第2話

雨が降っていた。

朝起きても、玲奈からのメッセージが何もない、玲奈がこの世界からいなくなって7日目の朝だった。

一階に下りて顔を洗いに洗面所に行くと、先にお父さんが顔を洗っていた。軽く挨拶を交わして、お父さんと交代して顔を洗おうとするとき、少し引きとめられたけど結局何も喋ることなく洗面所を出て行った。何か言いたいことがあったんだろうけど、考えるのがめんどくさくなったから、私は気にせず顔を洗った。

キッチンに立つお母さんに挨拶をして、食卓につく。いつもと変わらない朝ごはんが用意されていた。私はいただきますと手を合わせてトーストを一口食べた。

朝食を食べていると、お母さんがホットコーヒーの入ったカップを持って私の前に座った。

ちらっとお母さんを見ると、お母さんも私を見ていた。


「彩衣、今日出かけるのよね」

「うん、お昼過ぎてから行こうと思う」

「そうなのね。はい、これ」


何気なくお母さんが差し出してきたのは、一つの封筒だった。受け取って中を見てみると、一万円札が1枚入っていた。私は驚いてお母さんを見る。


「これって・・・・・・」

「ちゃんと、玲奈ちゃんとお別れしてきなさい」


それだけ言うと、お母さんはお父さんのみていたテレビをみて笑った。

 お昼まで自室で過ごしてから、私は制服に着替えて、一階の洗面所で髪を整えた。

自分の部屋で必要なものを鞄に詰めて、リビングにいたお母さんとお父さんに声をかけてから玄関を出る。

玄関を出ると少し大粒の雨が静かに降っていて、制服のスカートにいくつかの水玉を作った。私は雨の中、傘を差して歩いて玲奈の家に向かう。

道中に、玲奈と遊んだことのある公園だったり、思い出のある場所の前を通るたびに玲奈との記憶が頭を巡らせた。

 何度も遊びに来たことのある玲奈の家の前に着いて、私は1回深呼吸をしてからインターフォンを押した。少しだけ時間が経ってから対応があった。


「・・・・・・はい、どちらさまですか?」


聞き覚えのある声。いつもより曇ったような声だけど、玲奈のお母さんだ。

私は名前を名乗って、玲奈に最後の挨拶に来たと要件を伝えた。玲奈のお母さんはちょっと黙ったあと、『そう、ちょっと待っててね』とあって、インターフォンは切られた。

少しの間玄関で待っていると、玲奈のお母さんが出てきた。前に会ったときより、少し痩せていて顔色も悪かった。挨拶をすると、いつもよりぎこちない笑顔を浮かべて、お母さんは私を迎え入れてくれた。


「突然おしかけてすいません。本当はすぐに来たかったんですけど、どうしても心の整理ができなくて」


私の言葉を聞いて、お母さんはまたぎこちない笑顔で笑った。


「大丈夫よ、今は私しかいないから。きっと彩衣ちゃんが来てくれて玲奈も喜ぶわ」


 靴を脱いで家に上がると、前に遊びに来たときよりも家の中が静かで、寂しく感じた。


「先にお参りをする?」

「はい」


その言葉に頷くと、私はお母さんに畳みの部屋に案内された。私はそこで見た光景に一瞬足が止まったけど、覚悟を決めてゆっくりと様々なものが置かれた木製棚の前に座った。

お母さんは、棚の下の方からマッチとろうそくを取りだして、ろうそくに火をつけた。


「玲奈、彩衣ちゃんが来てくれたよ。良かったね」


 それを棚に置かれた遺影に向かって小声で言うと、お母さんは私の後ろに座り直した。

 目の前にある玲奈の遺影と、私は向き合う。

 生前の玲奈の姿が頭に浮かんで、今にも笑った声が聞こえてきそうな笑顔の写真。

 駄目だ・・・・・、どうしても目を合わせられない。

 私は名前の知らない金属のお椀のような形をした道具で音を鳴らして、手を合わせた。

どうしてだろう、手を合わせている間、私の前に玲奈がいる気がした。

 私はお参りが終わってから、お母さんの方に向き合う。


「あの、実は私、玲奈がいじめられていること知っていました。黙っててごめんなさい」

「・・・・・そうなの」

「はい、ごめんなさい」

「・・・・・いいのよ。ごめんなさいね、つらい思いさせて」


お母さんはそう言って、私のことを抱きしめた。

その瞬間、私は涙が止まらなかった。

絶対にお母さんのほうがつらいはずなのに。

大切な家族が、子どもが死んでつらいはずなのに、お母さんは私が落ち着くまで何も言わず抱きしめてくれた。


「・・・・・大丈夫?」

「・・・・・はい、ありがとうございます」

「実は今日、彩衣ちゃんが来たら渡そうと思っていたものがあるの」


お母さんはそう言って、私の前に『彩衣へ』と書かれた封筒を出した。


「・・・・・・これって」

「そうよ。玲奈が彩衣ちゃんに残した手紙、家に帰ってからでもいいから読んであげて」

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