第五章:グラン王国、建国五十周年式典

 ──数カ月後。

 ここはグラン王国、首都。城へと続く都一番の大通りに面した、お高い宿屋の一室。私は大きな窓の桟に片肘をつきながら、賑やかな大通りを見下ろしていた。

 大通りはいつも以上に活気にあふれている。所々に装飾が施され始めていて、普段から多い通行人も、いまは更に増えていた。みんな、もうすぐやってくるお祭りの日が待ち遠しいといった顔だ。

「お祭り、かぁ」

ここで言うお祭りとは、グラン王国の『建国五十周年式典』のことだ。

 召喚師を抱えたグラン王国が大陸大戦にひとり勝ちし、大陸一の強国となってから今年でちょうど五十年だという。

 式典では、王の周りにアズナヴール家の召喚師が一堂に介し、全員が召喚獣を従えて行進するという、ど派手なパレードが行われるらしい。それはそれは圧巻なんだろう。みんなが楽しみにするのも分かる。

「お兄さんの幻獣ケルベロス、パレードの目玉なんだろうなぁ……」

 そう、グラン王国の王家はアズナヴール家という召喚師一族を臣下に持っていたからこそ戦争に勝ち、今の地位を築いた歴史がある。

 式典の召喚獣パレードも、そういう歴史を讃えるためのものだ。

「ふふ、ヘレナ先生の授業でも言ってたな」

ブランシュ学院でのことは、もうすっかり懐かしい思い出となってしまっている。コリーくんやアクスたち、元気にしてるといいな。

 ぼんやりと外を眺めながら呟いていると、部屋のドアが開いた。

「ハヅキさん、ただいま戻りましたぁ」

ノアくんがちょっと疲れた顔をしながら帰ってきた。もうノエル先生の髪型ではなく、いつもどおりの、ふわふわな前髪と丸眼鏡のノアくん。やっぱりこっちの方が安心するわね。

 彼はまっすぐ私の元へと来ると、全体重をこちらに傾けてきた。

「あわわ」

急いでノアくんを支えると、そのままぎゅうとハグされる。あれ、魔力補給は今朝したけど。

「疲れましたぁ」

「ふふ、お疲れ様、ノアくん」

ねぎらうように背中を叩いてあげる。ノアくんは耳元でくすくすと笑った。

「これは僕の補給ですね」

「? なにか補給できた?」

「はい、ありがとうございます」

ノアくんは私を最後に強めに抱き締めてから、そっと離す。

 前と比べると少しだけ頼もしくなったような顔をして、ノアくんは言った。

「たぶん、全部終わりました」

「ほんとう?」

「はい……これに関しては、その時が来てみないとわかりませんが」

「大丈夫だよ」

私はノアくんの手を取って、力強く肯定した。

「ノアくんが頑張ったことだもの。大丈夫。自分を信じて」

「ハヅキさん……」

ふと、再び抱き締められる。あれれ?

「すみません、もう一回だけ」

「甘えん坊なのかな?」

私はからかうように笑い、また彼の背中を軽く叩いた。


「そういえば、ジルさんとディーターくんが来てるみたいだよ」

私は備え付けのティーセットでお茶を入れながら、机の上においたジルさんからの手紙に目をやり、椅子に腰掛けるノアくんに言った。手紙を手に取りながらノアくんはああ、と声を上げた。

「そういえば、式典に来賓として来るって言ってましたね」

「ジルさんたちダウム家の人にはすっごくお世話になったもんね。なにかお礼が出来れば良いんだけど。さすがに商人さんだし、贈り物とかは喜ばないかなぁ」

そう言いつつ振り返ると、ノアくんが苦い顔をしていた。

「どしたの?」

「いえ……『礼だったらハヅキちゃんをくれよ』って言いそうだなと思って、ちょっとイラッとしました」

「なにそれ」

そんなことはないでしょ、と笑いながらお茶を渡す。お礼を言いながらお茶を受け取るノアくんは、まだ少し苦い顔をしている。

「そんなことあるんですよね……。まあ、ハヅキさんが選んだものなら何でも喜びますよ、あの男は」

「あはは、そうかな。そうだといいけど」

「そういえば、大通りで露天商たちが出店の準備をしていましたよ。今夜辺りにでも店が並ぶんじゃないですかね」

「露店か。リーテンの露店、懐かしいね」

私は手首のブレスレットをちゃらりと見せてみせた。

 ノアくんは少し照れたように自分の手首についたブレスレットを見せてくれる。あの時からずっと付けている。私たちのお守りだ。

「ちゃんと付けてくれてるの嬉しいです」

「ふふ、せっかくもらったんだもん。大切にしますよ」

ノアくんは更に照れて、私の視線から逃げるようにお茶をすすった。

「じゃあ今夜、一緒に露店見て回ろうよ。ジルさんとディーターくんに、なにかお礼の品を探そう」

「はい、もちろんです」


 その日の夜、私とノアくんは大通りを並んで歩いていた。

 大通りには火の魔術で灯された、いわゆる街灯が並んでいてとても明るいので、人通りは昼間並みに多かった。街灯はきらきらと揺らめき、イルミネーションみたいに綺麗だ。

 なんだかロマンチック。よく見てみると、夫婦やカップルの人が多い気がする。少し肌寒くなってきたこの季節、手を握り、身を寄せ合いながら仲睦まじく歩いている。

 隣を歩くノアくんを見る。私たちもカップルに見えているのかな。リーテンで恋人だと間違われたことを少し思い出した。

「? どうしました、ハヅキさん」

「あっ、ううん、なんでもないの」

ふと、私とノアくんの手が触れる。思わずドキッとしてしまった。なんだろう、いつも手繋いだりハグしたりなんて普通にやっているのに。雰囲気ってやつかしら。

「手繋ぎます? 迷子になっちゃ大変ですからね」

「あ、うんっ! そ、そうね」

ノアくんが自然と私の手を握る。やだ、手汗出てたらどうしよう。普段は気にしないことが気になってしまう。

 ノアくんは今この瞬間を特別だと思っているのだろうか。それとも、普段と同じこと? 私はなんでこんなことをぐるぐると考えてしまうのか分からず、若干脳内がパニックになってしまっていた。

「ハヅキさん、なにか目星は付いてるんですか?」

「はえ!?」

思わず変な声が出てしまった。ノアくんもちょっと驚いている。

「え、ジルさんとディーターくんへの贈り物の目星ですが……」

「ごご、ごめん、そうね。目星ね。そうね……」

落ち着け。私はひとりで深呼吸し、平静を取り戻した。

「えっとね、何もついてないわね」

「ついてないんですかっ」

ノアくんが吹き出した。なんだかツボに入ったらしく、結構笑われてしまう。

 そんなに笑わなくていいじゃない。私はちょっとふくれっ面をして、周囲を見渡す。よく見てみれば、思ったより露店がたくさん出ていた。リーテン共和国の時より、印象としてはお上品と言うか、お洒落な雰囲気のお店が多い。

 リーテンは賑やか! 鮮やか! って感じだったけど、こちらはシックで都会って感じ。夜だから余計そう思うのかもしれない。

「あ、あのお店すてき」

私はノアくんの手を引き、ひとつのお店に吸い寄せられる。

「いらっしゃいませ」

店主の女性がしとやかに挨拶してくれた。ゴールド系のアクセサリーを扱ったお店だ。

「素敵ですね」

ノアくんは商品を覗き込みながら微笑む。私はピアスが並んだコーナーを見つけ、ふと思い出す。

「ねえ、そういえばジルさんもディーターくんも、ピアス開けてたわよね」

「ああ、そうですね。リーテンの人は耳飾りをよくしているイメージです」

「あら、リーテン共和国の方にプレゼントですか?」

店主の女性がにっこりと笑みを浮かべながら尋ねてきた。そうなんです、と私は答える。

「お世話になった方にお礼として渡したくて」

「まあ、いいですね。ピアスの贈り物は『貴方を見守る』という意味があるんですよ。お世話になった方に感謝を伝えるプレゼントとしてはよく好まれます」

「へぇ〜」

ふむふむ。それはいい感じね。

「……貴方を見守る、かぁ。ハヅキさんから貰ったら拡大解釈しそうだなジルさん」

眉をひそめながら小さな声で呟くノアくん。

 だけど私はすでに、すっかり買う気になっていた。

「じゃあピアスにしようかな!」

デザインを選ぼうと並んだピアスを見渡す。ふと、青いきらめきが目に入った。

 水の雫型に加工された真鍮に、青く美しい宝石が嵌め込まれたピアスだ。

「これ、素敵だなぁ。ね、これどう?」

「わあ、いいですね」

ピアスを持ち上げて見せてみると、ノアくんも素直に褒めてくれた。

「これを片耳ずつ、ジルさんとディーターくんでお揃い、どう?」

「良いと思います」

ノアくんはうんうんと頷く。

 ダウム家では個人的に、プールとかお風呂とか、水の思い出が印象的なのよね。あれは彼らの高い技術の賜物だと思うし、それでおもてなししてくれたのがとても嬉しかったし。水のピアス、いいんじゃないかな!

「あの、これください。プレゼント用で」

私は店主の女性にピアスを手渡し、満面の笑みを浮かべた。


 次の日、私とノアくんは郊外の宿付き酒場に来ていた。そう、ノアくんのお兄さんと公開決闘をして、お母さんに追い出されたあの日の夜に泊まった場所だ。

「ハヅキちゃん!」

酒場のドアを開けた瞬間、待ち構えていたジルさんに思いっ切りハグされた。なんだかデジャヴね、そのあとノアくんに脇腹を殴られてよろめくところまで。

「久しぶりだなぁ~~元気にしてたか? オレぁハヅキちゃんに会えなくて元気出なかったんだぜ~?」

よろよろとしながらも、ジルさんの笑みは消えない。相変わらずだなぁ。

 そしていつも通りジルさんの後ろに控えていたディーターくんが、ぺこりと頭を下げた。

「お久しぶりです」

「ふたりとも久しぶり! またここに泊まってるなんてびっくりですよ」

「オレのお気に入りなんだよ、ここ」

なっ! とジルさんが後ろを振り返ると、店の主人のお父さんと息子のダリルくんがいた。ダリルくん、ちょっと背伸びた? ふたりは私たちに深々と頭を下げる。

「またお会いできるなんて光栄です。どうぞごゆっくりおくつろぎください」

お父さんが丁寧にテーブルに案内してくれた。

「あ、そうだ、これどうぞ」

私は、菓子折りをお父さんに手渡す。また会うことになるって分かったから、一応首都で買ってきたのよね。手ぶらはなんだか心苦しかったもの、社会人的に。

 ええ!? とお父さんは心底驚いた声を出した。

「か、菓子!? そんな、命の恩人に、こんな貴重なものを……!!」

「あはは、いいんですよ。ダリルくんと一緒に食べてください」

「あ、ありがとうございます……! ほら、ダリルもお礼を言いなさい」

「ありがとう、おねえちゃん!」

こんな可愛い笑顔を見れたなら持ってきた甲斐があったわ。

 お父さんに人数分のエールを頼んで、私たちは席についた。


「んで、わざわざ郊外まで会いに来てくれるなんて、ハヅキちゃんはオレが恋しかったのか? もう数日したら式典が始まるから、こっちから首都まで行ったのによ」

エールに口をつけながら、ジルさんは私にいたずらっぽく笑う。ま、そうですねと肯定しておいた。

「ジルさんたちには大変お世話になったので、お礼がしたかったんです。式典が始まっちゃったらバタバタするかと思って、先に来ちゃいました」

「礼? いらねぇよ、オレは仕事を頼んだだけだしな」

まあまあそう言わずに、と私は向かいのジルさんとディーターくんに、それぞれ小さな包みを渡した。

「ディーターにも、ですか」

ディーターくんが驚いた様子を見せる。パッと見は表情も何も変わっていないように見えるけど、瞬きがちょっと増えてる。最初の頃よりも、私はディーターくんの表情から感情を読み取れるようになっていた。

「うん、そう、おふたりに!」

どうぞ開けてください! と私は両手を広げて見せた。

 ジルさんは面白げに、ディーターくんはおずおずと包みを受け取り、それぞれ開封する。

 雫型の美しいピアスに、ふたりは同時に目の前に掲げてみせた。

「おお、なかなかセンスの良い耳飾りだな」

ジルさんが感心したように言う。

 ディーターくんはジルさんのものと自分のものを見比べて嬉しそうな顔をして、ぽつりと呟いた。これは黒目がちょっとだけ大きくなってるところから分かる。

「お揃い……」

「おお、マジだ。お揃いじゃねぇか」

ジルさんはディーターくんのピアスに、乾杯するかのようにこつりと自分のピアスを当てる。

「ハヅキちゃんが選んでくれたのか?」

「はい。グランの夜の露店で見つけました。素敵でしょ?」

「おう、気に入ったぜ。ありがとうな」

そう言って、ジルさんは早速片耳に付けてくれる。うん、似合ってる。ディーターくんも付けてくれた。うんうん、すてき。

「ピアスの贈り物には『貴方を見守る』っていう意味があるんですって。私、離れてても見守ってますからね!」

「ほう、ハヅキちゃんが見守ってくれるのか……つまりオレのものになったと?」

「なんでそうなるんですか!?」

ほら、やっぱり。隣のノアくんがジト目でそう言っていた。


 ひとしきり他愛のない談笑を楽しんだ後、ジルさんはふと真剣な顔をしてノアくんに尋ねた。

「んで、首尾は上手くいったのか?」

「……はい、多分」

ノアくんはちょっとだけ自信なさげに頷く。

「やれることは全部やりました」

「まあ、ハヅキちゃんの手紙で聞く限りはノアは頑張ってたみたいだしな。オレは温かく見るだけだよ」

「あはは」

温かいというか、生温かい微笑を浮かべるジルさんに、ノアくんは苦笑いをしてみせる。

「でもあんなにハワワだったノアがここまで頑張るとはな。見直したぜ」

「……!」

素直に褒められて、心底驚くノアくん。なんだよ、とジルさんは彼の眉間を小突いた。

「オレだって褒めるときはちゃんと褒めるぜ?」

「あ、ありがとうございます」

小突かれた眉間をさすりながら、ノアくんはぺこりと頭を下げる。

 よかったねぇ、とノアくんに微笑みながら、私は今後に思いを馳せた。

 きっと大丈夫。なんとかなるさ。



 グラン王国、首都。アズナヴール本家屋敷の自室にて、わたくしは実家のブランシュ家から届いた手紙を燃やしていた。

「ふふ、ふふふふ」

いやだわ。笑いが溢れてしまう。これで全ての準備は整った。

 背後でドアがノックされる。一声かけると、息子のレオがやってきた。ああ、愛しいレオ。素晴らしい才能を持ったわたくしの息子。

「お呼びでしょうか、エステル母様」

わたくしは浮かべていた笑みを消し、心底不安げに振り向く。

「レオ、大変よ。建国五十周年式典が狙われているわ」

「!? どういうことですか?」

「ブランシュ家の者が偶然手に入れた情報なのだけれど、……リーテン共和国のダウム家が魔物を使って式典を襲撃しようとしているようなのよ」

「ダウム家が? 魔物を使って? そんな……」

レオは信じられないとばかりに首を振る。わたくしはそれに合わせて悲しげにしてみせた。

「わたくしも信じられなかったわ。だけど情報は本物なの。ダウム家は魔力増強用の魔具を大量に仕入れて、魔術師を大勢雇い、この数ヶ月を掛けて魔物を使役し集めていたそうよ」

「なぜそんなことを……」

「……戦争よ」

わたくしは扇で口元を隠し、悲痛な目をする。

「奴らは戦争を始める気なの。リーテン共和国はグラン王国に大敗した歴史を持つもの。今、両国で結ばれている条約もリーテン共和国にとっては不利な条件が多いわ」

「しかし、なぜわざわざ式典を襲撃するのです。その時は我々アズナヴール一族が召喚獣を従えてパレードを行います。言うなれば、守りが最も堅い時です」

「だからこそよ」

眉間に皺が寄るレオに、わたくしは言う。

「グラン王国は、王家召喚師を抱えていたからこそ大陸大戦に勝利し、今の地位を築いた。今でも、我々アズナヴール家がリーテン共和国や他の国々への抑止力となっている。そして式典はわたくしたち召喚師の存在を讃えるためのもの」

「……式典で召喚師を倒し、それが無意味であると世に知らしめたい、と?」

「ええ、そのとおりよ。抑止力であるアズナヴール一族が倒れれば、きっとリーテン共和国を始めとした各国は意気揚々と攻めてくるでしょうね」

「第二次大陸大戦が起きますね」

「それだけは避けなければならないわ、レオ。だけど、大陸一の強国として式典を中止にするわけにはいかないのよ」

はい、母様。とレオは深々と頭を下げる。わたくしの言いたいことはよく分かっているようね。さすが、わたくしの息子は賢いわ。

「たかだか魔物ごとき、誇り高き王家召喚師の敵ではありません。式典の最中に魔物の襲撃があれば、速やかに駆逐いたします。一族の王家召喚師たちにも警戒を怠らぬよう通達しておきましょう。ダウム家なんぞに式典を壊させはしません」

「ええ、任せるわ。王家召喚師、アズナヴール本家当主として相応しい働きを見せて頂戴」

「はい、母様」

再び深く頭を下げ、レオは踵を返して部屋を退出する。

 そう、しっかりと王家召喚師の仕事をするのよ、レオ。

「そうして……召喚師の価値を、存在意義を世界に知らしめ、更に高みに登らせるのよ」

わたくしは、抑えていた笑みがまた浮かんできてしまう。

「そう、グラン王家よりも高く……!」

もちろん、ダウム家が魔物で式典を襲撃するなんて嘘。

 魔物で式典を襲撃するのはわたくしの実家、ブランシュ家。だけどそのことはわたくししか知らない。この数ヶ月を掛けて、世界各地で魔物を集めさせ、入念に準備してきたのだもの。

 魔物はちょうどいい具合のものを集めた。適度に騒ぎになり、適度に脅威を感じるけれど、王家召喚師が総出で掛かれば勝てる程度。

 民たちは魔物に恐れおののくでしょう。そうして、それを退けた我々アズナヴール一族に対して、最も活躍したレオに対して、畏怖と尊敬の念を強く抱くでしょう。

 そこに、わたくしの手の者が民たちの間に話を流すのよ。

『グラン王家は役立たず。アズナヴールの一族、王家召喚師こそがグラン王国を治めるに相応しい』と。

だって、本当のことですもの。五十年前、この国を勝たせてさしあげたのもアズナヴールの召喚師。その後、強国として君臨するための抑止力を務めてきたのもアズナヴール。

 グラン王家はアズナヴールの力の上に胡座をかいてきただけだわ。

「この国は本来、アズナヴールのもの。そう、わたくしの愛しい息子、本家当主のレオ・アズナヴールのものなのよ!」

わたくしは恍惚と天を仰いだ。

「世論が十分にわたくしたちアズナヴール家に傾いたら……あの高齢の国王陛下にはご病気で亡くなっていただきましょうね。ご安心なさって。痛みの少ない毒を用意させますから……」

国王陛下には、何の才能もない幼い子供が数人いるだけ。わたくしたちの敵ではないわ。

「王となるべきはわたくしの息子。わたくしは王の母……王太后になるのよ」

うふふ。そうなった暁には、計画に協力してくれた実家……お父様には十分な引き立てをして差し上げなければね。

 うふふ、うふふふ。笑いが止まらない。

 わたくしは来たる建国五十周年式典に、胸を躍らせた。


 数日ののち、待ちに待った式典の日がやってきた。

 わたくしは最高級のドレスに身を包み、レオとともに城へと向かった。もうすぐわたくしたちのものとなる城へ。

 国王陛下に謁見し、挨拶を済ませると、パレードの準備に移る。

 パレードは城の正面門から、大通りを練り歩き、広場を周って城へと戻る。国王陛下は王国一の大きく豪奢なパレード用の馬車に乗り、その後ろから一回り小さな馬車でわたくしとレオはついていき、そして他の召喚師たちは召喚獣を従え、馬車の周りを取り囲みながら徒歩で移動することになっている。

「来い、幻獣ケルベロス!」

レオが召喚獣を喚ぶ。いつ見ても素晴らしいわ。現状、王国で最も強いでしょう。王に相応しい召喚獣よ。

 レオとわたくしは用意された、屋根の開いた馬車に乗り込む。ケルベロスはその後ろを従順についてきている。

 前方では国王陛下がゆっくりと馬車にお乗りになり、側仕えの者に頷いた。

 さあ、パレードが始まるわよ。

 周囲の、約数百名ほどの召喚師たちも、それぞれの召喚獣を喚ぶ。まあ、なんて素晴らしい景色なのかしら!

 どこかからかファンファーレが鳴り響く。城の巨大な正門が重そうに開いた。

 大通りには所狭しと民たちがひしめき合い、わたくしたちを輝かしい瞳で見つめている。召喚獣の軍団を目にした途端、おお、と大きな歓声が上がった。

 素晴らしい。素晴らしいわ。これこそわたくしたち、アズナヴールの力なのよ。

 賑やかしい音楽とともに、わたくしたちは行進を始めた。

「グラン王国万歳!」

「アズナヴール万歳!」

興奮する民たちに、わたくしたちは笑顔を振りまきながら手を振る。

 普段はしかめっ面のレオも微笑みを浮かべていた。けれど、目は鋭い。ええ、ええ、そうよ。しっかりと警戒するのよ、レオ。魔物の襲撃はもうすぐ始まりますからね。

 そうして、ゆっくりゆっくりと行進をして、ようやく広場が見えてきたころ。

「お、おい! なんだあれ!」

民の誰かが、空を指差す。わたくしは扇で口元を隠しながら、にやりとほくそ笑んだ。さあ、来たわよ、レオ。

 民が指した先には、巨大な鳥の魔物が数十匹、こちらに向かって来ていた。

「きゃああ!」

別の方角から悲鳴が上がる。横道からゴブリンの群れが飛び出してきたのだ。ぎゃあぎゃあと汚い鳴き声を上げ、暴れまわる。

 と思ったら、また違う方から狼の魔物が、空からは先程の鳥の魔物が……。

 気がつけば、四方八方から様々な種類の魔物が現れ、民に襲いかかっていた。

「魔物!? どうして!?」

「た、たすけてぇ!」

国王は阿鼻叫喚となっている民には目もくれず、護衛の者の馬に乗り換えながら、こちらを振り向いた。

「頼んだぞ」

「ええ、お任せくださいませ」

わたくしは深々と頭を下げる。王は颯爽と城へと逃げ帰った。あらあら、逃げ足だけは速いこと。そういうところ、民はしっかりと見ているのよ。

 さあ、ここからが本番よ。

「レオ、さっさと片付けておしまい」

そうして、民の救世主となるのよ。

「……」

だけど、レオは一言も発さず、馬車の中から一歩も動かなかった。

「レオ? 聞いているの? 早く民を助けなさい」

「エステル母様。それはできません」

「!?」

予想外の言葉に、わたくしは耳を疑った。そこで気付く。周りの召喚師と召喚獣たちも、レオと同じように微動だにしないことに。

 どういうこと!? わたくしは魔物の襲撃に備えなさいと命じたわよね?

 このまま民が襲われるのを見ているだけだというの? それじゃあ、アズナヴールの力を示すことが出来ないじゃない!

「レオ! 早く戦いなさい!! 民が助けを求めているのよ!?」

レオの胸ぐらを掴んで揺さぶると、彼はハハッと冷笑した。

「母様。母様が大切にしようとしているのは民ではありません。アズナヴールの威光です」

「……っ!?」

「ですが、ご安心ください。このまま放っておくつもりもございませんので」

わたくしは一瞬焦ったけれど、その言葉に安堵した。あらそう、ならいいのよ。さあ、早く片付けなさい。

 しかし、やはりレオは動かない。代わりに前方を指差し、笑みを浮かべた。

「“彼ら”が、民を助けますので」

「?」

レオの指差す先を見た瞬間、わたくしはあまりの眩しさに咄嗟に顔を扇で覆った。

 強い咆哮が響き渡る。

「なっ……」

光の中から顕れたのは、銀色の巨大な竜。アズナヴール家の人間ならば誰しもが知っている、最強の召喚獣。

「神獣バハムート!?」

そしてその背中に、誰かが乗っているのを認める。それは出来損ないで恥晒しの、二度と顔を見せるなと家を追い出したはずの、忌まわしい子。

「の、ノア……!?」



 魔物、魔物、魔物。

 一体どこでこんなにたくさんの魔物をかき集めてきたのだろう。神獣バハムートの姿に変貌した私は、上空から状況を確認し、呆れ返った。

 せっかくみんなが楽しみにしていたパレードなのに。それをぶち壊すなんて本当に許せないわ。

「ハヅキさん!」

『うん、ノアくん!』

背中に乗るノアくんに頷き、私は“魔物”に向けて思いっ切り咆哮した。ほとんどの魔物は、大体それで気を失う。

 最初の頃は対象を選ぶことが出来ず、闘技場で召喚師さんたちを気絶させたりしちゃったっけ。この数ヶ月で、私も随分とこの体を使いこなせるようになっていた。

 新しい技、試しちゃおうかな。

 残るは大きめの魔物が十数体。私は、その全てに狙いを定め、翼を大きく広げた。口から出すビームとはまた違う、複数の光線が翼から放たれる。

 それは私が狙いをつけた十数体の魔物たちそれぞれを追尾し、一斉に焼き払った。

『終わったかな?』

私は広場の上空を旋回しながら尋ねた。地上からは、民衆たちの眼差しを感じる。悲鳴はもう聞こえないみたいだけど。

「はわ……やっぱりすごいですね。魔物はもういなさそうです。万が一取り逃しがあったらディーターくんたちダウム家の人が片付けてくれることになってますので大丈夫です」

ノアくんが私の背中から下を覗きながら息をつく。

『よし、じゃあ戻りましょ。最後のお仕事が待ってるわ』

私は旋回をやめて、民衆がいない方角へ飛び去った。



 なぜ、なぜなの!?

 パレードはもちろん中止。わたくしは足早にアズナヴールの屋敷へ戻り、自室に飛び込んだ。手に持っていた扇をバンっと床に叩きつける。

「神獣バハムート……!? ノア!? どういうことなの!?」

レオは、召喚師たちは、どうして微動だにしなかったの!? あの場にいた召喚師はわたくしの派閥の者がほとんどだというのに! わたくしの意に沿わないことはしないはずなのに!

 こつこつ、とドアがノックされる。

「何!?」

わたくしは感情のままに叫んだ。入ってきたのはレオ。そして、ノアと亜人がひとり。

 この使えない奴どもが……! わたくしは怒りの形相で彼らを睨みつけた。

「レオ……説明しなさい……!! 自分が何をしでかしたのか、分かっているのでしょうね!?」

「エステル母様。そっくりそのまま、お言葉をお返しいたします」

レオは至極冷静にそう言い、懐からひとつの紙を取り出した。

「こちらは、数ヶ月前、貴女がブランシュ家当主、我々のお祖父様に送った手紙の複製です」

「……っ!?」

「内容は、貴女が一番良くお分かりになられるかと存じますが」

レオのあまりにも冷たい瞳に、わたくしは一歩後ずさった。

「こちらの手紙はノアとその召喚獣であるハヅキが手に入れてきてくれました。始めは信じたくありませんでした。母様が、式典の襲撃を目論み、その上、グラン王家を乗っ取ろうと考えているなど……」

レオたちの後ろから、複数名の騎士がバタバタと入室してくる。騎士たちはわたくしを取り囲み、その槍を向けてきた。

「詳しいお話は、城に招いてお聞きしろと、国王陛下が申しておりましたよ」

これは大変まずい状況だわ。わたくしは泣き縋り、同情を誘った。

「な、何かの間違いよ! あの襲撃はわたくしではないわ! ダウム家のしわざなのよ!! レオ、わたくしの言うことを信じられないとでもいうの!?」

「申し訳ありません、母様」

目は冷たいまま、レオは薄っすらと口角を上げる。その表情があまりに恐ろしく、わたくしは言葉を失ってしまった。

「俺は母様より、弟を信じます」

連れて行け。レオは感情のない声で騎士たちに命じる。わたくしは抵抗する間もなく、罪人のように連行されてしまったのだった。



「母様……」

騎士の人たちに引っ立てられて行ったお母さんの後ろ姿を、ノアくんは悲しげに見つめる。そんなノアくんの肩にお兄さんがぽんと手を置いた。

「仕方がない。反逆罪だ」

「……はい」

「お前は本当によく頑張ってくれた。数ヶ月前のあの日から、本当に」

そう。ノアくんは頑張った。私はお兄さんに同調するようにうんうん、と頷いた。


 数ヶ月前、ブランシュ学院の理事長室で、私たちは一通の手紙を見つけた。

 それはノアくんのお母さんが、ブランシュ学院の卒業生たちを使って世界各地で魔物の使役を進めていて、後のグラン王国建国式典で襲撃を目論んでいるという内容だった。

 私たちは手紙をその場で複製し、ダウム家に持ち帰った。ジルさんやディーターくんが捕らえていた魔術師たちにそれを突きつけると、エステル・アズナヴールはグラン王国の乗っ取りを考えていて、乗っ取った暁にはブランシュ家が引き立てられる約束が取り交わされているらしいというところまで吐いてくれたのだ。

 私たちは、始めは式典襲撃を止めようと思っていた。けれど、ジルさんが「泳がせた方がいい」と言ったのだ。危険かもしれないけど、襲撃は決行させて、その上で捕まえる。つまり、現行犯にしろということ。その方が、グランの国王陛下もしっかりと理解してくれるだろう、と。

 そうなると、すごく多くの根回しが必要になる。

 まずはお兄さん。グラン王国に帰った私とノアくんは、お兄さんにこっそりとコンタクトをとり、手紙を見せて説得した。実を言うと一回では納得してくれず、数回かかったんだけど。

 お兄さんがやっと納得し、味方してくれることになったので、国王陛下の説得は信頼を得ているお兄さんに任せた。

 そのあとノアくんは、アズナヴール一族の人に味方になってくれるよう説得を開始したのだ。ひとりひとり、全員に、だ。

 お母さんに情報がもれないよう細心の注意を払いながら、お兄さんも協力してくれつつ、ノアくんはこの数ヶ月説得に駆け回った。

 本当に本当によく頑張ったと思う。

 おかげで襲撃の際は、「手を出さないで欲しい」というお願いを一族の人たちは聞き入れてくれて、お母さんの思惑通りにはならなかった。


「母様は、元はリーテン共和国のブランシュ家の人間で、本人は召喚師ではない。そのくせ本家の権力を振りかざす、そんな彼女に辟易していた分家の人間は思ったよりも多かったようだ。父様……前当主が亡くなってからは特にな」

私たちはお母さんの自室を後にし、お兄さんに応接間まで案内されていた。

「俺たちアズナヴールの一族は、王家に仕える王家召喚師としてのプライドがある。母様はその辺りの理解が乏しかったのだろう。反逆罪ともなれば、こちらにつく者は多い。当然の結果だ」

とても広いアズナヴール家の応接間に通され、私たちは温かい紅茶をいただく。ひと仕事終えたあとのお茶は体によく染みた。

 そうですね、とノアくんは小さな声で言った。まだすこし悲しげな顔をしている。やっぱり実の母親が捕まってしまうのはこの上なく悲しいよね。

「お前は国のために、アズナヴール家のためにやり遂げたんだ。胸を張れ」

お兄さんはそんなノアくんの心情を察しているかのように激励の言葉を飛ばす。ノアくんは一度大きく息を吸い込み、はい、と力強く返事をした。気持ちを切り替えたようだ。

 お兄さんは居住まいを正し、ノアくんをまっすぐ見つめた。

「ノア、アズナヴール本家の当主として伝えよう。──お前の破門を取り消す」

ノアくんは大きく目を見開く。そして、その目に溢れんばかりの涙を溜めた。

 お兄さんは弟に優しい微笑みを向け、小さく頷く。


「帰ってこい、ノア。お前は立派なアズナヴール家の召喚師だ」



 翌日。パレードは中止になったけれど、魔物の襲撃で大怪我を負ったような人が出なかったからか、お祭りの雰囲気は引き続き満ちていた。国王陛下が祭りを続けよと仰せになったのも大きいわね。

『あの魔物の大群はエステル様が呼び寄せたらしい』

『反逆をしようとしていたんでしょう? 恐ろしいわ……』

『それをレオ様が暴いたんだって』

『あの銀竜はノア・アズナヴール様の召喚獣だそうだぜ』

『ええ!? あの破門されてたって噂のノア様?』

『神獣バハムートって言うらしい』

『神獣って、一番すごい召喚獣じゃないか!』

宿の窓から大通りを眺めながら耳を澄ますと、民衆の声がよく聞こえた。ノアくんや私のことまで噂されている。にしても、情報がとても正確ね。どこかの誰かがわざと流したのかしら。

「よぉ、ハヅキちゃん!」

「あら、ちょうど貴方のことを考えてたの、ジルさん」

後ろのドアが開き元気よく入ってきたジルさんに、私はにっこりと微笑を向けた。

「なんだってぇ? ハヅキちゃん、オレのこと好きになったか?」

「元々好きよ? 大切な友人としてね。それよりも噂流してくれたんですね」

ジルさんは私のもとに近づき、一緒に窓から大通りを見下ろす。

 今日はディーターくんはいないみたい。お仕事の続き、やってくれてるのかな。

「お、分かったか? 今、街中で残党を探すついでに、ディーターたち臣下に流させてんだ。変に間違った情報が出回るのも嫌だろ」

「うん、何から何までありがとうございます、ジルさん」

こいつの礼だよ、とジルさんは片耳に付けた雫型のピアスに触れる。お礼のお礼だなんて律儀ね。

 ジルさんは不意に、私の髪を一房取って口付けた。いつかやったみたいに、完璧なウインクも添えて。

「オレのこと好きになっていいぜ、友人以上にな」

「ふふふ」

「また冗談だと思ってるだろ? まったくハヅキちゃんは」

え、冗談でしょ? 小首を傾げる私に、ジルさんはちょっと呆れたように笑った。

「……僕の存在忘れないでもらえます?」

ジルさんの真後ろから、ノアくんが低い声を掛ける。

「うおっ、いたのかノア!」

「分かってたくせに」

腰に手を当て、ノアくんはふんっと鼻を鳴らす。

「“あれ”、持ってきてくれたんでしょう?」

「おう、そうだったな」

ジルさんは胸ポケットに手を入れ、小さな四角い箱を取り出した。それをノアくんに手渡す……かと思ったら、ノアくんの手を掴んで引き寄せる。

「オレに持ってこさせるなんていい度胸してんじゃねぇか」

ノアくんの耳元で、ジルさんは目を細めながら小さい声で言う。少し圧を感じる物言いにも動じず、ノアくんは笑みを返す。

「だって、貴方にお礼も言いたかったので。ありがとうございます」

「はっは! ノアよ、自信がついたのか知らねぇけどだいぶ生意気になったな」

「え、そうですか?」

なんだろう、その箱。私は何も分からず、ふたりのやり取りを見ているだけだった。

 ノアくんはジルさんから箱を受け取り、礼を言う。

「あんたのためじゃねぇ、ハヅキちゃんのためだからな」

「はい」

真面目な顔で頷くノアくん。ジルさんは、彼の肩に片手を置き、また耳打ちした。

「悔しいことだが、それが彼女の一番喜ぶことだと分かってはいる。とはいえ、いつでも奪う準備はできてっからな。油断するんじゃねぇぞ?」

「はい、もちろんです」

再び真面目な顔で頷いたノアくんの肩を強めに叩き、ジルさんはドアへと向かう。

「やっぱりあんた、だいぶ生意気になったぜ!」

じゃあな、とジルさんは部屋を出ていった。

 なんだったんだろう。私はそれなあに? と聞いてみたが、内緒です、と隠されてしまった。ええ、教えてくれないの? 私は残念な気持ちになりつつ、口を尖らせた。


 それからしばらくのんびりしていた私は、窓から見える時計塔の時間を見て、あっと声を上げる。

「ノアくん、そろそろ行かなきゃいけないんじゃない?」

「ああ、本当ですね。行きましょう」

実は、ノアくんと私はお城に招かれていたのだ。一連のことを、レオお兄さんが国王陛下に説明してくれて、ノアくんと私にぜひお礼が言いたいと。

 王様からお礼だなんて、どういう顔をすれば良いのかしら。あんまり笑ったら不敬かしら。緊張しちゃうわ。

 まあ、何はともあれノアくんのことを認めてもらえて、それだけで私は嬉しい。

 私たちはお城へ向かうため、宿を後にした。



 首都の中央に位置するお城は、本当に大きく厳かなものだった。さすが、大陸一の強国であることを示すお城なだけはある。

 正面門でお兄さんと合流して、そのまま三人で向かう。

 お城の中でもきょろきょろしてしまっていた私の手をノアくんが繋いでくれたりしながら、ようやっと謁見の間へ到着した。

 お兄さんが扉の前に立つ騎士の人にひとつ頷く。騎士の人はすぐにすっと横へ避けてくれる。すごい、顔パスってやつね。

 重そうな両扉を押し開き、部屋へ入る。綺麗な赤い絨毯が玉座までまっすぐ伸びていた。

「陛下、弟を連れて参りました」

「近うよれ」

数名の側仕えを従えながら玉座に腰掛けるのは、パレードで見た高齢の王様。赤い絨毯を踏みしめ、私たちは王様の元へと歩み寄った。

 王様の目の前まで来ると、お兄さんとノアくんが自然な動作で跪く。私は慌てて真似をした。

 王様はノアくんに目をやり、ゆっくりと口を開く。

「弟よ。家名を取り戻したか」

「はい。兄に破門取り消しをしていただきました。ノア・アズナヴールでございます」

「ふむ……此度は大儀であった。その働きに免じ、お主らの家から反逆者が出た事実に関しては、不問としてやろう」

ああ、なるほど。家から反逆者が出ちゃったから、お家まるごと王様に潰される可能性だってあったのね。ノアくんの働きでそれは避けられたってこと。でも、お母さんにはきっと罰が待っているんでしょうね……しょうがないとは思うけど、やっぱり悲しいな。

「は、有難き幸せ」

お兄さんが深く頭を下げる。

「して、それが神獣バハムートか?」

「はぇ」

不意打ちで王様がこちらに目を向け、私は変な声が出てしまう。

「え、あああ、はい、私がノアく、ノア様の召喚獣、神獣バハムートでございます」

よく分からないけど、ははぁ、と頭を下げておく。

「そなたも魔物の駆逐、大儀であった」

「あ、ありがとうございます」

この言い方、不敬じゃない? 大丈夫!? 自分の心臓がバクバクいってるのが分かる。いや、なんか王様ってやっぱり威厳があって目の前にいると緊張するわ。

 王様は、ノアくんに目を向け直す。

「ノア・アズナヴールよ。そなたには褒美を与えたいと思うておる。なにを欲するか」

「は……」

ノアくんが口をぽかんと開けて王様を見る。王様は、真っ白なひげで覆われていて分かりづらいけど、多分少し微笑んだ。

「例えば……“王家召喚師”の資格、でもよいぞ」

ノアくんの目が大きく開かれる。それはきっと、ずっとずっと欲しかった資格(もの)。

 隣のお兄さんが弟に、良かったなと微笑んでいる。私も思わず胸が熱くなった。良かった、良かったね、認めてもらえたね、ノアくん。

 ノアくんは少し戸惑ったように目線を下げ、少ししてから王様に向き直った。意を決したように、口を開く。


「僕は──」

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