない。

 彼らが戻ってきたときに、温かい食事を用意しておかえりなさいと言えるように準備をしようと思っていた。

 けれど、その予想は望まない方向で裏切られることになるーー。




    ⌘ ⌘ ⌘




「逃げて……!!」


 妖の襲撃は明け方だった。

 薬師の女性が駆け込んできたことで、わたしたち三人は跳ね起きた。



「妖が……っ、妖が!」



 黄蓋が彼女を扉の内側に迎え入れると、ガクガクと震える彼女は膝からくずおれた。なんとか黄蓋が抱き止める。怪我はないようだが、とても急いできたのだろう、まだ呼吸が落ち着かず、真っ白い顔をしていた。



「森に……妖がまた出てっ! 村のすぐ近く……薬草の補充のためにこちらに向かう途中で…」


「分かった。知らせてくれて助かった」



 黄蓋と銀狼は顔を見合わせて頷き合って、わたしに薬師の震える体を託すと、外していた荷物や装備をつぎつぎと身につけていく。

 そのなかに剣や宝玉も見えて、彼らがすぐにでも妖を封じるために向かおうとしているのが分かる。


 それを横目に、わたしは毛布で薬師殿を包んで椅子に座らせる。

 彼女の背中をさすると、かすかにまだ震えているのが分かった。


 無事だったとは言え、たまらなく恐ろしかっただろうーー。


 わたしは、彼女の背中に幼い自分が重なって見えた。

 自分の力ではどうにもならない出来事に直面してしまったとき……、両親が冷たく横たわっているそばで、わたしはただ震えるしかなかった。動くことも出来ず、声も失い、ただ見つめているだけだった。

 けれど、彼女はこうして知らせてくれた。


 短時間で準備を整えながら、二人は慌ただしくこれからの方針を話していたようだった。



「まずは薬師殿の足跡をたどって、妖の痕跡を探すとしよう」


「こんなに早く、次の襲来があるなんて聞いてねぇぜ。通常なら大暴れしたあと三日は妖も疲れて大人しくしてるっつーのに」


「致し方ないだろう。もう少し地形を把握してからにしたかったが、予定通りに見つけたら二人で村から引き離しながら追い込んでいくしかないだろう」


「銀狼坊っちゃん。もしかして、これはまた……」


「そうかもしれないが、まだ確かめようがない。最新の注意を払うしかなかろう」


 そして私に向き合って言った。


「状況は予測がつかないが、わたしたちはこの家から森に向かう。薬師殿とこの家から出ないように」


「はい。どうかご無事で」


 

    ⌘ ⌘ ⌘

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る