第10話 泥棒猫はどっち?
「王太子妃になられるはずだった方が掃除婦だなんて……」
「困ったことがあったら何でも相談しに来てくださいね」
ロゼラインが掃除婦として王宮に潜入することが決まると、ゾフィは嘆きアイリスは心配した。
だけど、ロゼラインはけっこうはしゃいでいる。
「さすがは王宮の制服ね。布はなかなか上質で垢ぬけたデザイン!」
あんた、もっといい服着てたでしょう。
でも、日本人の北山美華の意識が入ったロゼラインとしては、上半身ギュウギュウ〆た挙句、下半身は傘のようにブワッ、飾りゴテゴテの貴族のお衣装より、こちらのシンプルな装いの方がしっくりくるみたい。
「『家政婦の……』とかでもあったけど、重要人物のやましいことを調べるにはこういう職業ってうってつけよね!」
ルンルン気分の彼女だが、ちょっと何言っているのかよくわからない。
そしてわりと早いうちにチャンスが来たみたい。
掃除は五人一組、シフトを組んで行うのだけど、彼女のチームが王太子の部屋を掃除する機会が与えられた。
ミカ・キタヤマと名乗っているロゼラインは一番新米なので、先輩たちの指示に従って部屋のあちこちの拭き掃除をする。
ああ、これは、他の人間には見えないけど、私がずっとロゼラインについているから知っていることよ。
でも、まあ、期待に基づいた出来事はなかなか起こらない、だけど、こうなったらまずいという不安に基づいた想定外の出来事はえてして起こるものね。
パリス王太子が突然部屋に帰ってきた。
そして、ソファーの後ろのチェストを拭いていたロゼラインにパリス王太子が声をかけた。
ロゼラインは心臓が飛び出るかと思ったらしい。
「わ、わたくしでございますか?」
びくつきながらロゼラインが振り返ると、王太子は彼女の名前を聞き、彼女の黒い髪と瞳に興味を示した。この国の人たちの髪や目は薄い色が多く、黒髪などは辺境の地にいるだけなのよね。
「ふむ、顔もなかなか美形だな、どうだ、今宵私の寝所に来ぬか?」
自分が
ロゼライン(ミカ・キタヤマ)は王太子を突き飛ばして逃げたわ。
「いやだぁ、もう! キモイ、キモイ! キモイッ!」
そのキモい男と生前は婚約してたんでしょ、あんた……。
生前はね、いずれ夫婦になるのだからともに繁殖行動にいそしむこともあるだろうし、相手と良き関係を築けるように努力はしていたけど、浮気にモラハラ、挙句の果ての衆人環視の中での婚約破棄宣言。
そして、彼女の葬儀では、その死に対して罪の意識も悼む気持ちも見せなかった、そんなこんなで心などとっくに離れている。
いまはただただ気持ちの悪いセクハラヤローにしか見えないんだって。
とはいえ、一応今は王宮の使用人なので、口説かれてもむげにはできずやんわりと断っていると、ますます増長してくる。
どうしたもんか、と、捜査にはなんの助けにもならないことで彼女が悩んでいると、王太子側が墓穴を掘る行動に出たわ。
「この泥棒猫!」
現在婚約者のサルビアが、
もっとも
それにしても『泥棒猫』って、あんたが言うか?
王太子の婚約者だから、だれも止めに入ることができない。
私は「スピーカー」の能力を使って、サルビアが暴力をふるっていることを王宮中に知らしめた。
その声を聞いて王太子がやってきたときには、ミカ(ロゼライン)はひどい有様だった、見かけだけはね。
まとめていた黒髪はざんばらにほどけ、顔や腕など見えるところも殴られたアザやひっかかれた傷、見えないところも含めれば一体どれだけ痛めつけられたのか?
再度いうけど、見かけだけはね。
「恐ろしい……」
王太子が思わず口に漏らした。
その恐ろしい女のために、あんたがロゼラインを裏切り死に追いやったんでしょうが!
それにしても、シュールな修羅場だったわ。
アホ王太子は、黒髪のミカがかつて自分が捨てたロゼラインだとは気づかず口説きまくる。
それを略奪愛のサルビアが『泥棒猫!』って叫んで暴行。
でも、クセ悪く他人の男を奪うような女を、人間はどうして『泥棒猫』っていうのかしら?
猫に対する侮辱よ!
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