第88話 ライカンスロープ
「み、みんな! もう全部倒したから手を止めて大丈夫だよ! 君も、もう大丈夫!」
ジュリアとルーナのメイスを掴んで魔物を叩くのを止めさせ、獣人の仲間の女の子にも声を掛ける。
「はーはー」「…………」
三人は声を掛けられてやっとその手を止め、緊張が一気にとけたのかしゃがみ込んでしまった。獣人はというと抵抗を諦め、今は壁の中で大人しくしているようだ。
「え~と、君の名前を教えて貰える?」
「マ、マヤです。それとあの子はマルチナです」
「あの獣人…………マルチナをあの中から出してあげたいけど、マルチナが君の言う事なら聞くという根拠……理由を教えてくれる」
「は、はい……私たちは捨て子で、教会の孤児院でずっと一緒に育ちました。親は違うけど姉妹みたいなものなんです。だからあの逃げ出した夜に、ずっと二人で助け合って生きていくって約束したんです。だから……」
「逃げ出した?」
♦ ♦ ♦ ♦
そうあれは教会のお客様用の食器を磨いていた時だった。マルチナは銀製の食器を嫌がって、決して触ろうとはしなかった。多分、それをサボっていると怒っていた誰かから、神父さまにその事が伝わったのだと思う。次の日、マルチナがシスターと街に買い物に行っている間に、ある部屋に孤児がすべて集められた。
「良く集まってくれたね。マルチナについて皆に聞きたい事があるんだが……まず、彼女と一番仲の良い者は誰かな?」
私は何かを感じ取り、恐る恐る手を挙げた。
「なるほど、マヤが一番仲が良いんだね……彼女といて何か変わった所は無かったかな? 例えば人よりかなり力が強いとか、暗闇で眼が赤く光るとか……」
「力は私よりは強いと思いますが、それ程変わらないと思います。眼が赤く光ったのは見た事がありません」
一緒に寝ている時に偶にだが眼が赤く光るのは見た事があったが、何かマルチナに悪い事が起こる気がして、私は咄嗟に嘘をついた。
「神父さま、もしもそうだったら何なんですか?」
誰かがそう質問すると、神父さまは少し悩んだ後、話はじめた。
「昔から人の住む村や街には人に化けた悪魔が潜んでいて、満月の夜には正体を現し人を襲うという言い伝えを、みんなも一度は聞いたことがあるだろう」
「えっ? 神父さま! 狼頭の獣人の話でしょ? 迷信じゃないの? だって街には獣人が普通に歩いているし……」
「いつも言っていますが、アズール教では獣頭の獣人は低位の悪魔と考えています。ですから、優しくされても決して心を許してはいけません。神聖魔法の高位の術者が増えれば獣人を一掃もできるのでしょうが、今は事を荒立てず表面上は仲良くするしかないのです」
「ひょうめんじょう?」「いっそう?」「獣人は悪者なの?」
「力では勝てないので……とりあえずみんなは関わらないようにすればそれでいい。分かりましたね?」
「「「は~~い」」」
何故、その話を今するのか? 胸がざわざわする。
「その悪魔はライカンスロープと呼ばれ、人よりも身体能力がかなり高く、暗闇で眼が赤く輝き、銀を恐れると言われているのです」
私はそれを聞き言葉を失ったが、マルチナが銀を嫌がった事を知っていた子供たちからは悲鳴が上がった。
♦ ♦ ♦ ♦
マヤの話だと神父さまにマルチナの正体を気付かれて、『聖痕』と言われる教会所属の聖騎士団の派遣を検討していると言われた夜に、二人で教会を抜け出したのだという。その後は何も考えずにひたすら街道を進み、この街に辿り着いたのだそうだ。その際に騎士の一団が何度も街道を通った事から、すでに追手が手配されているのかもしれないとも話していた。
「良く辿り着けたね……」
「マルチナが危なくなる度に助けてくれました。変身して……」
なるほど、何回か変身を間近で見ているから安全だと言えたのか……。
『ニャンニャン! ライカンスロープは人間に対して、友好的って訳じゃないんでしょ?』
『あい、どちらかというと食料として見ているはずなのです。それに獣化中は極端に知性が低下すると言われているので、狂暴な獣と一緒でかなり危険なのです』
確かに元の世界でも物語の中の話だが、狼男は満月の夜に理性を失い人を襲うとかだった気がする。それにしても狼男の話だけじゃなく、様々な元の世界とこの世界での類似点はどういうことなのだろう? 神隠しと何らかの関係があるのか……?
『ケイ様?』
『あ、ごめん、考え事してた……。やっぱりあの中から出すのは危険だよね?』
『ん~っ、獣化中に会話できるなら、もしかしたら平気かもしれないのです』
『そうか! 一度、話してみよう』
「マヤ、マルチナを出す前に危険じゃないか判断したいから、一度、話して貰える?」
「はい、でもいつもみたいには上手く喋れないかも……」
「ん~っ……理性があるか分かればいいだけだから、その辺は関係ないかな」
「りせい?」
「簡単に言えば、人間の心が残っているかかな……」
「そ、それなら大丈夫です。絶対……」
全員にリフレクションの魔法をかけて、獣人を閉じ込めた場所に近づく。壁には所々隙間があり呼吸は大丈夫なはずなので、生きてはいると思うのだが気配を全く感じない。一応、探索魔法で確認すると中にいるのは確かなようだ。
「じゃあ、君から声を掛けてもらえる」
「は、はい、分かりました…………マ、マルチナ! 私だよ! この人たちは悪い人じゃないよ! だからもう平気だよ!」
マヤが声を掛けたのだが全く反応がない。オレが壁の隙間から中を覗こうとした瞬間、中から黒い毛に覆われた手が伸びてくる。掴まれるそうになる寸前でニャンニャンの魔法によって助けられた。
「ニャンニャンありがとう」
『仲間だから当然なのです』
「マヤ二……テヲダスナ……」
『マズいのです。獣化が進んでいるのです。あまり長く変身したままだと、人の姿に戻れなくなるかもしれないのです』
『えっ? マズいじゃん』
「早く人に戻らないと、この子は元の人の姿に戻れなくなるかもしれない。いつもはどうやって戻ってた?」
「い、いつもは普通に…………マルチナ! 私よ! マヤよ! もう大丈夫だから元の姿に戻って……お願いだから……」
拘束されている獣人の手を、両手で握り必死にうったえるマヤの涙が獣人の手に落ちた瞬間、唸り声が止み、その手は華奢な子供の手に戻った。
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