第49話 秘伝のガルム

 魔狼を倒した場所から出発してしばらく馬車に揺られている。話す事もなくなり窓の外をぼーっと眺めていた。なだらかにカーブした道の先に森の切れ間が見え、更にその先には灰色の壁が見えてきた。


「壁?」


 オレの独り言にノア様が反応する。


「おっ! ベールの街が見えてきたようですね?」


 このベールという街はレンドール男爵領の中でも魔物が多い場所なので、城壁が必要なのだそうだ。魔物が多い場所に城壁を作ってまで住む必要があるのか疑問だったが、ノア様から『魔物の素材で儲けようという冒険者が集まり、大きな街になった』と聞き納得した。


 門には二つの出入り口があり、片側は馬車や荷車の他に徒歩の人も並んでいて混雑していた。オレたちの馬車は人が並んでいない方の出入り口に向かい、御者と門番が二言三言話すとすぐさま通してもらえた。まあ、領主様の紋章入りの馬車だから当たり前か……権力は味方につければ凄いね。門番は馬車が通り過ぎるまで頭を下げていた。

 

 城門をくぐり抜け、窓から見えたベールの街並みはモレト村とは比べ物にならないくらいに栄えていた。建物も石造りのしっかりした作りで二階建ても多い。あの村は文明が遅れすぎていないか? これだけの距離でこんなにも変わるものなのだろうか? それによく考えると魔物対策の壁や柵はなかったはず。


 あの村をこの世界の基準にしようとしたのは、間違いだったようだ。村を囲む壁ぐらい作ってあげればよかったと後悔した。今度、訪ねた時に神父さまに提案してみよう。いや、代官……よく考えたらノア様が管理している村だったわ。ノア様の村に対するスタンスもイマイチわからない事だし、余計なお世話だと言われそうだから提案はもう少し様子を見てからにしよう。


 しばらく街の景色を堪能していると大きな建物の前で馬車が停車する。

 

「ここが、今晩の宿になる新緑亭です」 


 ノア様に続き宿屋の広い中庭に出る。この宿はこの街で一番高級で、厩を含めた全ての建物が高い塀に囲まれている。さらに警備の者がいるので盗賊や泥棒の心配がないそうだ。石造りで三階建てなのだが、建て方とか大丈夫なのかな? 崩れないよね……。中世ヨーロッパ風の建物にワクワクするのと同時に、この世界の建築方法の安全性に疑問が抱いてしまう。


「ノア様、いつもご利用いただきまして、ありがとうございます」


 建物を眺めていると声がしたので、そちらに目をやるとここの従業員らしき女性がノア様と話をしていた。髪の毛を編み込んでまとめていて清潔感のある綺麗な女性だった。


「ケイ様、こちらの女性がこの宿の主人です。この主人は商業ギルドに色々関わっていて、提携もしているので買取もしてくれます」


 若いから従業員だと思っていたらオーナーさんだった。


「初めまして、ケイ・フェネックと申します。商人に興味があったので、ちょうど、明日、商業ギルドに行ってみようかと思っていた所です。お時間があったら是非、色々聞かせて下さい」


「新緑亭の主人をしていますハンナ・マリーと申します。いつでも構いませんので、お好きな時にお声がけ下さい」


「それならば、一緒に食事をしたらどうだろう。ケイ様に話を聞かせてはくれないだろうか?」


 ノア様の提案にハンナさんはすんなり了承してくれて、一緒に食事をすることになった。冒険者の面々はアルクとミリスは参加するが、他の二人は家に帰って明日の出発に合わせて来るそうだ。帰る二人に挨拶をして、その後はハンナさんに案内され宿屋の二階の食堂に向かう。ノア様は鉢に入った水で手を洗うと神の像に跪き短く祈る。不安だが真似をして後に続く。その際に上座を進められ、ひと悶着があったがノア様が隣に座るという事で決着した。


 席に座るとノア様だけに、食前酒が入った銀色のグラスが渡された。すると、乾杯もなしにそれを一人で飲み始めた。目だけを動かして周りの様子をうかがったが、誰もが当たり前のような表情をしていて気にもしていない。これが普通なのか? そんな事を考えているとそのグラスをノア様から渡される。まさかの回し飲みである……。


 どうやら白ワインのようだが、何となく不安になり鑑定してみる。


「ファルムスワイン……ファルムス地方で早摘みのブドウから造られたもので……」


 思わず鑑定を口に出してしまった。


「さすが、お目が高い! 毎年この宿でも少量しか手に入らない貴重なワインでございます。今年につくられたものなのですが、さっぱりとした味わいが食前酒に合うと思いましてご用意させて頂きました」


 ハンナさんにワイン通のように思われてしまったが頷いて口に含む。酸味が強く、顔をしかめそうになるのをこらえながらアルクさんにグラスを渡す。元の世界でもたいしてワインは飲んだことがなかったので、こんなものなのだろうと思う事にした。ハンナさんが感想を聞きたそうにしていたので、『さっぱりとしていて、飲みやすいですね』と言っておいた。適当すぎたかと思ったが、喜んでいるようなので良しとしよう。


 次に出てきたのはエッグスタンドに立てられたゆで卵だった。どうやって食べるのだろう? 手元に置かれているのは、スプーンとスプーンとスプーン、そして、箸? が一本? 片方だけ……どういう事? さらに黒い調味料が入っている小皿が置いてあった。周りを見るとスプーンで食べているが、使っているスプーンは人それぞれだった。特に決まりはないようだが、この黒い液体を付けて食べるようだ。

 

 この黒い調味料は独特の臭いがしてかなり怪しい。また不安になり鑑定すると、どうやら魚醤のようだ。一人で頷いているとハンナさんが説明をしてくれる。


「そちらの調味料はガルムと言いまして、料理だけでなく薬や美容液にもなるので万能薬とも呼ばれています」


「へ~、凄いんですね。海の魚が材料ってことは、この街って海に近いんですか?」


 そう言った途端、ハンナさんは黙ってしまいその場が凍り付く。えっ! まずかった?


「ケイ様は何故、海の魚が入っているとおわかりになったのですか?」


 凍った空気を何とかしようと、ハンナさんが笑顔で質問してくるが何か怖い。しかし、鑑定でマグロの内臓が材料に入っていたからとは言わない方がよさそうだ。


「私の故郷に似たような調味料があって、それが海の魚を使っていたので、てっきりそう思ったんですが……」


「ガルムは店や場所によって作り方が違います。その作り方や材料は代々受け継がれて秘匿されており、一部の者以外は知る事はありません。先ほどの質問に答えられなかった時点で、海の魚が入っているのは隠しようがございませんが、この事は皆さまの胸の奥にしまって置いて頂けると助かります」


 やっちまった~! そういう事もあるのか……鑑定も気を付けないといけないな。お詫びに調味料の作り方を一つぐらい教えた方がいいかな? 謝罪をして許してもらい、食事の続きをする。ガルムを付けたゆで卵は、においに癖があったが美味しかった。

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