第35話 34 希望の喫茶店
休みの日の日課になっている喫茶店から帰ると、パックの珈琲を淹れてみる。
濾紙ではなくてドリップペーパーに本物の珈琲豆が挽かれた状態で入っているやつだ。
お前、ようそない何杯も珈琲ばっかり飲めるなぁ、とぺペンギンさんに言われるが、
「最近、珈琲の味の微妙な違いが分かるようになってきたんです。だから同じものを何杯も飲んでいるんじゃなくて、違うものを飲んでいる。ような感じなんです」
そう言うと、
「喫茶店でも始めたら?」
と言われた。
でも、喫茶店を始めるなんて、到底無理だ。
お店を建てるにも先立つものがない。
マスターみたいに銀座で儲けていれば何とかなるのかもしれないだろうけど、何処かで店を借りるにも経営していく自信がない。
マスターみたいに美味しい珈琲を作れる人でもお客の入りはまばらなのだ。
マグカップに珈琲を入れると珈琲カップとデミタスに分けて注ぐ。
珈琲の香りが何度も漂い、気持ちが落ち着く。
そして、その香りにぺペンギンさんがつられて来たかのように目覚まし時計から出てくる。
「おう、今日も本物の珈琲やね」
「ええ、そうですよ。いずれは生豆の単品を買って、自分でブレンドしたいと思ってます」
「よ! マスター、凄いね」
「趣味ですよ、趣味」
「ほう、趣味ね。巷の噂やねんけど、ええこと教えたろか?」
「ええ、珈琲飲みながら話してくださいますか」
「うん、ええよ」
そう言いながら、ぺペンギンさんは短い翼で器用にデミタスを持ち上げる。
「あのな、あの店な、売りに出されてるん知ってる?」
「そんな話、聞いてないですよ! 閉店だなんて!」
「しかも、可愛いウエイトレス付きや」
「ええ!」
「お前、本気にしてるん? なんで店買うたら別嬪のウエイトレスまで付いてくるねん! 底抜け!」
「ちょっとー、それ酷い冗談ですよ」
「お前、本気で怒ったな?」
「そりゃそうでしょ」
「なるほどな、遼太郎、それは本気でやる気があるって受け止められるな」
「何を言ってるんですか! あり得ないことを夢みないでください」
「そう、あり得ないことを夢見る。それを希望っていうんや」
「本当に、本気で怒りますよ」
「落ち着いて聞いてくれるか、美しいウエイトレスが付いてくる、言うたんは確かに嘘や、あの子が綺麗なんは事実やけどな。あり得ない事って、ウエイトレス付きって言うことやな。でも、マスターは店を閉じるつもりなんはほんまや。やる気のある奴が居ったら、店を無料で貸したるし、珈琲の基本も教えたるって言うんや。お前が本気やったら、行って話だけでも聞いてきたらどうや?」
「それって、信じていいのですか?」
「ワイ、信じられへんようなことは言うて来たけど、今までで嘘ついたことある?」
「今から行ってきます。本当に信じていいんですよね?」
「行ってらっしゃーい」
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