玄関灯

木ノ下下木

第1話

玄関灯のお話です。

玄関灯は人の目が開かない夜が仕事の始まり、

灯りが点いていなくとも通行人に目を光らせています。

その日も玄関灯は誰か怪しい人はいないか、と家の前を見張っていました。

すると、視界の右端から一人の小柄な人間が歩いているのが見えました。

玄関灯は最初、ただの通行人かなと気に留めませんでしたが、通り過ぎていくと思っていたその人間がいきなり家の前で歩みを止め、こちらを向くと、家の前をうろうろしたり、少し後ろに下がって、つま先立ちでどこかを見ていたりと、どうも煮え切らない動きをしはじめました。

玄関灯はこの背格好に見覚えがありませんでした。 

この家に住んでいるのは小さい娘とその両親の三人家族、両親はどちらも長身で目の前の人間とは合致しません。

それにその三人家族は夕方に皆帰ってきて、今は家の中でぐっすり眠っているはず。

つまるところ、この目下の人間はこの家の住人ではないのに何故かこの家に執着している。

と、そこまで考えた時玄関灯は、はっとしました。

玄関先の道をうろついているこの人間は泥棒なのではないかと思ったのです。

そして今、泥棒はこの家に押し入ろうと考えているのではないかと思いました。

この考えが思いついた時、先程の行動にも合点がいきました。

恐らく、部屋の明かりが消えているかを歩き回って調べていたのです。

後ろに下がって爪先立ちになっていたのは、2階に明かりがついていないかを確かめていたのでしょう。

この人間の正体及び、目的に気づいた玄関灯は「家を危険に晒すわけにはいかない」と決心し、すぐさま自分を煌々と光らせました。 

辺りは真っ暗、それに自分が見ていた家の玄関灯が突然光った事に泥棒はとても驚いたようで、一目散に走って家の前から離れていきました。

玄関灯は、泥棒が自分の視界から居なくなったので「もうこの家に危険が及ぶ事はない」と安堵しました。



泥棒は玄関灯が光るのを見ると「家主が起きたんだ」と思い、見つかりたくない一心で走りました。

焦っているからか減速も思い通りにいかず、道の突き当たりをバタバタと大きな音を立てながら左に曲がりました。

「ここまで来れば、見つからないだろう」と思った泥棒は足を止めて息を整えると、曲がり角から先程まで盗みに入ろうかと考えていた家の前を覗くようにして見始めました。

さっきの玄関灯で怖い思いをしたからか「もし人が出てきたら、引き上げよう」と泥棒はかなり弱腰になっていました。

しかし、暫く待っても人が出てこない事を不思議に思った泥棒は「さっきの玄関灯は自動で点いたのだ」と気づき「この家の住人はまだ眠っている」と考え、家の前に戻ろうとゆっくり歩き始めました。 


泥棒を撃退した事に満足していた玄関灯は、さっきの泥棒がゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見えると、酷く驚きました。

「自分ができる唯一の脅かしを泥棒は見破ってしまったのだ」と玄関灯は絶望しました。

しかし絶望に打ちひしがれている暇はありません。

この間にも泥棒は、少しずつ家に近づいているのです。

玄関灯は考えました。

自分ができる事、できない事、様々な事を必死に考え、一つ思いつきました。

玄関灯は覚悟を決めると、何度も何度も何度も何度も点いたり消えたりを繰り返しました。

玄関灯の命を削った必死の抵抗でした。

何度も点灯を繰り返す玄関灯を見た泥棒は先程以上に酷く驚き、それと同時にその玄関灯を気味悪く感じて、たちまち家の前から逃げるように去っていきました。

辺りが明るくなってきた事も味方したのか、泥棒が戻ってくることはありませんでした。

太陽が昇り始めました。

玄関灯は昇ってきた朝日に照らされて希望の光として輝いていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玄関灯 木ノ下下木 @kinoshitageki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る