第50話 地獄の食卓

 ベールの街に着き宿屋で食事をしながら、みんなから話を聞く。いきなりレシピの出回っていない調味料の材料を口に出してしまい、自分の迂闊さに後悔する事になってしまった。一応、謝罪は受け入れてもらえたが、若干、気まずい雰囲気のまま食事は続く。そんな空気を変えるかのように、ハンナさんが料理の説明をしてくれた。




「まずは前菜ですが、野菜とリンゴマイマイのマリネでございます」




 リンゴマイマイ? と思ったが、皿を目の前に置かれれば一目瞭然、簡単に言うと野菜の上にのせられたカタツムリである。元の世界でもエスカルゴはその辺のレストランとかでもたまにあったけど、あれはちゃんとした管理下で養殖や調理をしていたから食べれたはず……。手を出す勇気が出ず浄化をコッソリかけて、周りの野菜から食べる事にする。他の人の様子を見るとスプーンや楊枝の様なもので、美味しそうに食べている。それを見て思わず顔をしかめる。




 カタツムリ以外には、この辺りで取れたであろう野菜とキノコが入っていて、それにお酢やレモン汁からつくられた漬け汁に油や香草、香辛料を入れて風味を付けた物で味付けをしているらしい。これは予想に反して意外と美味しかったので、野菜のみをひたすら食べていく。しかし、食べ進めていった結果、当たり前だが皿の上はカタツムリだけになってしまう。全く食べる気が起きずに固まっていると、それに気づいたアルクさんから小声で話しかけられる。




「もしかして苦手でしたか? よろしければ私が食べますが……」




 これには渡りに船とばかりに飛びつきお願いする。




「えっ? いいんですか? お願いします」 




 タイミング良くそこでハンナさんが席を立ったので、素早くアルクさんと自分の皿を交換をしてもらう。




「ありがとうございます」




 アルクさんは笑顔で頷くと、交換した皿の上に残ったエスカルゴを食べ始めた。




「感謝しなくていいですよ、リンゴマイマイはアルクの好物ですから……」




 ミリスさんの一言でその場に笑いが起き、アルクさんは、ばつが悪そうにしながらも、カタツムリを美味しそうに食べていた。どうにかカタツムリは回避できたとほっとしていると、ハンナさんが部屋に戻り、静かに着席する。お皿の交換はばれてないよね?




「ワイン通のケイ様の為に、貴重なワインをご用意いたしました」




 だれがワイン通だって? 使用人によって配られたグラスにワインを注いでもらい、香りを嗅ぎながら鑑定をして大袈裟に驚く事にする。




「この香りと黄金色はまさか……ファウスティナ・ファルムス」




 我慢できなくなったハンナさんが喋り出す。




「流石です、わかって頂けると思っていました。お出しした甲斐があります」




 何その信頼感? 周りの人たちをほったらかしなんだけど、いいんでしょうか? まあ、美味しそうにワインを飲んでるからいいのか?




「ファルムスワインを十年以上寝かして、わずかの数しかできないと聞きますが、こんな貴重なワインをありがとうございます。手に入れるのは大変だったのではないですか?」




 人は自分の苦労を理解されたいと思うものである。相手をもてなすために貴重な物を用意しても、気付いて貰えなかったり、価値がわからなかった時の虚しさは計り知れない。大抵こういう人は褒めておけば、うまくいくものである。しかし、それを聞いてハンナさんはスイッチが入ってしまったのか、ワインの入手や保蔵法の大変さを熱心にしゃべり始めてしまった。




 何かこの光景は最近どこかで見た気がする。ノア様が隣で咳ばらいをしたのを聞き思い出す『おまえか~』確かこの人も、ちょっと褒めたら延々と喋っていた。しかし、ハンナさんはその咳払いのおかげで我に返ったようだ。




「はっ! 失礼致しました。素晴らしさを分かって頂けたのが嬉しくてつい。次はヤマネの蜂蜜焼きです。こちらの料理はこの地域では大人気の一品です」




 この地域は前菜が二種類出されるのが普通らしく、これも前菜らしい。この地域の人間ではないのでこの辺りの風習や常識がわからないと事前に伝えてあったので、ハンナさんが丁寧に教えてくれた。説明を聞き終わり、使用人たちが配膳をしてくれた料理の皿に目線を戻して絶句する。ほぼネズミの丸焼き……せめて原型はなくしてくれよ……。エスカルゴと同じで見た目も嫌なんだけど、それよりもこの世界と前の世界の衛生観念の違いがこの先の生活で一番の足かせになる気がする。




 さまざまな菌やウイルス、寄生虫の知識がないのだろうし、細かく言ったら手洗いとかもしているのか怪しい。ネズミとかカタツムリって相当やばそうじゃん……。本来楽しいはずの食事が、こんな料理が続くかと思うと絶望しかない。これを食うのか? さすがにこれもアルクさんに食べてもらうのは問題があるし、ハンナさんに失礼だ。意を決して端っこを咬んでみる。もちろん、こっそり浄化をして。




「あっ! 美味しい」




 思わず呟いてしまったが肉が想像に反して、もの凄く柔らかくて食べやすかった。味も丁度いい甘辛さでご飯が欲しくなる。しかし、みんなが手で食べていたので同じように食べたのだが、手拭き的なものが無い……。周りを見てみると、アルクさんが豪快にテーブルクロスで手を拭いていたので自分の目を疑がったが、他の人は後ろにある手洗い鉢で手を洗っていたので、そちらを真似ることにした。




 その後は脂肪や血をたっぷりと溶かして作った子羊のスープ、川魚の香草煮、豚の丸焼きなどが出されたが、子羊のスープだけはどうしても手が出なかった。アルクさんに視線を送り助けを求め、結局またしても食べてもらう。美味しいのかもしれないけれど、元の世界の経験や知識が邪魔をして、一口たりとも食べる気がしなかった。百歩譲って脂肪は許せるけど、血は無理です……。




 どうにかすべてを食べ終わり、みんなの真似をして手洗い鉢で手を洗う。席に戻るとデザートなのかリンゴが置いてあった。これからみんなでワインを飲みながら色々話をしてくれるらしい。この人たちは平気でお酒をすすめてくるが、子供の体のオレには悪影響があるので遠慮させてもらった。この世界ではアルコールが子供に対して、どのような影響があるか知られていないのだろう。衛生面の事もそうだけど、知らないって事はおそろしい事なんだな……。

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