とむらい屋と秘密のパレード

澄田ゆきこ

1、

 人は朽ちる。

 そのことを、とむらい屋だけが本当に知っている。

 たいていの人は、人がどんな風に自然に還るのかを知らない。それは、水底にいる魚のように、表の世界からは隔絶されている。ずぅっとずぅっと遠い昔から。

 ぼくはとむらい屋。ケガレを扱う下賤の民だ。


 ぼくが初めて仕事をしたのは、七つの時だった。

 母がお産をした。ひどく難しいお産で、母は丸一日以上苦しみ、叫び声を上げ続けた。けれど、産まれた赤ん坊は産声を上げなかった。乳に添わせても、吸いつくことができない。結局、その数刻ののちに、赤ん坊は死んでしまった。

 母は産後の肥立ちが悪く、とこから起きあがれなくなった。

 姉とともに母に付き添い、口に粥を含ませてやっていた時、頭上から声がした。

「リイチ。来なさい」

 父だった。手には白いおくるみを抱えていた。布の中からは、赤ん坊の赤黒い顔がのぞいている。

 その時の父には、普段にはない妙な覇気があった。ぼくはこくんと頷き、立ち上がる。姉は木の匙を持ったまま、心配そうにこちらを見上げていた。

「お前に、仕事を教えてやる」

 父はそのまま家を出てしまう。ぼくは慌てて履物をつっかけ、父に続いた。

 父は玄関を出たところで待っていた。

「手を出しなさい」

 言われるがまま両手を出すと、そこに赤ん坊のなきがらが置かれた。小さいけれど、ずっしりと重い。

「それが命の重さだ」

 ぼくは何も言えずに、手にぎゅっと力をこめた。

 父が歩き出し、ぼくもそれに続いた。普段立ち寄ってはならないと言われている道に、父はためらいなく足を踏み入れていく。古ぼけた鳥居をくぐると、細い轍が続いている。いつもはここで、なきがらを乗せた荷車を引くのだ。

 それから、どのくらい歩いただろうか。足も、赤ん坊を抱いた手も、棒のようになっていた。もう休みたい、と思いながらも必死に父について行っていると、突然視界が開け、潮のにおいがした。ざあぁぁぁ、と波音。

「ここをよく覚えておくんだ。この先は、干潮の時にしか通れない」

 視線の先、海の中に一本の小道があった。小道の終点は切り立った崖の中で、しめ縄で祀られた洞穴ほらあながぽっかり空いていた。あの中になきがらを運ぶのだ、と言われなくてもわかった。

 洞穴に向かって歩いて行く。入口をくぐる時、太いしめ縄に垂れ下がった紙垂しでが、ぼくの頭をすぅっと撫でた。

 中には鼻の曲がるようなにおいが充満していた。えずきそうになり、ぐっと息を止める。

 父がそっと、入り口に灯りをつけた。

 薄明りの中にぼんやりと、横たわった人影がいくつか見える。巻かれたむしろから、土気色をした足がいくつも覗いている。その周りを、蠅が螺旋を描いて飛んでいる。腐敗の程度はまちまちで、中には白い骨がむき出しになっているものもあった。

 父は中央のあたりまで進むと、いくつかむしろをめくり、なきがらの様子を観察した。それから、ぐるりとこちらに向き直る。

「そこにむくろを置きなさい」

 言われた通り、ぼくは赤ん坊のなきがらをそっと地面に置いた。手から重さが消えて、心細いような気持ちになる。それから、父の真似をして、目を閉じ、手を合わせた。

 ほどなくして、父が目を開けた。赤ん坊のなきがらを見つめたまま、父は言った。

「むくろはここで、骨になるまで安置する。それを見届けるのがおれたちの仕事だ」

「……骨になったら、どうするの?」

「自然に還す。……今日はそこまで教えてやろう」

 そう言って、父はなきがらに巻かれたむしろをめくった。ざらりとした骨が、人の形を象っている。父は腰につけていた袋を取り出すと、その骨をていねいに袋に入れた。

 そのままぼくは、そこから少し歩いた岸辺に連れて行かれた。

「ここの流れは特殊だから、流されたものは決して岸に辿り着かない。ここに骨を流せば、遠く沖まで運ばれて、海に還る」

「海に……」

「ああ」

 父は頷き、骨を海に向かって撒いた。骨のいくつかは水面に浮かび、父の言った通り、そのまま遠くの方へと流されていった。


 それからほどなくして、母も死んだ。葬儀ができるようなお金はなかったから、ひっそりと朽ちるのを見届け、なきがらを海に還して、ぼくらのとむらいは終わった。



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