第5話 名前負けの男
「こほん。気を取り直して……なんの話してたんだよ真尾ー」
痛みから復活したそいつは、またもなれなれしく俺の肩に手を回してくる。
もういっぺん裏拳打ち込んでやろうか。
昔からそうだ……こいつには、何度痛い思いをさせても、へらへらと絡んでくるのだ。
もう、抵抗するのも疲れてしまった。
「なんでもない」
「うそだー。てか、真尾お前かなり話題になってんぞ?
入学初日……いや入学前から女生徒に告白したおもしれー奴」
「俺はやりたいと思ったからやっただけだ」
「はぅ」
まあ、思い返せば……多少やり過ぎだったような、気が、せんでもない。
かといって、俺の心を動かすような女だ。いつ、他の男に目を付けられるかわかったもんじゃない。
そうなってしまったらと、考えるのも嫌だ。
「他の男に取られる前に、俺のものにしようと思っただけだ」
「はぅ!」
俺の宣言に、そいつは一瞬面食らったような表情を浮かべ……
「あっはははは! お前はそういうやつだよな。いや女の子に告白するのは初めてだけど……
言いたいことは、遠慮がないって言うか」
なにを、俺のことを知ったように。
……まあ、その評価で間違いはないのだが。
言いたいことは言う、やりたいことはやる。それが俺だ。
「それにしても、まさかの如月さんとは……」
「お前も知ってるのか」
「逆に知らないのに告白したのか、お前は」
「俗に言う一目惚れというやつだな」
「はぅ!!」
こいつとは中学からの付き合い。よく、俺にくっついてきていた。
かといって、俺以外に周りに人間がいなかったわけではない。むしろ逆だ。
こいつの周りには、男女限らず人間が集まっていた。
そんな奴が、なぜ俺に付きまとっていたのか、謎だ。
「如月さんといやあ、この辺じゃ有名だぜ。なんせあのお嬢様学校の……」
「ねえ、いつまで光矢クンを独り占めしてるのさ」
「……? おや、どこかから声が聞こえるかと思ったら……小さすぎて気づかなかったぜ」
「っ……アンタも、人の神経を逆撫でする図々しさは相変わらずね」
……なにやら、あいとこいつの間に、火花のようなものが見える。気のせいか?
そう言えば、先ほど知り合いのようなことを言っていたな。
ええと、確かなんだったか……
「二人は、腐った関係なのだったな?」
「言い方!」
二人して、それは違うと否定してくる。
なにか違ったらしい。
「腐れ縁。……小さい頃からの、まあ、幼馴染ってやつだよ」
「幼馴染……」
幼馴染……そのワードに、懐かしいものを感じる。
俺にもいたな、幼馴染。もちろん、魔王時代の話だが。
とはいえ、貧困に苦しい町だったので、知らず知らずのうちにみんな死んでいったが。
俺が魔王になろうと思ったのも、そういった貧富の差を無くそうと考えたのがきっかけで……
「っと、いかんいかん」
「?」
「いや、こっちの話だ」
「真尾って、前から話の途中で上の空になること、多かったよな」
こいつに指摘されるのは気に食わんが、そのとおりではある……たまに、こうして前世の記憶を思い出して、上の空になってしまうことがある。
それにしても……この人間の体で生きて十年をゆうに越えているのに、前世の記憶というのは忘れないものだな。
それだけ俺の記憶力がいいのか。
「あの……あいちゃん、そっちの人は……」
「ごめんさなちゃん、置いてけぼりにしてて。気にしなくていいからね」
「よくねえよ! そろそろ紹介しろい!」
勝手に絡んできたくせに、うるさい奴だな。
このままここで騒がれても、うるさいだけだし……
俺は軽くため息を漏らし、そいつの肩を叩く。
「こいつは中学で、まあ……一応、友達になった、的な……多分……」
「なんでそんな歯切れが悪いんだ!
こほん。俺は鍵沼 流水。流れる水と書いてりゅうすい、だ。かっけぇだろ!」
「完全に名前負けだけどね」
「なんだと!」
この男……鍵沼 流水は、金髪でチャラチャラした男だ。
チャラチャラ……いやあれだ……こう、場の雰囲気を盛り上げる的な、用語があったような……
そう、ムードメーカー。クラスのムードメーカー的な存在だった。
「き、如月 さなです……よろしく」
「おう、よろしいでででで!」
「なんで俺より先にお前がよろしくしてんだ」
「なんであんたがさなちゃんとよろしくしてるのよ」
「手の皮をつまむな、それも両側から!
地味に痛いんだよ!」
俺もまだちゃんと、自己紹介をしていないというのに……こいつ。
……いや、タイミングを逃したのは俺か。
だとしても、許せた行為ではないが。
「えっと……それぞれ、仲いいんだ?」
「「よくない!」」
「ご、ごめんなさい……」
む、いかんいかん。つい怖がらせてしまったか。
鍵沼と仲いいと思われるのは……まあ一応友達……だから、変ではない……のだが。
中学の頃、こいつが付きまとっていたから、俺は一人にならずにすんだ。
そう思えばこそ、感謝してもおかしくはない相手なのだが……
「どうしたんだよ俺の顔じっと見て。
……あ、もしかして俺に、惚れちまった?」
……素直に感謝したくないんだよなこいつには。
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