億代の軌跡

空栗

第一章 英雄

 体が崩れ始める。

「やっっっと! 終わるのか……」

 僕には少しの罪悪感と大きな達成感が芽生える。

 何処からか懐かしい声が聞こてくる。

 古い記憶が、蘇ってくる


 *

 

 エステット暦460年

 一面に広がる暗紅色の街並み。地面との境目がわからない程濁った空。まさに「枯れた」その街の養分を吸い取ったように大きく輝く建物から大音量で言葉が告げられる。

「我が国、グライン王国の諸君。残念なお知らせがある。心して聞いてほしい」

 人々は黙ってその声を聞いていた。

「察しの通りこの星、アレト星の環境についてのことだ。具体的には、この星の資源はあと二十年ほどで尽きるという予測が出た。これは避けられない事実である。……だが我々、様々な種族が協力しての築いてきた文明はここで終わるのか? 我々はこのまま死に絶えるのか? 否、我々にはまだ希望がある」

 しばらく間がとられる。

「私は皆に提案したい。革新的なこの計画…………ユトア星移住計画を」

 

 その後はそのユトア星移住計画とやらの説明がされた。革新味を持たせるため長々とオーバーに話されているが、要はこの星を捨てて、資源がある星に移住しようという計画だった。

「その星を目指す宇宙船は約十年後に完成し、定員は三十万人を予定している。その三十万人は我が国に有益だと思われる人物を我々が厳選する。……伝えることは以上だ。グライン王国に栄光あれ」

 皆に大きな困惑を残して伝達は終わる。当時幼かった僕には、よくわからない話であった。ともあれ、国民にできることはその宇宙船に乗るため、国に尽くすことだった。


 *

 

 エステット暦469年

「早く、早く応援を求みますッ!」

 あの日から九年後。赤と灰に染まった戦場で、一人の兵士が無線機を強く握りしめて連絡を行う。

 グライン王国は、進んだ技術を持った国と戦争をしていた。移住計画を成功させるために、その国の技術は必要だったが、その国は星を捨てることに反対したため、戦争が始まってしまっていた。

「悪いが、もう少し応援なしで耐えてくれ。七年続いた戦争も、この要塞さえ落とせば我々の勝利はほぼ確実なんだ。だが、こちらも敵の最後の足掻きを受けていて戦力が割けない」

「しかし、このままでは全滅してしまいます!」

 すると、コツコツと無線機の向こうから足音が近づく。

「それでも……ん、なんだ?」

 ガチャッ!

 誰かに無線機が奪われたようだ。

「ど、どうしたんですか……?」

 先程とは別の声が聞こえてくる。

「喜べ、我々の勝利は確実だ」

 兵士が「どういうこと……」と言いかけた時、雷鳴のような轟音とともに濁った空に一閃、美しく青白い光が輝く。

 ドゴォォォォン!

「な……何が」

 要塞は吹き飛んでいた。辺りを見回すと、このくすんだ戦場では異様な輝きを放つ、白髪で赤い目を持った一人の少年が凛と佇んでいた。


 *


「はあ。何とか間に合ってよかった」

 僕は独り言を漏らす。すると、横にいる大きな一本角を持つ後輩から「イラステス先輩、さすがっすね」と声を掛けられる。

「いや、これは俺の力じゃないよ。全部マナの力だよ」

 後輩からジト目で見られる。

「先輩……もう少し自分の力だと誇ってもいいと思いますよ。第一、マナと適合できる人なんて先輩以外にいるかわからないんですから。……それにしても不思議っすよね。質量兵器にしかなれなかったマナが、先輩と適合するとどんなものにも変化する万能物質になった挙句、肉体を再生するまでのものになるなんて」

 後輩は、マナについて興味深そうに語る。僕は持論を彼に述べる。

「でも、この星のどんな種族にも、子孫を残すには大気中のマナは必要不可欠だし、元々なんにでもなる物質なんじゃないかな。制限があるのは、人間の技術が足りてないだけだと思うよ」

 後輩は「うーん、確かに」と言って頭の中の世界に行ってしまった。昔、この星が誕生してからマナがたまり続けている場所があるという学説が話題になった時がある。各国が総力を挙げてそのありかを探したが、見つからなかったので見当違いだったということになっているが。しかし、少なくとも様々な学説が飛び交うほど奥の深い物質であった。

「まあ、とりあえず帰還するぞ」

 僕は王都への帰路に就いた。

 

 僕たちは車両で王都へと帰っていた。周りはすっかり祝勝ムード……というわけではなかった。この戦いであまり戦果を残せなかった人は移住船に乗れない。終戦で希望を失う人がかなりいた。おそらく僕は上位の班にいたので乗れるだろうが……。だからこそ、ほかの人にかける言葉が見当たらなかった。

 王都が見えてきたとき、僕は突然猛烈な危機感に襲われた。僕は後輩にそれを伝える。すると、後輩が空に浮かぶ一つの飛行艇を見つける。

「なんだあれ。うちの船か……?」

 後輩が特殊な双眼鏡を通してもう一度確認すると、後輩の顔がインクを垂らされた紙のように青ざめる。

「ありえない……」

「どうした?」

「凄まじいマナ濃度です……。計測できません」

 ビービー!

 少し遅れて警報音が鳴る。

「王都南東上空1200メートルに高濃度マナを保持する敵軍の飛行艇を発見。現在王都守備隊が迎撃中。しかしマナで守られ、効果は薄い。そこにマナ適合者、イラステスがいるはずだ。迎撃を求む」

 流石にあのマナの濃度では、普通の者は傷一つ付けられないだろう。僕はマナを放出して飛行艇に向けて飛びながら思考を巡らせる。肌感では、あのマナは容易に王都、いや、王都近郊の移住船までも吹き飛ばすことができるだろう。これは敵国の隠し球。どうやってこの量のマナを集めたのかは後回しにして、僕は迎撃に向かう。

 飛行艇の付近の上空。いつも汚い空だが、今日は特に不穏な予感を感じさせる。僕は出し惜しみはせず、最大出力のマナを銃弾に込め、飛行艇に向けてトリガーを引く。あの時、要塞を吹き飛ばしたものと同じ攻撃だが……。

 キリィィィィン!

 甲高い音を立て、全て軽く弾かれてしまった。まずいな、最大出力でもまるで効いていない。何かいい考えが浮かびそうなんだが……。とりあえず、僕は無線機を取り出す。

「こちらイラステス、マナ最大出力でも全く効いてません、指示をお願いします!」

「……こちら本部。最大戦力のイラステス君の攻撃が効かないのなら、こちらとしても何もできない。現在避難を開始させてはいるが、おそらく甚大な被害を被ることになるだろう。まったく、どこにこんな最終兵器を隠していたんだか……。君だけでも逃げて生き延びろ。グライン王国の未来は君に託……」

「あ! もしかしたら……」

「……どうした?」

 本部の人が食い気味に反応する。

「ひとつ、考えがあります」

 

 今までやってきたのはマナを変化させ、放出する攻撃。しかし、放出量には限界がある。そこで思いだしたのが、マナを補給する時のことだ。僕はマナと適合できるが、集められるわけではないので、あらかじめ集められたマナを吸収していた。そして、その吸収には限界を感じたことはない。つまり、あの飛行艇のマナをすべて吸収すればいいと考えたのだ。

「それはかなり無茶な考えだな。第一、君はあんな量のマナを吸収したことないじゃないか」

 確かに言う通りだ。……しかし、人には引けない時がある。

「ですが、それでも……僕はやります」

 しばらくの間の後、返事が返ってくる。

「はは、……まったく格好良いよ君は。上に立つものとしては君を撤退させるべきだろうが……何故かそんな気にはならない。昔、私は英雄についての本に魅入られてね、若いころは無茶なことをいろいろして怒られた。年を取ると、英雄なんて本の中のものだと思ってあきらめた。でも今、その考えが成功すれば、なることができる。本物の……」

 

「英雄に」


「ふふ、英雄……か」

 僕はもう一度飛行艇を追いかけ始めた。自分でも無茶だと思うし、正しい判断かどうかはわからない。もしかしたら死ぬかもしれない。でも「英雄」と言う魔法のような言葉が、僕を動かしていた。

 そしてついに飛行艇に追いつく。

「マナの吸収、開始します!」

 僕がマナの容器と思われる部分に手をかざすと、閃光とともにものすごい量のマナが体に流れ込んでくる。体中が悲鳴を上げている。

 く、これはキツイか……いや、まだだ!

 少し光が弱くなってきた。マナはどれくらい減っているんだろうか。だんだん体の感覚がなくなってくる。なんだか頭もぼんやりしてきた。そろそろ、もう……。

 消えゆく光とともに、僕は意識を失った。


 *


 結果から言うと、僕の考えは成功した。いや、大成功だ。あの飛行艇による被害はほとんどなく、僕は国を守ったものとして人々に崇められ、遂には国王から勲章と「英雄」の称号を与えられた。僕は本当に英雄になった。


 *

 

 あれから約一年が経った。無事に戦争は我が国の勝利で終わり、まったくマナの力を使うことがなくなるほど平和な世の中になった。英雄としての生活は楽しかった。軍に入った時は英雄と呼ばれるなんて想像もしていなかったが、飛行艇に挑むとき、いつも以上に力を出せたように、英雄という言葉には色々な力があった。衣食住に関しては何ひとつ不自由なく、何より人々から称賛されるのが心地良かった。「このままずっと生きていたい」と、不老不死を願うほどに。


エステット暦470年

 ユトア星移住計画の心臓である移住船が完成した。それに乗じて、搭乗する国民30万人が発表された。もちろん僕も選ばれた。その後、選ばれなかった国民たちが反乱を起こしたりもしたが、選ばれたのはほとんどが権力者なので、簡単に沈めることができた。しかし、僕たちは理解していなかった。選ばれなかった国民たちの恨みは消えないということを。


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