僕は幼馴染の好きな人の振りをしている

戯 一樹

第1話



 僕は幼馴染の好きな人の振りをしている──。




「ナギくん、今日も来てくれてありがとう」

 病室特有の飾り気がない白い空間の中で、彼女はいつものようにベッドの上から笑顔で声を掛けてきた。

「大変じゃない? 毎日こうして来るのって」

「気にすんな。どうせ暇だしな」

 言いつつ、窓際に置いてあった丸椅子をベッドに寄せて座る僕。

「それでも嬉しいよ。ナギくん、大好き!」

「……あんまり男に軽々しくそういうセリフは言わない方がいいぞ? 勘違いさせるかもしれないから」

「じゃあナギくんは勘違いしてるの? もしかして、わたしにラブ?」

「んなわけあるか。好きだとしてもライクの方だよ」

「じゃあ何も問題ないねー」

 ものの見事に言い負かされてしまった……。

 昔から蛍は口だけは強いんだよなあ。

「それにしても、そっかー。ナギくん、毎日暇なんだね」

「まあ、そうだな。特にする事もないし」

「何かしたい事はないの? せっかく高校生になったばかりなのに、部活もバイトもしないでブラブラするだけってなんか勿体ない気がするけどなあ」

「いいんだよ、俺は別にこのままでも。おかげで、こうしてほたるのお見舞いにも毎日来れるわけだしな」

「え〜? 気持ちは嬉しいけど、わたし的にはちょっと複雑かも」

「なんだよ。こんなイケメンが毎日来てるのに、何が不満だって言うんだ?」

「それ、自分で言っちゃう? まあ、イケメンなのは確かだけどさー」

「蛍もしょっちゅう俺に言ってる事だしな」

「うっ。事実なだけに言い返せない……」

 これからは少し控えるべきなのかなあ、と悩ましげに眉を寄せる彼女──もとい幼馴染で同い年でもある蛍に、僕はたまらず失笑をこぼした。

「あー。ナギくんがわたしをバカにした〜」

「バカになんかしてないって。ただちょっと蛍の顔が面白かっただけで」

「それをバカにしてるって言うんだよー。目が見えなくても、それくらいの事は声でわかるんだからね?」

 その不意に呟かれた言葉に。

 僕は思わず硬直してしまった。



 ──先ほど蛍自身が言った通り、彼女は目が見えない。



 目が見えないというのは、物理的に視界を塞がれているというわけではなく、とある病によって盲目になってしまったのだ。

 症状はそれだけに収まらない。失明だけでなく、今では両足で立つ事もできず、最近では手が痺れる事もあるのだとか。



 脳腫瘍という、頭蓋内にできた悪性腫瘍のせいで。



 悪性腫瘍。

 文字通り悪性の腫瘍であり、蛍の場合、脳内の細胞が癌化した原発性脳腫瘍に分類される。

 良性であれば、摘出手術と経過観察で治癒する事もあるけれど、悪性となれば話は変わってくる。

 範囲が広すぎるせいですべて摘出するのは不可能だったり、脳の部位によっては摘出できないのもあるからだ。

 そして蛍は摘出しづらい部位に腫瘍があり、できるだけ手術で腫瘍を取り除いたあと、今は放射線治療と科学療法で経過を観察している最中だ。

 そのため、蛍は数ヶ月前から入院を続けている。



 本当なら僕と一緒の高校に通うはずだったにも関わらず、春が訪れる前からずっとこの病室で。

 一緒に見るはずだった校庭の桜も、今もなお見れないままで。

 それどころか、今後その目で見る事は一生できなくなってしまって。

 外に出る事すら、満足に叶わなくなって──



 にも関わらず、僕がこうして見舞いに来ると、蛍は毎回健気に笑うのだ。

 薬の副作用で髪はすべて抜け落ちて、体だって満足に動かせないのに。

 それどころか、両目とも失明しているというのに。

 それでも、蛍は笑うのだ。

 僕が来る度に、嬉しそうな顔で。



 僕が決して許されないような嘘を吐いているとは夢にも思わないで──



「……………………」

「あれ? ナギくん、急に静かになったね。どうかしたの?」

「……いや、なんでもない」

 蛍の疑問に、僕は笑って首を横に振る。

 彼女には何も見えていないであろう笑顔とジェスチャーで。

「ふぅん? だったらいいけど、ナギくんってたまにそうやって静かになる時があるからちょっと心配。高校でもちゃんとやっていけてる?」

「ちゃんとやってるって。学校だって毎日行ってるしな」

「学校は元から毎日行くものだよ。なんか今の話を聞いたら余計心配になってきちゃったよー。ナギくん、昔から不真面目なところがあったし」

「だから心配いらないって。ほんと、蛍は心配性だよなー」

「え〜? ナギくんが心配させるような事を言うからでしょー?」

 などと言い合いながら、どちらからともなく笑い出す僕達。

 うん。今日の蛍はいつもより調子が良さそうだ。

 調子が悪い時はろくに笑えないどころか喋りすらできない時もあるから、ちょっと安心した。

 まあ調子が悪い時は、そもそも面会できない場合の方が多いけれど。

 というより、こうしてお見舞いできる事の方が珍しいくらいだけれども。

「あ、そうだナギくん」

 と、人知れず胸を撫で下ろしていたところで、不意に蛍が笑みを浮かべたまま声を発した。



「りっくんは学校でどんな感じなの?」



 またしても。

 またしても僕はとっさに答える事ができずに閉口してしまった。

 だけど、いつまでも無言でいるわけにはいかない。また蛍に変に思われる。

「あ、ああ。りくの事か? あいつなら元気にやってるよ。高校でも新しい友達が出来たってさ」

「ほんと? わー、良かったねー。りっくん、幼稚園の頃からすごく内気で大人しい男の子だったから、高校でも友達ができるかどうか心配だったんだよねー」

 それこそ、ナギくんの事よりもね。

 などと言葉を続けた蛍に、僕は「そうか」と気もそぞろに相槌を打った。

「そっかそっか。りっくんも楽しく高校に行ってるのかー。お母さん、嬉しくて涙が出そうだよ〜」

「誰がお母さんか……って、陸が聞いてたらそう突っ込んでたろうな」

「そうかもねー。あー、りっくんの話をしてたらすごく会いたくなっちゃった。りっくんもお見舞いに来てくれないかなあ。私が入院し始めた頃は何度が来てくれなのに、最近は全然来てくれないんだもん。どうしちゃったのかなあ?」

「……会いたい、か? その、陸に……」

「そりゃそうだよ。ナギくんもだけど、りっくんもわたしにとって小さい頃からずっと一緒にいた大切な幼馴染だもん」

「そうか……」

「ん? どうしてナギくんが落ち込んだような声を出すの?」

 大丈夫? と僕に触れようとして何度も宙を掴む蛍の手を──枯れ枝のようにちょっとした力だけでもあっさり折れてしまいそうな華奢な手を、そっと優しく包み込むように握る。

「……大丈夫。なんでもない」

「そうなの? だったらいいけれど、何か悩み事があるならすぐに言ってね。わたし、何でも相談に乗るから」

 と笑顔で言う蛍に、僕も「おう。ありがとよ」と微笑み返す。

「それで、りっくんはお見舞いに来てくれそう? それとも塾で忙しいのかな?」

「どうかな……。あいつ、確か文学部に入ったはずだし、色々忙しいかもしれん」

「そっかあ、残念だなあ。久しぶりにお喋りしたかったのに……」

「まあその内ふらっと来るだろ。それまでは俺が付き合ってやるよ」

「ほんと?」

「ああ、本当だ。何度でもいつまでも付き合ってやるよ」

「ありがとう! ナギくん、大好き!」

「はいはい。もう聞き飽きたわ、そのセリフ」

「え〜? そんな事言って、本当はすごく嬉しいくせに〜」

「はいはい。そういう事にしておいてやるよ」

「ぶーぶー。ナギくんのいけず〜」

 と可愛らしく唇を尖らせる蛍に、僕は微笑を浮かべた。



 きっと悲壮感に満ちているであろう下手くそな笑顔で。



 ■ ■ ■



 僕には蛍という幼馴染以外に、なぎさというもうひとりの幼馴染がいる。

 僕達は同じ幼稚園からの付き合いで、よく三人で一緒に遊んでいた。

 もっとも最初に声を掛けてきたのは、僕からじゃなくて蛍の方だったけれど。

 それで蛍とよく一緒にいた渚とも遊ぶようになり、いつしか友達と呼べる関係になっていた。

 小さい頃から内気だった僕とは違って、渚は明るく活発な健康優良少年で、何よりも見た目がカッコよかったから、よく周りにはたくさんの友達がいた。

 反して、友達がいなかった僕は幼稚園でよく孤立していた。先生にもしょっちゅう気を掛けられていたのを今でも覚えている。

 けどそんな僕に対しても、渚は気にせず仲良くしてくれた。自己アピールでたまに「誰とでも仲良くなれます」と嘯く人がいるけれど、渚はまさにその大言壮語をいとも簡単に実現させてしまうような奴だった。

 そんな内側も外側もイケメンな渚だから、よく女の子にモテていた。

 僕を足にして渚を呼び出したり、紙に書いた連絡先を渡すように頼まれたのも一度や二度じゃない。

 だからというわけでもないけれど、蛍が渚に恋心を抱くようになったのも、当然の成り行きとも言えた。

 蛍は渚にゾッコンだった。直接渚が好きだと言われたわけではないけれど、渚を見る蛍の目を見れば一目瞭然なくらいに。

 そんな蛍の恋を、僕は陰ながら応援していた。



 幼少の頃から抱いていた蛍への恋心をずっとひた隠しにして。



 僕なんかが渚に勝てるわけがない。

 そもそも、誰がどう考えても僕よりも渚とくっ付いた方が幸せだ。だったら僕みたいな奴がしゃしゃり出るべきじゃない。

 その気持ちは今も変わらず、むしろ蛍が入院するようになってからますます強くなっている。



 だから僕は、蛍のために渚の振りをするようになった。

 一向に蛍のお見舞いに行こうとしない渚の代わりとして。



 僕と渚は、昔から声だけはよく似ていた。それは声変わりした今でも変わっていない。

 そのため、目が見えなくなっている今の蛍ならば、渚の振りをしても気付かれないと思ったのだ。

 ただ、自分でも良くない事をしているという自覚はある。

 それでも、どうしても放っておけなかった。



 だって、あまりにも不憫だと思ったから。

 高校にも行けず、いつ退院できるとも知れない病室で、ひとり恋しい人を待ち続けるなんて。



 ゆえに、僕は────




「ねえ渚。蛍に会いに行ってあげてよ」

 放課後の校舎裏──そこにある花壇のそばで。

 ちょうど部活(サッカー部)の休憩中だった渚を呼び出して、僕は懇願していた。

「またその話か……」

 と、首筋に伝う汗をユニフォームで拭ったあと、渚は聞こえよがしに溜め息を吐いた。

「前にも言っただろ。蛍には会えないって」

「なんで!? 前にも言ったじゃないか! 蛍は渚の事が好きなんだって!」

「確証があるわけじゃないだろ」

「確証なんてなくてもわかるよ! だって、今までずっと見てきたんだから!」

「お前……」

 と。

 何かを言いかけようとしていた渚は、しかし思い直したように瞑目した。そして、

「だとしても、だ」

 と、もう秋だというのに未だ熱く照り付けてくる夕陽を睨み付けるように目を眇めながら、渚は続けた。



「俺は蛍には会えない。蛍が入院する前から付き合っている彼女が──放っておけない彼女が俺にはいるから」



 ツクツクホウシが鳴いていた。夏の終わりを告げる鳴き声だ。

 そして同時に、秋の訪れを告げる鳴き声でもある。

 だからだろうか、今の渚の言葉で僕の心も熱を失ったように枯れていくような感覚がした。

「どうして……どうして……っ」

「お前にも前に話した事があったよな。俺の彼女はすごく不安定な奴で、何がキッカケで自傷行為に走るかわからないって。酷い時は自殺しかけた事もあるってその子の両親から聞いた事がある。だから今、他の女の子を気に掛けるような真似はできないんだ。そんな余裕も今はない。もしあの子に勘付かれたら、いったい何をしでかすか……」

「だったら、せめて連絡くらいはしてあげてよ……」

 俯きながら──今にも目尻に浮かびそうになっている涙を必死に隠しながら、僕は言葉を紡ぐ。

「渚がプロのサッカー選手を目指しているのも、ワケありの彼女がいる事も知っているけど──そのせいで時間に余裕がないのもよくわかっているつもりだけど、蛍のやつ、ずっと渚に会えるのを待っているんだよ。ほんのちょっと顔を見せるだけでもいいんだ……それだけでも、蛍ならすごく喜んでくれるはずだよ」



「俺の振りをしているはずなのにか?」



 その言葉に、僕は押し黙る。

 拳を握りしめて歯噛みする。



「陸がどうしてもって必死に頼み込むから、俺の振りをするのを許可したが、お前自身わかっているんじゃないのか? すごく酷な真似をしているっていうのは」

「……わかってるよ、それくらいの事は……」

 もしも正体が僕だと気付いたら、蛍はきっとショックを受ける事だろう。

 それどころか、泣いてしまうかもしれない。

 いや、泣くだけならまだマシな方だ。最悪なのは、生きる気力を失ってしまう事の方がまずい。

 それだけは絶対にダメだ。以前蛍のお母さんから聞いた話だと、生存率はかなり低い方だと涙ながらに語っていた。

 だから、今ここでバレるわけにはいかない。

 かと言って、このまま本物の渚に会わせないわけにはいかない。

 だって、もしかしたらこのまま好きな人と会えないまま一生を終えるかもしれないのだから……。

「でも、今の蛍には渚が必要なんだよ。たとえそれが本物じゃなかったとしても、蛍に元気になってもらえる。笑顔になってもらえるんだ。渚だって蛍が元気になってくれたら嬉しいでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「お願いだよ渚。蛍に会ってあげてよ。偽物の僕じゃなくて、本物の渚がさ!」

「…………」

 しばらく沈黙が続いた。重々しい空気と共に。

 ややあって、渚は渋面になりながら首を小さく横に振った。

「やっぱ無理だ、彼女はすごく勘が良いんだ。連絡ひとつでも他に好きな女の子がいるって疑われるかもしれん。だから下手な真似はできないんだよ……」

「そんな……、ちょっとだけでいいんだよ! ほんの数分だけでも……」

「すごく薄情な事をしているっていうのはわかっているつもりだ。幼稚園の頃からずっと一緒にいた幼馴染の見舞いにも行かないなんて。それでも、俺はあいつの事が好きなんだ。世界中の誰よりも大切な女の子なんだよ。こんな事言っても、陸にわかってもらえるとは思えないけど、それでも──……」



 ──すまん、陸。



 そう申しわけなさそうに謝ったあと、渚は足早に校庭へと去って行った。

「────…………」

 去って行く渚の背中を呼び止める事も出来ずに無言で見送った僕は、よろよろと花壇のふちに力なく座り込んだ。

 もうこれで何度目だろうか。渚を説得しようとして失敗に終わったのは。

 そしていつからだろうか。いつの間か渚との関係に溝が生まれるようになったのは。

 蛍が入院する前は、こんな気まずい空気になんてならなかったのに。

「渚に彼女なんていなければ……」

 そう言いかけて、僕は口を噤む。

 今のはダメだ。決して口にしちゃダメな言葉だ。

 渚には渚の人生が、選択肢がある。それを僕の一存で勝手に左右するなんて傲慢でしかない。

 幸いなのは、渚に彼女がいるという真実を蛍がまだ知らないままでいる事だ。



 このまま、知らないままでいてくれたらいい。

 そうしたら僕も、渚の振りをしていられる。

 こんな僕でも、蛍を元気付けられる。



「そろそろ行かなきゃ……」

 鉛のように重く感じる体を起こして、僕はゆっくり立ち上がる。

 今日も蛍のところに行かなければならない。少しでも蛍に元気になってもらうために。

 そして、少しでも病気が良くなるように。

 僕に出来る事なんて、それくらいしかないから。



 だから僕は、今日も明日も幼馴染の好きな人の振りをする。

 蛍への想いを心の奥底にキツく蓋をして。



 ■ ■ ■



 今日もわたしの好きな人がお見舞いに来てくれた。

 今日はちょっと声に元気が無さそうだけど、何かあったのかな?

 辛い事でもあったのかな?

 でもわたしは、あえて詳しい事は訊かず、いつものように取り留めのない話をする。

 わたしを担当している先生の飼い猫に、新しい赤ちゃんが出来た話とか。

 看護師さんがダイエットに失敗して、ちょっと体重が増えちゃった話とか。

 そんなわたしの話を、彼は笑ったり合いの手を入れたりしてくれるけれど、本当に楽しんでくれているかどうかはわからない。



 だってわたしには、何も見えないから。



 だからいつも不安になる。本当はどんな顔をしてわたしの話を聞いているのかなって。

 本当はすごく辛そうな顔をしているんじゃないのかなって。

 わたしの好きな人は、小さい頃からすごく優しくて頑張り屋さんで、そのくせ、あんまり人に弱みを見せようとしないところがあったから……。

 でもね。

 わたし、知ってるよ?

 あなたは知らないかもしれないけど、わたし、本当は知っているんだよ?



 わたしが幼馴染りっくんの話をする時、いつも困ったような声色になる事を。

 わたしが昔好きだった人は、もっと手がゴツゴツしていてザラザラしていたって事も。



 あなたは少しおっちょこちょいなところがあったから、たぶん勘違いしてるんだよね。

 わたしがまだ、もうひとりの幼馴染の方が好きなんだって。

 だから、わたしのためにもうひとりの幼馴染を演じてくれているんだよね。

 でもね、わたし、もう気付いてるんだ。



 中学生の頃から、あなたの事がずっと好きだったから。



 あなたは内気で大人しい男の子だったけれど、困っている人のためなら誰でも手を差し伸べられる優しい人で。

 女の子みたいに線が細くて頼りなさげだけれど、不思議と安心できる温かい手をした男の子で──。



 そんなあなたの事を、いつしか目で追うようになっていた。

 心から好きになっていた。

 それまで夢中だった別の幼馴染の男の子が、だんだんとわたしの中で霞んでくるようになったくらいに。

 だから、割とすぐに正体に気付いた。

 好きな人が、わたしのために昔好きだった男の子を演じてくれているって。



 でもわたしは、彼に何も言うつもりはない。 

 もしもわたしがあなたの正体に気付いたら、きっとすごく困っちゃうだろうから。

 それに、こんなわたしがあなたに好きだと言ったところで、絶対不幸にしかならない。

 その内死ぬかもしれないわたしと恋人になったところで、悲しみしか生まれないだろうから。



 だからわたしは、今日も明日も、何も気付いていない振りをする。

 少しでも、好きな人との楽しい思い出を作れるように。



 でもね、少しだけ心残りがあるの。

 それは、好きな人に想いを告げられない事。

 自分で決めた事だけれど、やっぱり告白できないのは辛い。悲しい。

 本当は死ぬ前に、あなたに好きだって伝えたい。

 ほんと、なんでもっと早くに好きって言わなかったのかなあ、わたし。

 こんな体になるなら、元気な内に告白しておけばよかった。

 そうしたら、好きな人と二人でデートにも行けたのに。

 キスだって、もしかしたらできたかもしれないのに。

 今さら後悔しても、もう遅いだろうけど。



 ねえ、神様。

 せめて、わたしのお願いを聞いてくれないかな?



 どうか、わたしに嘘を吐かせてください。

 好きな人に嘘の告白をさせてください。



 あとでどんな罰でも受けます。地獄に落ちちゃってもいいです。

 ですから、お願いします。

 どうかわたしの告白が嘘だと気付かれませんように。



 わたしの恋心が好きな人に気付かれませんように──



 そうしてわたしは、今日も笑顔で嘘の告白をする。

 今日も幼馴染ナギくんを演じながらお見舞いに来てくれた、わたしの好きな人に対して。



ナギくんりっくん、大好き!」


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