第109話 愛想笑い

 メイド服の説明も終わり周りの女性たちと雑談をしていると、メイド長のカミラさんに声をかけられる。




「ケイさま! 食堂に手の空いてるメイドが集まりました」




「わかりました。それでは皆さん! 私はこの後、やる事がございますので、お先に失礼させていただきます。また今度、よろしかったらお話して下さい」


 


「もちろんですわ! 明日もまた、お話を聞かせて下さいませ」「約束ですよ!」




「えっ! あっ! はい! で、では明日……」




 社交辞令で言ったんだけどね……約束になってしまったようだ。まあ、話すぐらいなら良いかと思い、パトリシアさまの所に挨拶に向かう。




「パトリシアさま! それではアメリアさんとカミラさんをおかりして、メイド服と靴のサイズの採寸にいってまいりますね」




「わかったわ! じゃあ、お願いするわね…………それとケイ! ちょっと」




「はい?」




 手招きに従い出来るだけ傍に近づくと、あげたばかりの扇子で口元を隠しながらパトリシアさまが話し始める。




「あなたの国ではどうだったかは知らないけれど、貴族を相手に話す時は言質を与えないような会話を心掛けなさい」




「えっ……?」




 え~と……どういう事だ? 意味が分からず考えていると、パトリシアさまがさらに続ける。




「あなたは本当に明日、彼女たちと話がしたかったのかしら?」




 いつの間にか約束をしてしまっていた事を言っていたのか……? 確かに明日、話す程度の約束だったから良かったけど、知らない間に不本意な契約をしていたとかだと洒落にならないしな……。


 


「…………なるほど! 今後は気を付けます! ありがとうございます」




 少し戸惑ったのが顔に出てたのかな? そういえば元の世界でも、日本的な社交辞令が通じない国もあると聞いたことがあった気がする。気を付けなきゃな……あっ! 愛想笑いも、余り海外では良い印象を与えないと聞いたような…………笑って誤魔化すのは無意識でやってるんだよな……どうやったら直るんだ……?










 ♦ ♦ ♦ ♦




 






 医学の知識まで持っているとなると、あの子の価値は計り知れない。きっと、まだまだ私たちの知らない知識や技術を持っているに違いない。その知識をケイの負担にならない範囲で、どうにか引き出せないものか……。


 


「早くあのメイド服を着て、お仕事がしたいわね」




「ケイさまの話ではメイド服だけなら、サイズさえわかれば直ぐに渡せるとおっしゃっていたし、もうしばらくの我慢よ」




「直ぐにって言っても、メイド全員分の服を作るのに一日二日で出来るわけがないし、運ぶ日数も考えると何カ月後? 待てないわよ……あんな素敵なドレスが二着も手に入ったパトリシアさまが、うらやましかったですわ!」




「私はあの施術が素晴らしいと思ったわ。だって、パトリシアさまのあの美しい肌を見てよ! あんなに肌艶が良くなるのよ! どうにか私にもやって貰えないかしら?」




 そんな見え透いたお世辞を、わざと聞こえるように話している侍女たちに、呆れはするものの決して悪い気はしていなかった。確認するかのように鏡を手に取り、明らかに肌艶の良くなった自分の顔を触る。神聖魔法は怪我が治せるぐらいの知識しかもっていなかったのだが、こんな効果まであるなんて…………。あれだけの力を隠し続ける事の方が無理があるというもので、王族や上級貴族にも遅かれ早かれ知られる事となるだろう。そんな状況になる前にケイにどれだけ恩をうれるか、この領に住みたいと思わせるかが重要になるだろう。




 しかし、ケイの欲するものはまだ見えてこない。騎士爵には興味を示さず、金銭にも執着があるようにはみえない。そして、私やメイドの着替えをわざと見るように仕向けてみても、反応は薄いものだった。大抵の人間は地位、金銭、女のどれかを与えておけば何とかなるものだが、そのすべてがケイには効果が薄いように思える。だからといって物品を与えて懐柔するにも、素晴らしい商品を揃えている商会の人間に何を渡せるというのか……。




「困ったわね……」




 二人が駆け寄って来たことから、考えていた事が思わず声に出ていた事に気付く。




「パトリシアさま! どうしたんですか~? 私たちで良かったらお聞きしますよ」




「…………ありがとう! 二人とも優しいのね! それじゃあ、少し知恵を貸して貰おうかしら……何でも持っていて、何でも買える相手への贈り物は何が良いか悩んでいたのよ」 




「…………上級貴族や王族の方々みたいな感じって事ですね。簡単ですよ! ケイさまの商会の商品から贈り物を選べば、まず間違いないですよ!」




「ロディナ! ずる~い! 私が言おうと思ってたのに~」




「…………二人ともありがとう! 参考になったわ。今日はもう下がっていいわよ」




「やった~! じゃあ、失礼します! ロディナ行きましょう!」「パトリシアさま! それじゃあ、失礼しま~す」




 パトリシアは二人がいなくなったのを確認すると大きな溜息をついた。










 ♦ ♦ ♦ ♦










 使用人用の食堂に移動するとテーブルが端によせられ、いくつかのパーテーションが置かれていた。それを見ると、やっぱり着替えをみられる事に対して羞恥心はあるようだ。パトリシアさまが特殊なのか?




「え~と皆さん! 忙しい所、お疲れ様です! 今からメイド服……作業着ですかね? それの試着をしてもらいたいと思います。アメリアさんが今、着ているのがそうですね」




「きゃ~! 素敵!」「私たちもあれが着れるの?」「高いんじゃない? 私たちには無理よ」




「皆、黙りなさい! ケイさまのお話はまだ終わっていませんよ!」




 メイド長のカミラさんが大声で怒鳴った事で、期待で盛り上がっていた部屋が静まり返る。それを確認するとカミラさんは、オレに話を続けて下さいと笑顔で目配せをする。メイドさんたちには鬼の様で、オレには一変して笑顔を向けてくるのを見ると二重人格を疑うレベルだ。まあ、この世界にパワハラという概念がないし、これが普通なんだろうな……。




「え、え~と、料金は領主さまが全額出してくれますので、安心して下さい。それで――」


 


「――きゃ~~! やった~!」




 また、みんなが怒られないように、口に人差し指をあてて静かにというジェスチャーをとる。それに気付いた近くの女性が、声を上げていた女性の口を塞ぐ。




「あはは、落ち着い下さいね! え~と……何を言おうと思ってたんだっけ?」




 これによって少し笑いがおき、ピリついていた部屋が少し和む。




「そうそう! サイズの説明をしようと思ってたんだ! え~と、サイズが一から三まであるので、それを試着して自分に合ったサイズを見つけて下さい。一が一番小さくて、三が一番大きなサイズになりますね。サイズが見つかった人から私に報告に来てもらって、足のサイズを測って今日は終わりになります」




「足?」「え?」「まさか……靴も貰えるの?」


 


「アメリアさんが履いてる靴と同じものをお渡しする予定ですね」




 それを聞いた女性たちが歓声を上げる。今度はカミラさんの怒鳴り声も効果がないようだ。

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