第28話 魔法って便利な言葉

「そろそろ、誤魔化さないでほしいなー」


「なんだ?」


「どうして、僕がここに来たって分かったのかなー?」


「なんとなくかなー」


「もう一回聞くね。誤魔化さないでほしいんだけど」


「どうした?」


「なんで、僕が戻ってきたって分かったの?」


「トーリスにはバレてないから大丈夫大丈夫」


「ねえ、誤魔化さないでって」


「んー、気配がしたからかな」


「けはぃ〜?」


 レイノンが面白いので遊んでいたが、そろそろご立腹になってきた。白い頬がぷくーっと赤く膨らんでいる。まだまだ可愛らしい子どもだ。


 トーリスのもとを目指して、俺とレイノンとリアは国境を目指していた。


「絶対、見張ってたでしょ?」


「見張ってないよー」


「嘘だね」


「じゃあ、どうやって見張るんだ?」


「魔法」


「魔法って、便利な言葉だよなー。全部、魔法のせいにすればいいもんなー」


「ルジがなんと言おうと、僕は確信してるからさ」


「じゃあ聞く必要ないだろ」


「……ねえ!」


「怒ってる怒ってる。かわいいかわいい」


「がう!」


 サラサラの黒髪を撫でようとして思いとどまり、手がピクッと動く。


「たまになってる、そのピクッてやつも、怪しいんだよねえ」


「なんにも怪しくないよー?」


「じー」


 鋭い。が、リアがネコパンチして、追及を止めてくれた。


「ねえ。どうしたら、教えてくれる?」


「んー。魔法が使えるようになったら?」


「魔法が使えたって偉くなるわけじゃないって、ルジ言ってたじゃん」


 偉くなるわけじゃなくても、魔法がきっかけとなって言えるようになることもある。


「まったく。お前も、トーリスに負けず劣らず、しつこいな」


「いいんだよ。ルジは、どれだけしつこくたって、僕たちを嫌いにならないから」


 大した自信だ。


「嫌いにならなくても、鬱陶しいとは思うし、俺も人ではあるんだから――」


「はいはい。もう聞かなきゃいいんでしょ。つーん」


「リア〜、レイノンが拗ねちゃった。ゴキゲン取ってー」


「ラーウ……」


 面倒くさいわねと言いつつ、レイノンの肩に乗り、尻尾で適当に遊んでくれる。


 しかし、子どもが興味を持つときが、教えるときだという考え方もある。となれば、今なのだろう。


「もし仮に、俺がずっと、二人のことを監視してるとしたら、嫌だろ」


「ずっとって、寝てる間もってこと?」


 その言葉は、そんなわけはないだろう、という響きで発せられた。


「ずっと」


「……え。それって、僕たちが生まれてから、一回も寝てないってこと?」


「まあ、ずっと、だからね。あ、仮の話だよ?そんなことができるかどうかも分からないし」


「――なんで、急に教える気になったの?」


 だって。


「トーリスにバレたらめちゃくちゃうるさいだろ」


「いやいや、さすがに僕だって怒るよ」


「レイノンは怒ってても、それが必要なことなんだって、分かってくれるだろ」


「そんなの、ひどすぎる」


 そう言いたくなるのも、もっともだ。レイノンに気持ちを押し殺させて、自分が楽をするんだから。


「すまないね」


「……そんなに、僕たちを監視して、何がしたいのさ」


「そんなに知りたい?」


 ここまで来たらいっそ、教えてしまってもよいと思った。


 秘密を打ち明けるのに必要なのは、勢いと、適切な瞬間の見極め、それから、最も大切な、勇気。


「知りたい」


 心臓が動いているということを、久々に実感する。勇気なんてなくても、レイノンがそれほどまでに知りたいと言うのなら、言うしかない。そう思うことが後押しになる。


「けど。トーリスと仲直りしてからにする」


 勝手に言うつもりだった、誤魔化しの勇気による熱が、引いていく。言わなくて済んだという安心感と、後で言わなくてはならなくなったという不安――果たして、打ち明けられるだろうか。


「そうか」


 もともと、打ち明けるつもりなんてなかったから。魔法が使えるようになれば、過ぎ去った問題になるし、それまでは隠し通せると思っていた。


「言っておくけど。聞く方だって不安になるんだからね。……ルジのことだから、僕たちのために、なんて思ってのことだろうけど」


 びしっと、俺の鼻の前に指を突き出してレイノンが言う。確かに。確かに、その通りだ。


「でもさ。実は俺、二人を寝ずに監視してるんだー。理由は言えないけど、お前たちのためなんだー。って言われて、納得できるか?」


「できない」


「そういうことだよ」


 隠し事なんて、するもんじゃないけれど。バレなかったときのメリットは、大きい。

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