第82話 冒険者ギルド

 何かに揺り動かされる感覚をおぼえ目を覚ますと、ニャンニャンが前足――物を器用に使えるから手というべきか――でオレのお腹の辺りをふみふみしていた。




「ん? ニャンニャン! もう朝? って、何だまだ寝てるじゃん」




 ニャンニャンは寝ぼけてふみふみしているだけらしい。何の夢を見てるのだろう? マッサージ? お姫様だったらされる側か……。そんな事をボーっと考えながら、寝ているのに欠伸をしているニャンニャンをナデナデしながら、起きずにしばしまどろむ。 










 ♦ ♦ ♦ ♦










「ケイ様、今日は朝からお出かけの約束なのです。起きて欲しいのです」




「う~~ん! おはよ! 行く前に何か食べよう。ちょっと、待ってて! 何か作るね」




「あたちも手伝うのです。何をすればいいです?」




「ありがとう! じゃあ、スープに入れる野菜を切って貰おうかな」




「あい…………どうやるです?」




 そうか、王族が自分で料理などした事がある訳がなかった。




「え~と……指を切らないように包丁を持たない方の手を……」




 ネコの手にしてと言いかけて、本物のネコの手を持っている相手には何と言えばいいのかと悩む。




「え~と、指を軽く曲げてこんな風にして切ってみてよ! ゆっくりでいいから指を切らないようにね! あっ! 手を洗ってからやってね」




「分ったのです!」




 ニャンニャンは、思いっ切り皮を剥かずに野菜を切り始めてしまう。皮は別に食べられなくはないが、本当の初歩の初歩から教える必要がありそうだ。




「あっ! ごめん! 次のからは皮も向いて貰える? これを使うと楽だよ」 




 ピーラーも使い方を見せて教えてあげる。一応、ネコじゃないというのだが、ネギ類とかチョコレートは本当に平気なんだろうか……? 




「ニャンニャンは本当にネギとか大丈夫なの?」




「だから、それは小動物の話なのです。妖精族は結構、何でも食べるのです」




 そう言われても少し心配になるが、人間よりは文明が発展していそうなケット・シーなら、食べてはいけないものの研究も進んでいるだろうし、本当に大丈夫なのかもしれない。しかし、何でも食べられるといってもスープのような熱いものは苦手なようで、かなり冷めるまでは食べないんだよね。オレも口にこそ出してはいなかったが『やっぱりネコじゃん! 猫舌じゃん』と思ったのは内緒である。










 ♦ ♦ ♦ ♦










 朝ごはんも食べ終わりさっそく街にくり出す事にする。領主さまは朝から忙しいという事で、案内された部屋に行きパトリシア様に朝の挨拶をする。




「おはようございます。今から街に行ってきたいと思います」




「……面白い恰好ね。近くで見せてくれるかしら?」




「は、はい」




「そのズボンは、どうやって染めているのかしら?」




「わ、私の商会の独自の方法を使っています」




「なるほど、秘密という事ね」




「すみません……」




 神様から貰った反物で、迷彩柄の軍パンの生地を作り出したと言っても、『何のこっちゃ』と言われるのがオチだし……。




「……昨日のローブとは違って細身のズボンを履くと、あなたの細さが際立つわね! 昨日も余り食べていなかった様だけれど、もう少し食べなくては駄目よ! …………腰のそれは剣よね? 剣も使えるということかしら?」




「いえ、まったく……冒険者ギルドに登録に行くので、冒険者っぽい恰好がいいかと思いまして……」




 コスプレです……。




「まあ、魔術師よりは絡まれないとは思うけど……」




「思うけど……?」




「新人がそんな高価そうな装備をしていたら、結局、絡まれるわね……」




「えっ? 高価に見えないように革装備にしたのですが……」




「ケイ、この街の駆け出しの冒険者は、鍋のフタや木の板を胸に紐で縛りつけている者もいるのですよ」




 ええ~っ! 本当かよ……安い革防具でも売り出してあげようかな……? 絶句しているとパトリシア様がさらに続ける。




「とにかく絡まれたら、領主一族の名前を出して構わないわ! まあ、ケイがやられるとは思わないけれど、一応これを持っていきなさい」




 そう言って鷲の紋章の入った短剣を手渡される。これで、この領での最高の後ろ盾を貰えた事になるが、見返りも大きそうだから出来るだけ使わないようにしよう。そうしよう。




「あ、ありがとうございます」




「いいのよ! 夜にでも街での話を聞かせてちょうだい」




「はい、では行ってまいります」










 ♦ ♦ ♦ ♦










 挨拶を終えて城の門に通りかかると凄い行列に驚かされる。炊き出しに並ぶ者と解放された奴隷が毎朝、挨拶に来ているのだと門番の男性が教えてくれた。意外といい領主なのかな……? その行列を横目に街に向かって歩いて行く。




『何か気のせいかも知れないけど、凄い見られている気がするんだけど……』




『あたちも見られている気がするのです』




 お互いに自意識過剰な気もするが、オレの格好がおかしいのかもしれない。 




『ニャンニャン、あのさ~オレの格好ってどうかな?』




『ん~っ! 変わっているのです』




『えっ! そ、そう?』




『で、でも、あたちは好きなのです』




『あ、ありがと……』




 ニャンニャンにまで気を使わせてしまった。今回の装いは黒いロンTの上に白いTシャツを重ね着して、それに合わせて細身の迷彩柄の軍パンを履いてロングブーツにインしている。防具は一つで首と胸、両肩を守る防具をTシャツの上に付けていて、その上から薄手の黒いスカーフを巻いている。それ以外はガラ空きである。実際、剣も作って持ってきたが、全て魔法ですませる予定なので見た目はオマケである。




『実際、どうなんだろうね? 剣も出来た方がいいのかな?』




『あい、魔法が効かない魔物や、魔法が使えないダンジョンがあるみたいなのです。出来れば覚えた方がいいのです』




『なるほど……』




 その後もニャンニャンと話しながら歩いていると、ほどなくしてお目当ての場所に辿り着いた。




『昨日も話したけど、従魔の登録をさせてもらうね』




『あい、ケイ様と一緒にいる為には仕方がないのです』




 冒険者ギルドに着き、恐る恐る開きっぱなしのドアから中に入る。ギルド内は受付のカウンターがいくつかあって買い取りのカウンターもあり、さらには居酒屋も併設してあるようでこんな朝っぱらから飲んでいる強者もいるようだ。




『ニャンニャン、こっちにきて』




『あい』




 ニャンニャンを抱っこして、受付に向かう。凄い数の視線を感じるが絡まれはしないようなので、少しホッとして少しがっかりした。よくある展開を少し期待してしまった……。 




「おはようございます! 本日はどのようなご用件でしょうか?」




「おはようございます! 冒険者の登録とこの子の従魔の登録をお願いします」




 受付の女の人は一瞬、驚いたがすぐさま用紙を出してくれた。




「登録料がそれぞれ大銀貨一枚で合計大銀貨二枚になりますが、よろしいですか? 従魔使いの方は初めて見ました。可愛いですね」




 適当に合わせて笑いながら、用紙に必要事項を書いていく。名前と得意な事しか書く所はないのだが……。書き終えて大銀貨二枚と用紙を渡す。




「大銀貨二枚、確かに頂きました。ニャンニャン様とケイちゃんですね」




「……ん? 別にちゃん付けでもいいですけど、私がケイです」




「し、失礼いたしました。ケ、ケイ・フェネック様とニャンニャンちゃんですね。確かに登録致しました。ま、誠に失礼いたしました。こちらで手続きは完了になります」




「あはは、え~と、登録の証明というか何か貰えないんですか?」




「あ~~っ! 失礼しました。只今、お持ち致します」




 受付の女性は慌てて裏の部屋に入って行った。




『あの人、大丈夫なのです?』




『た、多分……』

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