果物ナイフ

1.ユグドラチル/宿屋【森の妖精】



 鬱蒼とした木々や草花に覆われた町――ユグドラチル。ムチスライムを討伐した私たちは町の宿屋で一旦落ち着き、併設されていた大浴場でそれぞれ身体の汚れを落とした。


 ちらほらと人はいるが、他の町に比べて少ない。やはりこんな所までくるプレイヤーはそう多くないようだ。


「おまたせした、です」


 宿の広間に腰掛けていると遅れてスイちゃんがやって来る。


「おかえり。傷は癒えたのか?」


「はい、おかげさまで。

 ……あの、ありがとうございます。それと、あやまるです。油断してしまって」


 向かいに座ったスイちゃんは表情を変えないものの申し訳なさそうだ。

 

「とんでもない! おかげで薬の素材を手にすることが出来た。

 私一人では確実に辿り着けなかった道さ。こちらこそありがとう!」


「……ですか」


 それだけ言ってどこか遠くを眺めるスイちゃん。

 しばらく無言の時間が過ぎ、やがてまた口を開く。


「チキンはふしぎなやつです。なんにも知らないし、なんでも信じるし、すぐ謝るし……」


「す、すまない」


「ほら、です」


 これは口癖に近い。しかし決して適当ではなく、本当に申し訳ないと思っているのだが。


「あやまるのはわたしの方、ですよ。なんにも知らないチキンを騙してお金とったです」


「……?」


 えっと、なんのことだ?


 むしろ詰み掛けて居た所に武器を譲ってくれたり、パーティの誘いに応じてダンジョンに付いてきてくれたり、今使っている盾だって彼女が買ってくれたものだ。


 それに、今日だってこうして助けてもらっているのだが……。


 しかしスイちゃんは首を横に振る。


「あのナイフ、ただの初期装備です。今ならわかるはずです、あんなのに10万ミルも払うなんておかしいって」


「いや、むしろ提示された金額をしっかり払えなかったのはこっちだ。

 元々武器を無くした私の方こそ落ち度があるし、それに、あれは今でも私のお守りなんだ」


 そう言って鞄から布に包んだ武器――あの時の【果物ナイフ】を取り出す。

 スイちゃんはそれを見て驚いたように言った。


「それ、まだ持ってたんですか」


「ああ。大事な物だからな」


 それを聞いた彼女は不思議そうに首を傾げる。


「始めたばかりの時、不思議な猫像に言われたのだ」


「猫像?」


「『初心忘れるべからず』――今でもひよっこに変わりないが、この武器はそれを思い出させてくれる。

 ……これが無ければ私は今ここに居ない。きっと詰んでしまったまま、先に進むのを諦めていただろうさ」


 それで納得したのかそうでないのか、その表情から汲み取ることは出来ない。


「ほんとうに……ふしぎな人ですね」


 そう言うと彼女は立ち上がる。立て掛けてあった弓を手に取って、もう片方の手を私に差し出した。

 

「いくですよ。……まだ先はながいですから」


 彼女の小さな手を取り私も席を立つ。心なしかその顔は笑顔にも見えた。


 今回の冒険を通して私たちは互いの理解を深めることが出来たようだ。それをとても嬉しく思う。



 ……さて、休憩はもう充分だ。病気を患っているというNPCの少女のため、私たちは残りの材料を探しに世界樹をあとにする。

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